1-13 肖像 Inoka

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「お待ちしておりましたよ、捜査6課長。お加減はいかがですか」


「大したことではない。そもそも、貴方はどうやってここに入ったのだ」


「私とあなたの仲ではありませぬか、課長」


「白々しい」


 金の髪と、あおい眼。その室に戻るなり、その男はセイロン葉の紅茶を沸かし始めた。

 それを微笑んで、黒髪に象牙色アイボリーのコートを着込んだ男が立って見ている。


「それにしても、素晴らしい絵像だ。実物を間近で見るのは初めてです」


「これは模写でしかないのだがな。ヴァレニエは入れるかね」


「お茶は結構。誠に遺憾ながら、話し終えたらすぐに出発せねばならないのです」


「まあゆっくり話そうじゃないか。貴方はどう思う、この絵像について」


 そう振られると、立ったまま、はその絵を見つめた。



「座していながら、勇壮ですね。統率力を持った瞳をうまく表現している。ただ衣装はなぜ蝦夷錦えぞにしきなのでしょう。それになぜか私はどうしても勇壮さの裏に、鬼のような冷酷さも感じてしまう」


「お前は詩人だな。そこまで読み取るのは、知っててか知らずか」


 ティーカップを二杯、デスクに置くと金髪の男は革張りの回転椅子に座する。その背中には、先ほどから二人が語らう絵像が大きく壁に固定されている。

夷酋烈像いしゅうれつぞう』の一つ、と呼ばれた男の肖像画だ。



「江戸時代、クナシリ・メナシのアイヌが武装蜂起し、松前藩はこれを鎮圧する。それに協力したアイヌの一人がこのツキノエ...... という程度の知識しか持ち合わせていませんよ。私は、この男が同朋に協力せずなぜ日本人に協力したか、なぜ37人の同朋を差し出して殺させてしまったか、そして何より、なぜあなたが自室にこの絵像を掲げているのか。それを知らないのです」



「それだけ知っていれば十分だろう。 ......この男は偉大な、日本人からも英雄と賞賛されるに値する者だ。彼と他42人の藩への協力者の存在によって、今のアイヌの存在があるのだからな」



「そうですか? 結局終結後、場所請け合いによってアイヌの権利はよりいっそう縮められ、それは徳川幕府が地に墜ちてからも実質続いた。嘗てコロイフキ上王も彼らを英雄として挙げていましたが、コロイフキという存在がなければアイヌは滅びていたかもしれないのですよ」



「そう。それはその時からそうでしかなかったからだ。彼は族長であり、大商人だった。だからその頃のアイヌの弱体化ぶりを最もよく見ていたからに過ぎない。 だが、身内のことはよくわかっていても、藩の権力についてよく知らなかったのだろう。その頃のアイヌ社会に『死刑』はなかった。だから37人の同朋である加害者が殺されるなど思いもしなかったのだろう......」


「アイヌの統率者、されどアイヌの裏切り者...... そう思えば何か得心がいきます」



「ああ、私にとってこの絵像は、未来を見据えたほまれを得るべき決断をした男の肖像として、誇らしくなる...... だが! 同時に憎らしく思えて、直視できないのだよ。私の高祖が、裏切り者という誤解と、日本人の『アイヌ』に対する虚像と、政治的な意図で書かれた絵画によって歪められるということを!」



「......それは悲しいですね。だったとは」



「だがこれは私にとって教訓となっている。民の存続する未来のためには、、と。同朋が依人よりびとそそのかされいがみ合い、のだ」


「そうですか。ところで、逃走者の身元が判明したそうです。レジスタンスの成員が2名、砂澤レツタ、沙里ユン。そして北帝大アイヌラックル学会関係者が2名、村泉ミラル、谷宮セポ。そうそう、警視総督はこの4名を『』と呼称すると声明しました」


「呼び名などどうでもいい。このうち3名が確実に依人なのだな」


「捜査1課は異能者関連では手が出せないとのことです。わたしも、スナガワ警察団に移りますので、暗躍はできても実働部隊は出せなくなります」


「必要ない。お前たちの手をわずらわせるまでもなく補導し、。もし聞かなければ。私たちに任せるということはそういうことだ」


「かまいませんよ。失敗したとしても私が後ろ盾となりましょう。期待してますよ、得撫うるぶさん。では」


 そう云って、黒髪の男は出て行く。



「こちら得撫。今からそっちに向かう」



 飲み干されたカップを二つ、洗いもせず裏返してソーサーに乗せた。



「奴らの好きにはさせん、が守ろうとしたこの地を......!」


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