2-4 対峙 Uhekote

 レツタは、内線インターホンの受話器を取った。

「もしもし。砂澤です」


《砂澤様、当主より連絡を承っております。沙里様にもお繋ぎして三者通話をいたしますが、宜しいでしょうか》


「お願いします...... 何が起こってんだ」

 時計を仰ぐ。もう23:34。


《もしもし、柾岡だ。二人とも聞こえるか》


〈お疲れ様です、夜遅くに〉


「おっさん、何が起こってる」


《19:03のこった、チェックインした奴の中に警視局の人間がいた。尋問したところ、名前は柏原レアン...... おそらく捜査第6課の奴だろう》


「おいおい、俺たちは完璧に隠れられるんじゃなかったのかよ」


《坊主。お前、警視局のみならずイワミザワ警察団、キムントミコロクルにまで狙われているみたいじゃないか。どうやら警察団で俺を監視している奴が内通者となっているらしい。間も無くキムン傭兵団が押し寄せるぞ》


〈バレるのが早すぎじゃないですか〉


《いや、このオヤジが悪いんだ。荷物まとめてとっとと逃げたほうがいい。頼むぜ。首尾よく行ったら連絡をくれ。/》


〈僕はセポに伝えにいく。ミラルはレッツに頼む〉


「わかった。世話になったなおっさん。くれた酒はまた今度呑むとしよう」


〈よかったラッキー、レツタは呑んでなかったか。運転できますね〉


「こっちはお前が戦闘不能でアンラッキーなんだよ」


〈そうだな...... 追っ手の中には山中ハルユキも居る可能性がある。全力で逃げてください〉


「そいつって、お前をボコった奴だろ......」


〈時間が惜しい。とっとと出ましょう〉




 わたしが荷物を抱えて、ユンさんに連れられて裏手へ逃げ込んだ頃には、もう旅館の周囲は篝火かがりびと黒服の傭兵たちで囲まれていたという。

 その中に、単一枚と裸足雪駄はだしせったで冬空に歩み出て行く影を、レツタは見た。


「おっさん......!」


「お前は俺が説得する間にUAZ《ユーエーズィー》を動かせ」


「いや、あんた......」


「命の捨て所ってものがあんならここだろう」


 炎で真っ赤に燃える視界を、巨大な傭兵の長と思しき影の方へ、全く恐れる様子もなく歩いて行く。それを見てレツタは、車を急いで出すのも忘れ立ちすくんでいた。



「久しぶりだな...... 元山マハワト」


「クイワンケ・ヤ。 柾岡リョウ」


「驚いたもんだ...... あの男の小僧。そっくりだとは思わなかったか」


「全くだ。見違みたがえるはずがねえ、ミハイルも驚くだろうな......」


「皮肉なものだねえ。俺らすっかりバラバラになっちまった。......何を知った顔で正義なんて言ってたんだろうかな、そのツケがついに回ってきたと思わねえか」


「......安心しろ、ツケはお前にもミハイルにも払わせん。必ずこの手で手に入れる。そのためにこの17年はあったのさ」


「変わっちまったな、マハワト。人妻とっ捕まえてオモチャにして、子供を産ませて愛弟子か。どうせ、“魔剣の神”を移し替えるための器なんだろ、あの子ども...... ハルユキだったか。は」


「......」


「もう自分が何をしようとしているのかわかってねえのか。お前はもはや、俺とミハイルを裏切った。村泉の小僧を、お前の好きにさせるとでも思ったか!」


「......野郎ッッ!!」


 逆光の向こうで、大太刀の白身が閃く。

 柾岡は傭兵の長の刀に貫かれ、身体をがくりと落とした。



「おっさん......!」

 それを見ていたレツタは、思わず飛び出して行きそうになったようだが、ミラルが羽交い締めにして止めてくれた。


「車のとこに行くぞ、レツタ!」

 ギリギリギリという歯ぎしりの音を立てて、レツタはミラルの拘束を振りほどき走り出す。


「......! ネズミを逃すな!」


 レツタはマハワトと呼ばれていた男の方へではなく、車へと走った。

 それを見るとミラルはマハワトの前へと走る。


「お、鴨葱じゃねえか」


 後ろに篝火を焚き、逆光の中で悪党そのものの微笑びしょうを湛えたマハワトが立ちふさがる。カムイを召き喚ぼうとしたが、それを見てミラルは心をおののかせた。


「き...... 貴様......!」


「忘れはしないか。だがその時お前は幾つだったのかねえ」


 4歳。忘れるはずもない。その時も確か、家を無くし、旅館に父と二人で逃げ込んだ時だった。

 マハワトの傍らには、ミラルの母だった女がいた。虚ろな目でミラルを見つめて、その目に射られると、母の胸を求めて駆けていったのにすくんで動けなくなってしまった。

 そしてマハワトは動けないミラルへと大太刀を振りかぶる......


 なぜ。なぜ思い出すんだ。

 そう思ってすくんでいたミラルの眼前に、大太刀の切っ先が突きつけられていた。それは過去の情景であり、今、17歳になった自分の光景だった。


「ハル。捕らえろ」


 マハワトの傍ら...... というには少し離れたところに、一人だけ白いコートを纏った男がいた。

 ハル、と呼ばれたその男はどこからとなくナイフを取り出す。


「連れ帰るぞ。これで俺とお前は最高の力を手に入れられるのだ......! ウハハハハハハッ」




「痴れ者め」




 真っ赤な液体が噴水のように飛び散る。


 驚きの言葉が発せられる前に、マハワトの喉はナイフでかき切られ、たちまちあたりを赤く染めた。

 それに驚くと、ミラルの頬を何かがかすり切り裂いていった。もう一つのナイフが飛んできたのだ。


 真っ白なコートを着た男...... いや、ミラルにはその顔が無邪気な少年に見えたらしい。

 顔も、コートも。真紅に染まり、無邪気にも、邪悪にも見える微笑みをミラルへと向けた。


「俺の名前は山中ハルユキ...... ミラル、お前の能力をいただく。俺に立ち塞がる、あらゆる奴らをこの手に掛けるためにな!」


 幾人かの隊員がミラルへ飛びかかろうと走るが、全てアーミー・グリーンのバンに弾かれた。


「早く乗れっ!」


「お、遅いんだって!」



 UAZは首尾よく裏口でわたしを拾うと、そのまま駆け抜けていく。

 それを見逃すと、ハルと呼ばれた男は、ミラルの頬を切ったナイフを拾い、付着した血を、子供がスプーンについたチョコレートを舐めるようにそうした。


「逃げられると思うかな...... 覚醒した俺のカムイから」


 男の背後に、漆黒の毛皮をまとった怪物の姿が浮かび上がる。その姿は、炎にも照らせず影のように揺らめいていた。

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