2-3 信仰 Eysokor
「だとしたら、俺の背中にはオンルブシカムイが......」
『砂澤レツタ、改めて説明しよう。セポ・ミラル、この二人は
「んん......? こいつらはユンと同じってことか?」
『そういう認識でいいかもしれない。セポ、ミラル、君たちもよく聞いて欲しいんだ。これから君たちや僕たちは、必然的に依人達との闘いに巻き込まれていくだろう。なぜなら依人を取押え、殺せるのは依人と、このアイヌモシリに降り立てたカムイのみだからだ』
「だからわたしたちも闘わなければならない.....ということ?」
『もしかしたらだけどね。時には取押え、時には僕から殺害をも強いなければならないかもしれないんだ』
「......」
「俺たちの他にも依人はいるのか」
ミラルが尋ねる。
『僕の認識では他にも大勢いると思っている。君が補導された日、セポは警察の捜査6課だかという、依人を取り締まる奴らに絡まれた。こういう奴らがいる以上、他にも現実世界に異能で干渉できる依人は多いと思っていいだろう』
「そいつらは...... 好戦的なのか?」
『おそらくね。もう一度言うが、依人に対抗できるのは依人のみだ。だから捜査6課や、駐車場で君らを取り押さえたあの傭兵団は、カムイを持つ依人に他ならないだろう。依人はカムイの力を借り、異能を使って敵のカムイを狩る、あるいは退ける力を持っている。君たちはそんな奴らから付け狙われ続けることになるだろう。だから、狩られる前に狩るしかないんだ』
「狩られる前に、狩る......」
「おい、
黙して考えていると、レツタが人間の姿であるキリトに掴みかかった。
「レツタっ」
「神様だか仏様だかなんだか知らないが、こんな子どもに人殺しをさせろっていうのか。俺は反対だ、人殺しの用なら全部俺が請け負ってやる、依人だろうがなんだか知らないが、どうせユンと同じように傷つけば死ぬ存在だろう?」
そういうレツタの目に、瞬きのような闇が見えた気がした。
かつて大学を案内してくれた、優しいが調子者の彼は、人殺しになっていたのだ。
『できればそうしてもらえるとありがたいのだけどね...... だがこの長い道のりを生き延びるのは、君と沙里ユンだけでは心許ないかもしれないんだ。使えるやつは使っていかないと』
「長い道のりだと? たかがあと80
『距離
「......いや、それでもお前らの手を掛けさせないな。俺にもユンがいるし、レジスタンスの仲間たちがいる」
『言っただろう、依人に手を掛けられるのは依人だけだ。沙里ユンとやらはともかく、君やお仲間には何をすることもできないだろう』
「そんな理不尽な決まり、誰が作ったんだよっ!」
『決まりがあるわけではない。神霊となったカムイは神霊にしか能うことはできない、という
「......!」
承服できない顔をしたままレツタはキリトから手を離す。
そしてミラルは髭の生え掛けた顎に手を当てて、真剣そうに考え込んでいた。
『だが、二人とも完全に能力に覚醒しているわけではないようだ。僕とセポのことは僕でよく
「え、わたしはまだ中途半端なの? ......それはキリトが本気を出すとかって話じゃないの」
『......
「......それだけあれば十分かなぁ」
『我ながら生前徳が高いおかげで強い力を授かっていると思うよ。だがそれは強すぎるのか、一度使ったら力を取り戻すまでには時間が掛かるようにも思えるんだ』
「ええ、じゃあ心許ないか」
『僕をどう使役するかは君次第だ。何より君は僕のことを信仰しきってないじゃないか』
「そりゃそうでしょ、だってあなたは前までただの人には見えないうさぎだったじゃない」
キッパリというと、キリトのいつもの無表情目の顔がハッキリと苦笑いに変わる。
『それじゃダメだなあ。......なぜ僕が
「......『存在すると疑わず、信じているから』。だったっけ」
『人が信仰してくれるおかげで、カムイは存在できるしその人の前に
「へえ。じゃあこれからはいくらでも無茶振りしていいのね」
『うっ...... まあ、僕が消えない程度にね...... ......君はなんというか、大人だなぁ』
「わたしはもういたいけな少女じゃないのよ。本当に危ないときのためにあんたを利用してやる女なんだからね」
『......』
黙するとキリトはうさぎの姿となり、わたしの首元へと戻っていく。
それまでを黙って見ていたミラルは、ゆっくりと口を開いた。
「そうだ谷宮、カムイの使役の仕方を教えてくれ」
「結局出てこなかったじゃない」
『そもそも使役できず暴走する可能性があるから封印してるんだ。まあ明日になれば封印は解けてるはずだし、カムイを使役するなんて一朝一夕にはいかないものさ』
ミラルはキリトに与えられた精神鍛錬の修行によってヘトヘトになり、本日2度目の風呂に入りに行った。
わたしは柾岡さんからもらった吟醸酒の瓶を片手に部屋へと戻る。時計は既に20:00を指そうとしていた。
「なぜ、あの時は暴走したんだろう。ミラルから聞いた感じだと、あれはミラルの意思に呼応して覚醒したみたいだけど」
『意思はトリガーでしかないさ。彼が教授を殺させたくないと思ったことは弱く浅はかな意思でしかない。だからオンルブシカムイの強烈な意思に負けたんだろうね』
「あの狼神にも意思があるの......」
『どういう意思を持って顕れたかはわからないけど、あの力は恐ろしく強力なものだった。運が良かったよ、抑え込めたのは。まあ抑えたまま出てこない方が僕らにとっても彼にとっても幸せなんだろうけどね』
「......ねえキリト、例えばわたしがあなたのことを信仰しなくなったらどうなるの」
『僕は消えるだろうね。でも、存在すると知っていることで存在するから、ある意味僕は消えることはないとも言える。ただ、それはその神霊が存在意義を依代の守護と感じている時のみだ。その限りでない場合は...... 例えばミラルが信仰しなくなった時、オンルブシカムイはあれ以上の力を放出しながら次第に消えていくのだろうな』
「じゃあ...... もしミラルが自分の能力に負い目を感じて信仰を失ったら......」
二重の
『......』
「............開けるよ」
『待って、瓶を持つんだ。僕も護身用意する』
「いやあんたが待ってよ。窓に外にいる奴が悪意を持ってるかどうかはわかるでしょう」
『...... 本当に君はなんというか大人だな』
「というかいつのまに雪が降ってたのね。開けていい?」
『大丈夫じゃないか、黒い意思は感じない。ただ縁側に何か生命を持つものがいるね』
「凍ってて開かない。お湯、お湯」
アルミ枠の窓の隙間に湯を注いで開ける。夜の暗い庭を眺める縁側に、黒い塊がうずくまっていた。
「うおおっ」
『これは...... シマフクロウ?』
「...... 触っていいものなの?」
『そっとね。凍えてるし、手負いみたいだ。しかしこの一帯にシマフクロウは全くと言っていいほどいないはずなんだが』
「右翼を刃物で傷つけられてる。誰がこんなことを......」
その大きな体をそっと抱え上げて部屋の中へと運び入れるが、唐突に暴れ出し部屋の中をでたらめに飛び回って、力尽きて落ちた。
『相当出血してる。もう助からないだろう』
「え...... どうにか助けられないの。神様でしょう」
『治そうと思えば治せる。それは君の勝手だ。だから彼が治った後、彼をどうやって世話するかを考えるべきだな』
「......」
『こいつは人間の手でここに連れてこられて、人間に傷つけられた奴だ。離したとしてもいつか勝手に野垂れ死ぬだろうね』
「...... 助けてあげられるんだったら助けてあげて。身勝手だけど、この場で死ぬのを待つのも嫌なんだ」
『君の意思は受け取った』
無表情で酒瓶を開けると、キリトは酒を口を含んでそれをフクロウへと吹き付ける。その霧は黄金の輝きを放って、身体に吸い込まれていった。
「......これで治したの」
『どうかな。間に合わなかったかも知れないし』
起こしてみると、突然その大きな目と長大な翼を開き、、開いた窓からものすごい勢いで飛び去っていった。
「あああ、私が世話するつもりだったのに......」
『問題なかったようだ、よかった』
「さすがに神様ね」
『動物相手だけならこれが効くんだ。君が僕なら治せるって信じてくれたからだけどね。さあ、酒盛りを始めよう』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます