喫茶店の白昼夢

斧乃木もえ香

喫茶店の白昼夢

僕と彼女はカップルというわけではなく、不純異性交遊が全くゼロの友情を育んでいるといったら嘘になってしまうが、まあとにかく仲が良かった。彼女は僕のことを気に入っていて、(自分でいうのはなんだかおかしいが。まあ懐いていたという表現の方が正しい)よく大学の空き時間は2人でランチをとったものだった。


近所の喫茶店に入り、すみっこのほうの席に腰掛ける。彼女はきまってクリームがたっぷり入ったココア。僕はピザトースト。彼女いわくココアとカルピスが好きな人に悪い人はいないらしい。僕はココアよりコーヒーのほうが好きだし、カルピスよりコーラのほうがすきだ。彼女はホットココアのクリームのほうを最初にスプーンですくいとり食べてしまったあと、ゆっくりとココアをのむことが幸せらしい。クリームを混ぜてより甘さを楽しむものだろうと僕は思ったが、なにも言わずにいておいた。


外はイルミネーションの飾りつけをしている。季節はもうすぐクリスマスだった。クリームを食べ終わって外をちらりとみた後に彼女は「今年もひとりぼっちね」とつぶやいた。それが独り言なのか僕に言ったかはわからない。彼女はいまボーイフレンドはいないらしい。僕にもガールフレンドと呼べる存在はいない。別にクリスマスにデートする相手がいなくてもそこまで寂しくないし、落ち込みもしないので僕は返事をしなかった。


「こんな寒い日にデートをするとしたら、家のなかで映画がみたいわ」と彼女はいった。僕が返事をしないときも、彼女は頭のなかのことをぽんぽんと口に出す。僕はおしゃべりが得意な方ではないのでそれはありがたかった。「それでね、スプラッター映画をみながら思いっきりいやらしいセックスがしたいの」と続いたときは思わずピザトーストを吐き出しそうになった。


「スプラッターって、あの『SAW』みたいな作品だろ。絶対いやらしい気分になんかならないよ。きみがどれくらいの変態を探しているかわからないけれど」僕は人の首がちょんぎれるところをみながらセックスなんて絶対ごめんだ。エド・シーランを聴きながらロマンチックな気分に浸っていたい。「想像してみてよ。究極の状態でしょ?真逆の、本当に正反対の状況が同じ空間に存在することになるのよ。絶対忘れられないわ」いや、忘れられないというよりはトラウマだろ、それ。それから寝るたびにチェーンソーが頭に浮かびそうだ。「ムードってものを考えないのかい、きみは」彼女はちょっと考えてから「じゃあアメリカの映画じゃなくて、フランスのにしておくわ」と言った。


面白かったので僕は他にも聞いてみることにした。「きみはボーイフレンドができたらなにをしたいの?」


彼女はすこし考え込む。目をふせると長い睫毛が影になる。小さい唇をすこし噛み、彼女の斜めにうつむいた横顔は計算できないラインをつくる。「そうね、二人でコンビニエンスストアにいって、夜道を散歩しながらアイスクリームを食べたい」さっきとうってかわってずいぶんとかわいいことを言うじゃないか。「でもパピコじゃなくて、ちゃんと二人とも別々のアイスクリームを買うの。クリスピー・サンドとかワッフルコーン・バニラとかそうゆうものよ。ちゃんとお互いが食べたいものを買うの。同じものを半分こなんてつまらないわ」彼女はあと一歩のところでいつもかわいくない。僕は最近密かにいいと思っている女の子と、夜の道をアイスを食べながら歩いているところを想像した。なるほど、いいかもしれない。


「あとは動物園に行って爬虫類やペンギンを眺めたり、彼の寝顔を見ながら絵を描いたり、甘ったるいコーヒーを飲んでベタベタしたあの口の中のままキスしたり、そういう感じね」僕はいずれ彼女のボーイフレンドになる奴の身を思った。彼が爬虫類が嫌いならば彼女は僕に「あいつ、蛇を首にも巻けないのよ」と言うだろうしうつ伏せで寝る男ならば彼女は無理やりひっくり返して喧嘩をして、「スケッチしたかっただけなのに」と言うだろう。「じゃああなたは恋人ができたら何をしたいの?」


僕は部屋に2人でいて、本や映画を観ている恋人の横で気持ちの良い夢を見たいと話した。彼女は「 それだけ?」と憤慨し、猫のような表情を浮かべて「じゃああなたはスプラッター映画を観終わった私に叩き起こされたいのね」と言った。

僕はバカじゃないかと笑いながら、底にたまったココアをすくう彼女を見つめ続けた。

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喫茶店の白昼夢 斧乃木もえ香 @rosevalerybaby

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