1-4 命名 Yakukore

『でも、僕はわかるよ。君が彼に心惹かれていると同時に、恐れていることも。彼は燃え盛る一軒家のように危うい男だ。もしかすれば髪だけが灰色に見えるのは君だけかもしれない。髪だけがか、面白い症状だね......』


 勝手にわたしの思考を追従して、目の前の男はわたしと同じように考え始めた。



 まだ5歳のころに家が焼けたことがあった。


 今までの生活が崩れ落ちていくのを見て、その時わたしは燃え盛る炎が灰白色に見えていることを理解した。


 未だにわたしの色盲が生まれつきのものなのか、それとも火事のトラウマが創り出したものなのかはわからない。


 これもトゥイエカムイサラナによってやっと物をカラーで見れるようになったが、未だに怖い人や物、灰色に見えるという形で残っている。



『人間は見たいものしか見ることができない。それは君にも村泉ミラルにも例外ではない。彼が世界を恨み、全てが歪んでいると望んだんだ。ように』


 そうして新年はホットミルクが冷めるように静かに始まった。




 1月2日。

 マルヤマ大聖堂は昨日に引き続き、警察が捜査に来てて参拝どころではなかったらしい。

 神さまがお告げに来たってのに、警察が調べてるなんてのもおかしな話だ。


『少なくともその時倒れた神官や巫女はだ。証言が出るまで待ってもいられないけどね』


「本物っていうのは見える人ってことかな、神様だかなんだかが」


『そういう見立てだ。でも、君と僕以外に信用するものはいるまい』


 昼の広報番組では、その時気絶した大祭祀官がいもしないはずの神様に罵詈雑言をカメラに向かってぶちまけていた。それをコメンテーターが、哀れむような顔でなだめている。

 王宮神官局に追従する民間報道マスメディアもこれを悪意あるテロ行為と非難し、警視局はテロリストの高度なブレインハック兵器によるテロという線で捜査を始めたようである。

 なるほど、こういうのを新年二日目から見せつけられれば誰だって放送局に文句も言いたくなるだろう。


 早速出かけると、スピーカーを担いだ車が大音声で走り抜けている。

に願いましょう。私たちのよりよく、人権の行き届いた生活を。》

 両方とも年明けからご苦労様です。


『君はオキクルミを信じないのかい?』


「あなたの名付け親であろうが、目に見えないものは信じられない」


『じゃあ、彼と一緒にカムイコタンに行けばいいよ。見れば信じるならね』


「......」


 トゥイエカムイサラナ、

 この神様は、天の国カムイモシリから遣わされたものではない。私たちと同じこの地で、「令」と名前を与えられて今はやっと存在している霊である。


 それを与え、あやからせたのが ”邪神” オキクルミなのである。


 首の後ろからウサギは離れて、まだ熱いタルトフランベに手をつけた。


『今、かたは僕と同じ「記憶」でしかない。る人、く人なくしてあの場所から動くことはできないんだ』


「ということは、マルヤマにはオキクルミは現れなかったんじゃないの。カムイコタンから動けないならば」


『嘘は言えない。色々と僕も全てにおいて納得しているわけじゃないが、彼の言った鳥が伝言を与えたんじゃないかな。これも僕はその鳥も、他のカムイの存在すらも感知していないから確証はない。わからないことだらけなのはお互い様だ』


「ふうん、でももしかして、事業ってやつを達成させるために、ミラルを利用しようとしてるんじゃないだろうか」


『わからない。僕にもわからないんだ、なぜ彼が選ばれたのかも、何を始めようとしているのか』


「少なくとも、あなたはわたしを利用するためにオキクルミに遣わされたわけではないのね」


『......どうすればいいだろうか』

「なにが」


 食パンで作ったタルトフランベ一切れを半分だけ囓り尽くすと、うさぎは悲しそうに俯いた。


『あの時、森を往く君を見て一目惚れて、君のために老いさらばえた身体を捨ててまできみの憑神となった。その気持ちは純真なもので、誰も介入する余地のないものだと信じたい』


「......?」


『だが思わないこともないんだ。それさえあの美しいほどに人間に近しい神が、すべて仕組んだ宿命なのではないかって。全てこの純真な気持ちも、奴に操られて生まれているものなのじゃないかって』


「どういうことよ。あなたは古びたひとりぼっちの神様じゃなかったっていうの」


『わからないのかい。オキクルミの力はそれぐらい大きいんだ。奴は人間が指で数えるほど生まれて死んでしかいなかった頃から存在した。そこから今までの間にその力は大きく膨れ上がったんだ、名をあやかったあまねくものの宿命を操るほどに。』


「それは......神霊も例外じゃないと」


『村泉、ミラル......彼はオキクルミの宿命からもう逃れることはできない。そういうことだよ』



 チーズの載ったタルトフランベを驚いて取り落とした、そんな自分に驚いた自分がいたことに驚く。




——————

 21世紀最初の年となる2001年、1月2日。

 コロイフキ王宮が成立後10年となる記念式典において、国王コロイフキが暗殺される。

 狙撃者はアメリカ海兵隊員であった。


 暗殺後初めて国民会議が開かれると、二代目国王カレイフキは三代目最高議長の鷲尾わしおモーゼスと四代目最高議長に就任した川上かわかみチャシアシの逮捕命令を出した。


 逮捕者は与党有力者は勿論のこと、野党の有力幹部にまで及び、国民会議はほぼ骨抜きにされてしまう。

 逮捕者のほとんどは、「コロイフキ暗殺画策容疑」であった。


 地方出身であり、有力幹部との接点が少なかった川上チャシアシは間も無く釈放され、議会を再開すると同時にカレイフキの急進的な議会凍結策を批判する。それと同時に地方官吏融和策を推し進め、穏健派であった鷲尾以上の支持を得始める。


 以前から川上はこの政策や内務省の汚職問題に積極的に、強硬的に取り組んできたために議会や王宮との闘争が絶えなかった。

 この二つは王宮の租税回避、租税による住民圧迫、警察局や地方官吏をはじめとする内務省関連局との貴族の癒着によって起こり、地方では「」と呼ばれる抵抗運動組織が結成されるほどであった。


 国民議会と王宮の軋轢あつれきはここにきて爆発する。王宮を代表しカレイフキは川上を「クーデター画策の容疑」で再度逮捕要請を出す。

 川上はこれに対抗し議会を解散。迎合した国会議員の、総員およそ三分の二と、警察、軍人らが王宮になだれ込み実力行使を行うという事態が発生する。


「王宮クーデター」は三日に渡り、最終的には王宮直属の近衛兵団カムイ・ラメトゥコロクルによって鎮圧される。

 王宮は選挙制度を停止、内閣は急進的な王統支持政党、「ユクアウシ会」から任命された。


 国会も省庁も実質的に王宮の傀儡かいらいとなり、そこには21世紀にして蘇った専制君主国家があるのみだった。

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