1-8 傭兵 Tumikor-kur


「......キリト、これで封印はできたの?」


『たしかに、村泉の身体に戻っていったようだ』


「身体に? あれは出てきたってこと?」


『役に立たない神様の推測だよ』



 何が起こったのかまだ整理がついてないようで、ミラルは虚空に向かって話すわたしと、どこからか聞こえる声に戸惑っているようだ。

「......神様だって?」


『ああ、村泉ミラル。自己紹介がまだだったね。僕の名はトゥイエカムイサラナ。又の名を神尾キリトという。キリト......うん、君にもそう呼んでもらえるといいね』


「......」


『まあ要するに、彼女のトゥレンペ。いや、アイヌ語は理解らないか。憑神......と表現するかな。』


「......」


『そんな神様が教えてあげよう。君の中には、一つの彷徨える神が眠っていたようだ。それはそれは強力な......オンルブシカムイだ。ああそうか、アイヌ語が...』


「...エゾオオカミの神霊か?」


『......! なぜその意味を......!』


 明かりも消えた暗い留置所内に、だんだん水が溜まり始めてきている...

「ねえキリト、これは......」


 上から崩落音が聞こえてきた。


「急速に建物の氷が溶けてきているのかも...... セポ!えっと... キリトさん、出るぞ!」





「もう少しで外だ!」


 明るい光が屋内に差し込んできている。助かった、地上だ。そう思うが、同時にこうも思った。


「え? 深夜なのになんでこんな明るいの......?」


 と思ったのもつかの間。

 瞬く間に男の腕に捕まり、地面に押さえつけられてしまった。


 こいつ......警察か、警視局か。だよね。


 と思って見れば、その男は黒ずくめの、得体の知れない防具を身にまとった者。

何が不気味かって、顔がこれまた黒の包帯で包まれているということだ。

 地面から周りを見上げると、その入り口周辺の駐車場を囲むように、黒のような、濃い茶色のような、同じ装備をまとった男たちで囲まれている。


「な...何者よ一体」


「......」


 不気味なほど、誰も喋らない。

というかあの、ナントカ・ナガヒサって奴が喋りすぎるだけなのだろう。


「キリト、どうにか......」


『今すぐこいつらを昏睡させろっていうのかい? ひとつやふたつならともかくこの状況では無理だ』


「......クソウサギが」


 ヘリコプターの重い羽音が響き渡り始める。


「畜生、こんなときに俺も... 谷宮のように......」

 ミラルがその端正な顔を、悔しそに歪めた。



 真っ白で、眩しすぎるほどの明かりの下、黒ずくめの男の幾人かが、放り投げられた人形のように宙を舞った。

 視界に入り込んできたのは、アーミー・グリーンに塗装されたUAZワズのバン。

 一回転し、右側の運転席から、大きな人影が顔を出したのをとらえた。

それが誰か認識する間も無く、生暖かい液体が顔に飛び散る。アスファルトにも飛び散ったそれは、灰色でもすぐに血液だとわかった。


 気がつけば、開いた後部座席に向かって、ミラルが手を後ろ手に縛られたまま走っていく。


『急ぐんだ! セポ!』

 立ち上がって、車の方へと走っていく。自分の手も縛られていることに、私は全く気付かなかった。


 銃声が響き渡る。

 目を瞑って走る。

 私の左側を、誰かが通り抜けていった。


暖かい腕が私の体を引き寄せた。

「出せ、レッツ! 早く!」


「わってるわ!」


 目を開けた途端、うつ伏せでシートに伏せられる。

 銃声と、鉄板を銃弾が叩く音。ガラスが砕かれる音。

 轟音を発して、揺れながら車は発車した。




「どうにか間に合ったなー、署の周りがキムントミコロクルで包囲されてるって聞いた時は本気でヒヤッとしたが」


「バッ...カ野郎!! こっちは本気で死ぬかと思ったんだからね!!」



 ドームの中とはいえ、札幌の空気は冷たい。

 フロントガラスから何まで銃弾で穴ヒビだらけ、外気が車の中に入り込んでくるのである。



「うー、さびっ。おっ、パトロル車が見えたぞ。カーチェイスの始まりだ、カーチェイス!」


「「ええええ」」


 レツタは、右手に拳銃を持ったままハンドルを握っている。

ていうか、その金髪はなんなんだ。金髪は。


「ちょっと待って、どこまで逃げるつもりなの?」


「決まってんだろ、アサヒカワまで行くんだ。あと10日間か? それまでにカムイコタンへ行くぞ」


「やだー! あんたなんか頼りになるの!?」


「ごちゃごちゃいうんじゃねえ、行くぞォっ!!」



 もういっぱいいっぱいだよもう。




「レツタ、そういえばユンさんは?」

「あいつ、西署で多分あいつらを食い止めてる」


「ちょっと待ってミラル、ユンさんって誰?」


「俺の先輩。キックボクシングサークルの」


「えっ、一人であの特殊部隊と?」


「おう、ユンを舐めんなよ。あいつこそ『サマユンクルの生まれ変わり』だ」


 沙里さりユン、といえば学内では有名な人である。

 北帝大を首席で卒業し、長らくキックボクシングサークルの主将だったという、文武両道の秀才。小柄で真面目そうな人だったが、このようだと卒業後レツタともにレジスタンスに入ったようである。

 アイヌラックル学会の会報で、こんな二つ名で紹介されていたのを見たことがある、

『9代目サマユンクル』と。

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