偶然と正義 sideありす





本当に偶然だった。



それは今朝の出来事。




———————————————





「はぁ、何でこんな早くに……」





そんな小言を言いながら委員の仕事の関係で朝早く家を出て校門をくぐり、まずは保健室に向かった。





「じゃあ、これが書類ね。まとめてくれて助かるわ〜」

「いえ!大丈夫ですよ!」

「今日は翠川さんだけにしかお仕事頼んでないから一人だけど頑張ってね」

「はい!わかりました!」





そんな笑顔のやり取りを終えると私は自分の教室に向かった。





「これでいい?」

「もっとキツく言わなきゃわかんないわよ」

「机にも書きたいけど哉汰くんと千昌くんに見つかったらやばいもんね」





何やら聞こえてきた声。

こっそりと教室を伺えば、そこにいたのは過激派と呼ばれる女の子達。



手に持っているのは何やら紙切れのようだ。





(ふーん。そういうこと)





私は一部始終を見て何となく内容がわかった。

恐らく机に入れられた紙は脅迫まがいのことが書かれた代物だろう。





「……馬鹿じゃないの」





私はそう呟くと、教室を後にした。





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HRが終わった後の移動教室。

私はその様子を伺っていた。





「……」





案の定、その紙を見て顔を強張らせた鈴森さんとその様子を陰から見て嬉しそうな表情を浮かべている女達。





「……」

「ありす〜、忘れ物大丈夫だった?」

「あっ、うん!あったよ!」





取り敢えずは、と思い私は科学室に移動をした。





———————————————





——…キーンコーン カーンコーン





授業が終わると、哉汰くんは風谷くんとすぐに教室を出て行った。





「え?保健室の先生が呼んでたの?」

「ああ、内容はよくわかんねぇけど」

「そっか。じゃあ時間もあれだから先に戻ってるよ」





さりげなく後を追うと、哉汰くんがそんな嘘をついて一人鈴森さんを迎えに行った。





「……はぁ」





(私は何をしたいんだろう)





そんなことが頭を巡ってしまう。

しかし、一度あんな事を見てしまえば放っておける訳もない。





「……ごめん!先行ってて!」





私は一人、に向かって走り出した。





「……」





またしても教室を覗き見る。

ここまでくるとストーカーをしているみたいだ、と内心ぼやく。





『毎回千昌千昌…って』

『えっ…』





そんな声が聞こえたかと思うと、勢いよく哉汰くんが飛び出してきた。





「……」





幸い私には気がついてないようだった。そこで少し顔を覗かせると、そこには切ない表情をした鈴森さんが座っていた。





「あー。もう……」





その姿を見た私は急いで教室へと戻った。





————————————————





「風谷くん、ちょっといい?」





不自然にならないように笑みを浮かべて風谷くんに話しかける。





「……何か用?」





風谷くんはきっと私のことを好きじゃないと思う。何となくだけど、それは確証に近い。

しかし今そんなことはどうでもいい。





「ここじゃあれだから…」





そう言って人気の少ない中庭へと移動する。





「こんな人気のない場所に呼び出して何かあったのかな?」

「……鈴森さんの事」

「……陽菜の?」





私の一言で表情が変わる。





「今朝の事だけど、彼女の机に悪口を書いた紙を入れてるのを見たの」

「……」





途端に険しくなる顔。





「犯人は哉汰くんと風谷くんを好きな子達」

「……もしかしてあの過激派の?」





好いている男の子にそんな覚えられ方をされている彼女達は少し不憫だが、あのようなことをするくらいだから当然だろう。





「知ってたの?」

「まぁね」





少し嫌そうな顔をしている彼は、私と一緒で二つの顔を持っているようだ。





「鈴森さん…相当こたえてたから…。

それが原因でさっき哉汰くんと喧嘩しちゃったみたいなの」

「喧嘩?」





先ほどの事件を簡単に説明すると、風谷くんは顎に手を当てながら悩んだ表情をした。





「教えてくれてありがとう。

でも、何でそれを俺に……?」

「別に。ただ見て見ぬ振りはしないって決めただけ」





その答えに何やら驚いたような、加えて少し不思議そうな顔をしている風谷くん。





「……何よ」

「翠川さんは哉汰のことが好きだと思ってたから」

「そういうの本人に聞くのはデリカシーがないんじゃない?それに、それを言うなら風谷くんも想う相手がいるでしょ?」





くすりと笑えば、面を食らった様子の風谷くんが見えた。





「そんな表情もするのね」

「え?」

「何でもない。じゃあ、私はちゃんと伝えたから後のことは任せたわよ」





そう言って校舎へと戻る為に、くるりと向きを変える。

すると、風谷くんが叫んだ。





「俺、翠川さんの事誤解してたみたい。ありがとう」





何もしてないのにお礼を言われるのはおかしいけど、ほんの少し壁が壊れた気がする。





「さてと…私も頑張らなきゃ!」





ぐーっと背筋を伸ばし、私は青く眩しい空を見上げた。



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