1-9 戦士 Kamuikoyki

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 カムイユカラに登場する、人間の神々にして英雄。

 彼らは『アイヌラックル』(人間のような神)と呼ばれ、その真名は伝承により様々。


 知里ユキエのアイヌ神謡集によれば、東部・南部地方の伝承の多くを占めるオキクルミ、北部・西部地方では主な英雄となるサマユンクルは従兄弟いとこ同士であるという。

 兄のサマユンクルは、カンナカムイ(雷電の神)とアニカムイ(オヒョウニレの女神)の間から生まれ、弟のオキクルミは、カンナカムイとチキサニカムイ(ハルニレの女神)の間に生まれる。


 二人はしばしばセットで神謡ユカラ教訓談ウウェペケレに登場し、その時必ずどちらかが成功し、どちらかが失敗するという役割になるのである。



 サル州ビラトリ管内・ニナの、平目ひらめカレピアというおうなによる伝承にこのようなものがある。


 ソラチ川の滝の上に、わたしは独りで育っていた。

 ある日のこと、川上の方で人の声がしたので見ると、サマユンクルが、6本の斧と6本の手斧を互い違いに背負ってやって来て、こう言った。


「この立樹のやつめ、腐れ木の野郎! 俺の言う事をよく聞け。俺はなんじを伐倒したら船に作って、それに乗って交易に行くつもりだ!」


 と言って、私を打ちたたき打ちろうとした。

 私は堅い肉、悪い肉を上に露出し、柔らかい肉、良い肉を内に隠した。


 サマユンクルは日が暮れるまでかかって私を伐ったが、伐倒せずとうとう6本の斧も6本の手斧も刃がこぼれてしまった。

 サマユンクルは

「この野郎、よくも俺の斧を駄目にしやがったな!」

 と言いながら、散々悪口をついて川伝いに行ってしまった。


 またある日のこと、川上の方から人の物音がするので見ると、オキクルミが二本の斧を背負ってやって来てこう言った。


「森の大神なる立樹のカムイ、身分重かる神さまよ。私はあなたを船に作って交易に出掛けます。そうすればあなたはいよいよ神としての資格を高め、いよいよ立派な神さまとおなりになれましょう!」


 と私に祈ったので、私は柔らかい肉、良い肉を露出し、堅い肉、悪い肉を内に隠した。


 オキクルミはやがて私を伐り倒して立派な船とし、それからソラチ川を伝いに川下に流して浜に出した。そこで種々の獣皮や交易品を私の懐に積み込んで立派に飾ってくれた。


 日本人との交易が終わると、交易した種々の宝物や宝器の類や食器、酒、米、粟の食料などを私の懐に積み込んで美しく飾ってくれた。


 帰途につき、海より里川をさかのぼってオキクルミの水汲み場に帰り着き、たくさんの交易品と酒樽と米俵を陸揚げして屋内に運び入れた。

 そこでオキクルミは木弊イナウを供えて私をねんごろにねぎらまつってくれたので、私はいよいよ神格の高い神となれてこうして暮らしているのだ。


 ......と海船の女神が、その身上をうたったのである。

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 アスファルトに転がる、大男の肉体。

その中に立つ、裸足に血濡れ法衣姿の小柄な男。

 その視線の先には、大男たちよりもさらに巨大な男の影が伸びていた。


「エイワンケ・ヤ?(達者であったか?)小サマユンクル。」


「クイワンケ・ワ。(相変わらずだ。)本山もとやまマハワト。」


「......大きくたくましくなったな。砂澤の小間使いになったのは残念だが」


「僕は、信義に背く事は出来ない。あんたのような、内務省の小間使いになる不節操とは違う」


「そうか。だがお前に構ってる余裕もないんだ。ちゃっちゃとお前をこの地面にたたっ殺して奴らを追う」


「あんな20にもならない若造を貴族どもに売り渡して何がしたいんだ、お前は」


「おう、いっておくがこれはサツ(警察局)どもの御使いじゃねえんだ。村泉ミラル......だよな。あいつはこちら側にとって大事でな。存続に関わることとなっちゃ黙ってねえさ」


「この若い奴ら見てみろ。こんな無様なことになってるようじゃ、キムントミコロクルも間も無く終わりだ。早いとこ引退するんだな、オヤジ」


「言うねぇ。俺もまだそんなに老いてねぇよ。......刀抜けッッ!!」


「オウヨァ!!」



 次の瞬間、ユンの目には重く宙を切る太刀のひらめきが見えていた。

 本山もとやまマハワト。かつて各地の山を拠点とする傭兵集団、キムントミコロクルで最大の族長にして最強の戦士と呼ばれた男。

第一線を退き傭兵団の経営者となってからもその実力は衰えていなかった。

 その重撃は、決して力任せではなく防御の穴を広げて行くように巧妙。


 額へと突きが襲い、ユンはこれを軽い体術でかわした。


「どうした!?もっと近づいてこいよ!!」


 ユンは刀を八相はっそうに構えて下がる。マハワトは下段に構え寄る。

こっちから行くぞと言わんばかりに一気に詰め寄り突きを繰り出すマハワト。

 だがそれは受け流され、またたきの間にマハワトの硬い籠手こてへと斬りが仕掛けられた。

 手へと襲い掛かる振動を耐えれど、胸の装甲へと連続で叩かれ押し出され、とうとう刀を取り落とした。


「引退しろ。あんたを殺す気なんてない」


「......」


「せめて教えろ。なぜ村泉を狙う」


「......フン、こっちが聞きたいな。伝承者・砂澤ヒサタの家系にあるレツタのみがカムイコタンへ赴けばいいのに、なぜ奴は村泉を欲したんだ」


「...僕は知らない。砂澤が欲したというよりむしろ、オキクルミが欲したんだ。大弟の意思など僕にはわからない」


「だろうな。まあ、さしずめ俺と同じってとこだろうな」


「......何?」


「ああそうだ、はやく俺を殺した方が身のためだぞ。...殺される前にな」



 その瞬間、ユンの脊髄せきずいを何かが走った。



 その激痛に苛まれても、彼は正気を保っていた。

 右僧帽そうぼう筋から、左広背筋。そこを一筋一振りによって斬られて、それでも立ち上がったのだ。


 再び脊髄を何かが走る。

 それは、咄嗟とっさのことに神経があげた悲鳴なのだとその時ユンは理解した。


 立ち上がった頭へと、恐ろしいほどのスピードで斬撃が飛んできたのだ。

その気配を察して、死を感知しない者などいないだろう。

 だがその0.1秒にも満たない瞬間にそれを屈伸して受け流し、遠くへの敵へと飛び蹴りを与えようと地につける手へ全体重を込めた。


 ところが、またもや走る脳髄の絶叫により、ユンは後退して残心ざんしんした。


 痛みを感じないその代わりに、汗がダラダラと流れる。


 いつ、後背をとられていた?

 なぜ、その気配に気づかなかった?

しかも、それは剣撃を受ける1メートルの範囲には非ず。

 敵の武器は太刀ではなくナイフ。そして自分の背中のたった10センチメートルほどもない距離のところに、相手は立っていたのだ。


 そして相手は両手に掴んだナイフ二丁をどこかへと仕舞うと、手を合わせて礼をした。



「はじめまして、小サマユンクル。」

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