1-6 始動 Asirisirutu

グランド・セントラルストリートGSS駅からサッポロ駅にかけては、大きな一つの地下道が続いてる。

 割とどんな時間でもこの『地下歩行空間』には双方向に人通りがある。

 そしてこの空間の中で走ってるやつなんかそうそういない。

「そうそういない」。


『補足した。黒い意思をぶちまけながら走ってる』


「で、駅ついたらどうしようね」


『どこでもいい、立体でも地下でもいい、屋内駐車場まで誘い込むんだ。そこのほうが撃ち込みやすい。あ、奴ら事故った』


 NPDA(新型携帯情報端末)セルラーを片手に、端末画面と目の前の実像を同時に見ながら、早歩きで進む。


「”HRC(北加伊道鉄道会社)タワー・イースト”の駐車場に入るわ、準備にどれだけ時間がかかるのよ」


『人数による、場合によっては一般人も巻き込むかもしれない』


《HRCタワーをご利用の皆様にお知らせです。これより駅構内は警視局の捜査により、退出命令が発令されました。ご迷惑を御掛けしますが…》


『だってさ』

「かなり人数が増えそうよ、手間がかかる」


『その逆さ。手間が省けた』




 駐車場へ入ると、付近はすでに警察車両のサイレンで満たされていた。


『まだ駅構内から人が避難しきっていないし、張るのに時間がかかる。もう少し待ってくれ』


「いや、これ以上遅れたらやばいべ、これ」

 電話の向こうで、キリトが余裕そうな声で話しかけてくる。だが今あのウサギは駅周辺を高速で飛び回っている。



『娘っ子一人捕まえるのに大袈裟だなあ、本当に』


「これで学んだわ、警察はやることが大袈裟すぎるって」


 一瞬にして駐車場から構内への入り口は拳銃を構えた機動隊員で塞がれ、次々と警察車両がわたしの目の前に停まっていく。


「警視25号車より、こちら得撫。対象を包囲、確保体制に入った」


 真正面に停まったパトロル車から、すらりとした背の高い影が降りて来た。


「ウシシール、スカーターを参照しろ。……なに?霊的危険度係数SRF:45だと? まあいい」



 金髪碧眼きんぱつへきがんで長身の、見た目まだアラサーの警官という。

 それだけでもインパクトたっぷりだが、片手に優雅な声で喋っているのを見るとなにか可笑しさがこみ上げてくる。


「さて、お初にお目にかかります、谷宮セポ。少々手荒なお出迎えをいたしましたが、これから署までご同行いただきたい。」


「......」


『黙ってるな、時間稼ぎしておくれ』

 キリト、まだなの。


「警察がわざわざ女の子一人捕まえるのに機動隊まで用意して、あんたなにもんよ」


「おおっとぉ!! 二つも勘違いしてもらっては困る。 一つはこの銃は君を撃つための物ではない、ということ。 もう一つは我々は警視局けいしきょくであり警察団けいさつだんではないということだ」


内務省ないむしょう所轄しょかつの警察じゃないってこと? どっちでも同じでしょう」


「ああ......世間知らずのお嬢ちゃんにはわからんか......『警視局』! 腐れ役人とその犬ばかりの警察団ではない、誇り高きその名の輝かしさを! ...まあいい、そういうことだ。これ以上の手荒な真似はしない。警視局の名が汚れるからな」


「そうじゃなくて、あんたは一体誰なのかって聞いてるのよ」


「おお! 許してくださいませ、お嬢様! とても失礼なことをしてしまった、こちらも名を名乗らないとは、警視局の名折れ!!」


「......ウザっ」


 聞こえるように言ったのが聞こえたのか、オーバーリアクションで(ただし紅茶は一滴もこぼさずに)嘆いていた『警視局』の首領ドンは、再び姿勢を正し凛々しい顔を作った。


「私は、警視局けいしきょく刑事部けいじぶ捜査そうさ6課長ろくかちょうの、得撫うるぶナガヒサと申します。」




「......捜査6課? あまり聞かないね、そんなの」


「おおおっ! そこに目をつけられるとは! ......オホン、警視局には捜査課は第5課まで存在が公表されている。だが実際はもう一つ、異能利用犯いのうりようはんを捜査対象とする第6課が設けられている。 つまり、君のような違法的な依人よりびとを取り締まる役目だ」


「......」


「しらばっくれてもダメだぞ。君のトゥレンペは強力だ。我々は1年ほど前から君の実情を調べて来たが、わからないことが多すぎる。 だがそれよりも、ご存知ないかもしれないが君は思想犯と接触していた、それが決め手となり補導するに至った、というわけだ」


「......」


 色々と疑ってしまい、黙り込んだままでいると、得撫は紅茶を一口飲んだ。


「......よもや、自らの能力に気がついてない、といったところか。よくある話だ。まあいい、そのことについては署でゆっくり検査してから伝えよう。確保せよ」


 後ろから自分の腕に手錠がはまる。

 おい、まだかよあいつは。

 そう思っている間に、わたしはパトロル車に乗せられてしまった。


「ところで、お茶でもどうかね。セイロン茶葉の、ヨイチ産ブルーベリーのヴァレニエ入りだ。嫌いではなかろう」


「課長、僅かながらその娘の|SRFが上昇傾向にあります。気をつけて下さい」


「まあ落ち着け。身に覚えのないことで混乱しているのかもしれん、だから落ち着かせようとしているんじゃないか」


 新年から、今日の一日でいろんなことがありすぎて、いっぱいいっぱいになっているのは事実である。


 だが何より落ち着かないのは、キリトが......

『準備完了だ。いくよ』



「と こ ろ で、谷宮様、砂澤と邸宅にいた少年の執行日はご存知かね?」


 執行日......? 待って! キリト!


「申し訳ないが、明日のよう......」



 突然、立体駐車場の構内に突風が舞い込む。

 を舞い上げ、冷たくない風は一瞬にして車両に乗り込んだ警視局員たちを昏倒させていった。


 あたりは、ただサイレンが響き渡るのみで、私以外の誰もが眠っていた。

 それは得撫という男も例外ではなく、その足元にはティーカップの破片と熱そうな紅茶が溢れていた。


『ごめんね、だがあたりの警官も皆眠らせてある。ここは早く逃げよう』


「......手間がかかったじゃない」

『そう? でも、誰も巻き込んでいない』


 明日......? 何を執行するのだろう。だが、ミラルは......?





 地下鉄も止まり、自転車も捨てた。

家にも帰れそうになく、あるホテルに着いたのは、夜遅くになってしまった。

 走り、走り。空腹の上に疲労した私の身体は、何も食べる間も無くベッドに倒れこんだ。



 意識が眠りの方向に移っていく中、強いあの言葉が耳に焼き付いていた。


『だから......俺も覚悟した。』

『谷宮。俺の旅に付き合ってほしい。』


 なにが付き合ってほしいだ、バカ。

こんなに無力なわたしと、あのクソウサギに、何ができるっていうの。


 ......


《サッポロ駅の、警視局員集団昏倒事件は未だにその実態がつかめていません。

同日の反政府デモ、ひいては砂澤教授逮捕事件と関連があるかどうかも不明となっています。

警視局はこの犯人を都内に潜伏しているものとして捜索を開始しており......》


 ......


『......谷宮。お前ならわかってくれると思ってる。何かを探してるんだろ......?お前は、俺と同じだ』

 ......誰かの言葉。


 わたしはこの街で、何を探していたのだろう。

父も母も亡くなり、友達もみな離れていった。

 早く故郷を出て、そんな空気から自由になりたかった。

それはひとえに、普通の女の子になりたかっただけだったかも知れない。


『セポさん、スープを買ってきたよ』

 あいつの言葉。


 あいつがいること、そしてミラルがいたこと。



『なるべくして、なるようにしかならないんだよ。だから自然も、このいまにも消えそうな遺跡も、それで美しくあれるんだ』

 父の言葉。



『大勢に流されちゃダメよ。大切な誰かを守るために、そして自分のために、自分の道を歩めるセポであってね』

 母の言葉。



『背負っていく必要なんてない。ただ居るだけでお前は人にしあわせを与えられるんだ。セポ、「背負う・小さく」それがお前の名前だよ』

 おばあちゃんの言葉。




 きっと、たくさんの人が犠牲になる。

 わたしはそのために生きてきたのだろうか。

 ......いや、わたしがミラルと会ったのも、あいつが居ることも、仕組まれてしまった宿命でしかないんだ。

 ミラルの進む道は、茨の道だ。

 なら、わたしがそこに居てあげることができるだろうか。


 インスタントのスープを飲み干し、わたしは、もう一度西区のあの留置所に戻ることにした。


『君も、覚悟したんだね』


 うさぎのその声を、思わずわたしは鼻で笑った。

「覚悟なんて、わたしだけではできないよ」


 キリトは、その言葉に呼応し銀色の目を光らせた。


「だからキリト、手伝ってほしい」

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