知ること-それが始まり-



「さてと…、どうするかな」





翠川さんから呼び出しを受けた後、俺は中庭のベンチに腰を下ろしていた。





『見て見ぬ振りはしないって決めただけ』





そう言って笑った彼女が頭に浮かぶ。

陽菜は前から翠川さんを可愛い女の子と認識し、よく俺にも会話を振ってきていた。それなのに俺はたった一度の事件で彼女の全てを知ったつもりでいたんだと思い知らされる。





「あんな風に笑う子だったんだ…」





そこでこの前哉汰から渡された漫画の台詞が浮かぶ。





『知らなきゃ何も始まらない』





(本当にその通りだよ……)





そこでふっと目を瞑って思考を切り替える。





「まずはあの二人を仲直りさせることから考えなきゃな…」





仕方ない、と呟いた時。





『想う相手がいるでしょう?』





翠川さんの声が蘇った。





「想う相手……か」





そう言って俺は静かに立ち上がり、校舎へと向かった。





————————————————





「くそ……。陽菜のやつ」





そう言って校舎裏でリフティングをしているのは哉汰。





「小せえ頃からずっと千昌千昌千昌って馬鹿じゃねぇのか……」





哉汰がリフティングをするのは大体が考え事をしている時だが、今回はそこに苛立ちも混ざっているらしい。





「………」





ボールは一度も地面に触れることなく哉汰の体の上を踊っている。





「俺の方が……」





そこまで考えて浮かんだのは、





『……』





先程の陽菜の泣きそうな顔。





「……」





そこまで考えた時、哉汰の身体は自然と動かなくなり、ボールは哉汰の体から離れてコロコロと転がって遠ざかっていく。





「……馬鹿なのは、俺だよな」





哉汰はそう呟くとその場にしゃがみ込んだ。

普段であれば転がっていったボールを拾ってくるのはこの暇つぶしに付き合ってくれる陽菜の役目で、隣で応援してくれたのはいつも彼女だった。





「こんなんじゃ嫌われてもしょうがねぇっての……」





哉汰は立ち上がるとボールを追いかけて拾い上げるとすぐ傍にある非常階段に腰をかけた。

その時、





『てゆーか!本当に何なの!』

『本当にむかつく!』





階段の上の方から声が聞こえてきた。





(ん、誰かいんのか…?)





先客の不穏な空気に大人しくその場を離れようとした時、





『鈴森本当にムカつくんだけど!』

『何でまだまとわりついてんのよ!』





聞こえてきたのは今ずっと考えていた大切な幼馴染の名前。





———バサッ





その声と同時に植え込みに落ちてきたのは一冊の教科書と中身が飛び出た筆箱だった。





「これって……陽菜の」





教科書を取り上げて裏面を見れば、可愛らしく“鈴森陽菜”と書いた後に犬のイラストが描かれていた。そのイラストは哉汰が描いたもので、筆箱も新しくできた雑貨屋に陽菜の付き添いで足を運んだ時にプレゼントしたものだった。





「これって……」





哉汰の頭をよぎる三文字の言葉。





「……っ!!」





その答えを探る為にすぐに声が聞こえた階へと駆け上がる。





「……」





けれどそこには誰もおらず、残されていたのは数本のペンだけだった。





「……どういうことだよ」





哉汰は眉間にシワを寄せたまま、ダンッと壁を殴る。

非常階段に響いたこの音を聞いたのは残された哉汰ただ一人だった…。





そう——



この世は——





『知らなければ何も始まらない』


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