1-5 覚悟 Ekenkenu

 サッポロ都内が、早朝から大騒ぎになっている。

 暴徒化した若者たちが、駅前からグランド・セントラルストリートGSS(大通)にかけて駆け回っている。

 高級車や警察車両には火炎瓶が投げ込まれ、ブランドショップのショーウィンドウのガラスは叩き割られる。

 国旗が燃やされ、「ウタサ」と呼ばれる文様が象られた青い旗が風にはためいている。

 警察車両のサイレンと、ライオットシールドに警棒を打ちつける音。

 そこに入り混じる、男たちの叫び声。


 それを横目に私はミヤノサワ通りに入り、ミヤノモリへと向かう。

 自転車についた有機ディスプレイを操作し、ミヤノモリ18丁目近辺で起こっている暴動のテレビ中継を映す。


《先ほど午前6:23より、ミヤノモリ周辺で暴動が発生しています。

暴動はサッポロ駅前、大通GSSに飛び火し、中央区では非常事態宣言が発動されました。

この暴動は同日午前5:30に同所ミヤノモリにて、北海道帝国大学教授、砂澤すなざわコウタ容疑者の逮捕に端を発するものとみられ、同大学の学生、大学関係者などの多くの逮捕者が出ています......》


 家でも見た、何度も繰り返されている映像には、警官に補導されるミラルの姿が映っていたのだ。連絡をすれば、暴動を避けるため西警察署に移管されたとのことだった。

 彼にはもうほとんど身寄りがない。誰も彼を引き取りには来ないのだ。


『だからって、なんで君が行く必要があるんだい?』


 うるさい、と心の中で呟き、ペダルを踏むことに専念した。




「なんでそんなことをする必要があったの」


 面会所で、ミラルは自分の罪を語った。


 彼は砂澤すなざわ教授の邸宅に訪れ、自分の使命、即ちオキクルミの啓示を受けたことについて相談しに行ったのだ。


 そして教授はミラルに拳銃を託し、5:30、逮捕に訪れた警察の手錠に掛かりに家を出た。


 その拳銃は、カムイコタンへ向かう旅程の護身のために渡されたものだった。

はずなのにミラルは、その銃で警官を撃ったのだ。


 殺人罪。目の前の獣のような青年の目は、逃れられぬ「人殺し」のレッテルで塞がれ、コンクリートの冷たい壁の中でうつむき光を失っていた。


「......」


「あなたは誰も傷つけなくてよかったのに。折角お父さんが生かしてくれた命を、粗末にしなくてもよかったのに......」


 お父さんが生かしてくれた、その言葉に反応して顔を上げると、また俯いた。


「親父は......死ななくてよかった。教授も同じだ」


「周りがダメだっただけよ。あの学生達は敵を作りすぎた」



 砂澤コウタの研究は、王統の政治に依るものではなく、共和的な政治体制を作るべきだというものだった。そして外交面でも、王宮の提唱する強行的な(チシマ列島、カラフト、ひいては日本ヤマト列島の)領土奪還外交政策ではなく、積極的協調外交を提唱した。

 これの著書は国内でベストセラーとなり、大学関係者でも議論が発生し、学生達は砂澤教授に迎合し「アイヌラックル学会」と呼ばれる市民団体を結成した。


《内務省はただちに逮捕者を解放せよ! 大神オキクルミの御心を損ねるな!》


 何度追い出されようと、アイヌラックル学会の街宣車は大音声で警察署前を走っている。

 ミラルの着る綿のジャケットには、あの「ウタサ」の文様のバッジが光っている。これも学会の会員の証だ。




「覚悟......していたんだ」



「え?」



「教授の話だ。どれだけ自分が潔癖だろうと、というより自分は責任から逃れられないからこそ、自分に下る判決は死刑以外ありえないと言っていた。......だから、なぜか俺に託したんだ。もしオキクルミがいるなら、もし彼らの目をませるなら、君が行って私たちの願いを届けてくれと」



「じゃあなんで! なんで逃げなかったの!!」



......。」



「...え......」



「俺だけじゃダメだ。学会のみんなが捕まって、誰かが口を割れば俺はその願いさえ壊してしまう。だから......」



「......」


 天井からぶら下がる、マイクとカメラ。

その金属が非情な冷たい光を発している。


 その下で俯きながら喋るミラルの声には、確かに覚悟の色が見えた。



 ......なぜだろう。ミラルが灰色に変わって見えていく。

内心でわたしは、彼のことを怖がっているんだ。

 慄えるわたしの手を察して、彼が顔を上げる。

その目だけが色づいて、見えた。



「谷宮。俺の旅に付き合ってほしい。」




『......どうするんだい』


 自転車を雪のない道路で押して歩く。

 天井の雪を薄く積もらせているはずのガラスドームは、夕方の空をプロジェクションマッピングしている。


 答えは出せなかった。


 みるみるうちに視界が灰色に変わり、その眼光に射抜かれて、わたしはその席を立ち去ってしまった。


「うん...彼は覚悟している......きっとわたしが断ると思って、それでも言い出したんだ。でも......やっぱりミラルは死ななくていい。」


『......ん?どういうことだい?』


「彼を助けてあげるには、一刻も早くこの国を変えなければならないかもしれない。でも、それで救われる人と苦しむ人の立場が入れ替わるだけ。そんな覚悟......わたしにはできない」


『ん? あー、いや、そういうことじゃ...ないんだけどな......』


「どういうことよ」


『う、し、ろ』



 ウサギのささやき声に反応し、振り向くと、スーツ姿の男が歩いていた。



『まだ僕も確信がないんだけどね……他にも何人か、黒い意思を持った奴が近くにいる』


「......尾行ってこと?」


『たぶん。まああれを聞いてたんだから警戒ぐらいするっしょ」


「やばいべ、それ...... とりあえず駅まで走ろう」


 早歩きでヤマノテ通から小道に入る。そこから自転車に乗り、サッポロ駅へと進路をとる。


『テイネ通はダメだね。なるべく小道を走って、車をどんどん抜いていこう。もう混み始める時間帯だ』


「何人いるのよ、そいつら。というか走り出したらどんどん応援来たりしない?」


『GSS近辺はまだ暴動が治ってない。ここのエリアで歩けば即捕まるから、自転車で行こう』




 路上で水飲み休憩。

「どうなってる?もうコトニまで来ちゃったけど」

『撒ける気配がない。どんどん増えてる気もする』

「失敗だったんじゃないの、それ」


『なんだろう、あいつら空から見てるのか?』

「空から......というか、最初からそうすればよかったっしょ」


『なにが』


「自転車に衛星測位システムGLONASSとかつけてたり...てかこの機械怪しくない?」


『えっ』


「神様は機械まで見抜けないから不便ね。乗り捨てて乗るよ、地下鉄に」


 自転車を乗り捨てた途端、一人の男が走って来た。

「すみません、お時間よろしいですか?」


「いや、急いでるので」


「あっ、わたくし警視局の柏原かしわばらレアン......」


 そう言おうとして男は口を魚のように開いたまま昏倒した。

『あぶない、あぶない』

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