見抜けない本質と自己嫌悪 side千昌



今朝の出来事から復活し、先程のHR《ホームルーム》後の喜びでウキウキしている陽菜。





「ふんふんふーん♪」





(何というか…単純だなぁ)





今では鼻歌を歌いながら教室までの道のりを歩いている。





「あ、千昌。私お手洗い行ってから教室に戻るから先に行ってて〜」





そう言われて一人で教室に入ろうとしたところ、何やら女の子達が話しているような声が聞こえてきた。





「ありすはさっき言ってた好きな子にあげるの〜?」

「……うーん。悩んでるかな」





どうやら話題は明後日に控えるバレンタインについてのようだ。そしてその話題の中心に挙がっているのは翠川さん。



「月嶋くんとかモテそう!明るいし」

「あー、確かにサッカー部って全体的にモテるよね〜」



少しばかり立ち聞きしていると話題は哉汰の事に移った。



「でもそれ言うならいつも一緒にいる女って何?ってなるよね」

「あー、鈴森…だっけ?」



すると次は話題が陽菜のことに移る。女の子の話題というものがコロコロと変わっていくという経験は陽菜からの会話で既に体験済みだ。



「あの子何なんだろね〜」





俺は話題が話題なだけに気配を消して耳をすませた。





「幼馴染って聞いたよ。もう一人の男の子の風谷くんと三人」



特に隠しているわけではないが、やはり三人一緒にいる為に幼馴染という事実は広まっているらしい。



「へー、でも私小さいの利用して可愛子ぶってる感じが嫌いかも」

「わかるわかる」





……女の子ってこういうところが怖いというか面倒というか、正直言って鬱陶しい。





「ありすはどう思う?」



そこで話を振られた相手は翠川さん。



「……え?」



どうやら戸惑っているようだが、俺の翠川さんのイメージは…悪いが八方美人だ。

理由は入学式から半年ほど経った頃の出来事に記憶を戻す必要がある。





――――――――――――――――――――――





『ありすって本当にスタイル良いよね!』

『ダイエットってどんな事してるの?』





放課後の教室で盛り上がる女の子達。その話題の中心にいるのは学校で

一番可愛いと騒がれている翠川さん。

俺は彼女に少し興味がある。興味と言ってもそれは、





『やっぱり、ありすちゃん可愛いよな~』

『見てるだけで癒される!』





このような類の興味ではない。俺の興味は、今読んでいる本の登場人物のように周囲から支持される人間はどのように生きているのか、という興味だ。





『ちょっと、男子聞こえてるからー!』





笑いながら反応する女の子達に微笑ましそうな反応をする男達。

そういう俺はもちろんどの輪に所属する事もなく、一人本を読みながら哉汰の部活と、陽菜の委員会が終わるのを待っていた。





『え~、特に何もしてないよ?』

『もうー、何もしてないでその体型はずるいって!』

『あっ、くすぐったいってば~!』





彼女達がじゃれあうと、男達はその様子を羨ましそうに眺める。





(陽菜でも迎えに行こうかな……)





俺がそんな事を考えて席を立とうとすると、





『ダイエットっていえば、隣のクラスの宮間ってやばくない?』

『あ、力士って呼ばれてる?』

『そうそう。あれは同じ女子としてないわ』

『男子から見たらああいうのどう思うの?』





話題は隣のクラスの女の子について変わった。





『あれは女じゃないだろ』

『オレ、自分より重い女無理だわ』

『だよね~!ありすもそう思うでしょ?』





このまま立ち上がってこの喧騒から離れようと思ったが、何故か彼女の答えが気になった。





『そんな事言ったら可哀そうだよ~』





彼女の答えは想像通り、八方美人な回答。





(この本の登場人物と同じだ…)





そんな答えに、





『もう~、ありすってば優しすぎ!』

『翠川さん、ほんとに優しいわ』





口々に返される称賛の言葉。俺は内心呆れる。





("可哀そう"って、相手を想ってるように聞こえるけれど、明らかに自分とは違う立場にいる人間に対して投げかけてる言葉でしょ。…結局はそう思ってるって事なのに何が優しいんだろう)





俺は本を持ち、静かにその教室を出た。





――――――――――――――――――――――





あの時と一緒だ……。





「だからー、鈴森って子どう思う?」



だからきっとここで笑って丸く収めるんだろうな…。

そう思って黙って聞いていると、





「好きだよ。憧れてるの」





教室に凛と響いた声。



「えっ、嘘でしょ!どこが?!」



一斉に女の子がざわめき立つ。

それに伴って俺の心もざわめく。



「……心から楽しそうに笑うところ。

それから、嘘偽りがない純粋なところ」





そう言い切った彼女の声に、俺は自己嫌悪の念を抱く。

呆然として立ち尽くしていると、





「……」





何かを呟いて俺の前を翠川さんが通り過ぎた。彼女は俺を確認したものの、特に何か言うわけでなく走り去ってしまった。





「……あ」





俺の方も何も言えずに翠川さんの後ろ姿を見たまま、





「俺って……嫌な人間だなぁ」





小さく呟いた。





「誰が嫌なの?」





ひょこりと隣に現れて俺の顔を覗き込んできた陽菜。





「驚かせないでくれよ…」

「だって独り言大きいから…」

「人の本質も、女心も見抜けないまだまだ浅い人間だって自己嫌悪してたところだよ」





そうため息をついて笑えば、





「何それ?変な千昌」





不思議そうな顔をして教室に入って行く陽菜。

すると、教室にいるのは先程まで陽菜の悪口を言っていた女の子。それぞれ机や椅子に座っていた。





「だから俺はさ、その人の本当の姿も知らないで簡単に嫌いだって思うのは良くないって知ったんだよ」





その子達に聞こえるように言えば、女の子達は気まずそうに教室を出て行ってしまった。





「やっぱり今日の千昌変な感じ…。

あ、そうだ!帰りにスーパー寄って帰ってもいい?」





不思議そうな顔をしていた陽菜だが、思い出したかのように鞄を手にして振り返ってきた。





「うん、いいよ。試作品の為の材料でも買って帰るの?」

「流石千昌。そのつもり!」





そう笑う陽菜は、翠川さんの言ったように確かに心から楽しそうに思える。





「……先に昇降口に向かって、待っててもらえる?」

「うん?わかった!」





幼馴染としてそばに居ても、哉汰と俺はこういうところに差があるんだろうな…と逡巡して俺は顔を洗いに水道に向かい、陽菜と逆方向に教室を後にした。




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