芽生える嫉妬と弾む恋心 sideありす




笑顔の似合う彼に惹かれた。





「今日の放課後にある練習試合、観に行ってもいい?」





一週間後は待ちに待ったバレンタインデー。

一年で唯一、女の子が好きな人に想いを伝えていい日。





「応援しにきてくれんの?さんきゅ」





そう言って笑う彼の目は、目の前にいる筈の私を映していない…。





「陽菜もちゃんと俺の勇姿見に来いよな?」





私の会話を遮って近づくのは、彼の幼馴染という鈴森陽菜すずもりひなちゃんと風谷千昌かぜたにちあきくん。





「行っても…いいの?」





彼女は小さくて可愛い。一つ一つの仕草は小動物を髣髴させて、女の私でも守ってあげたくなる。私とは違って、楽しいと思った時に素直に心から笑う子。





「……」





羨ましい。あんなにも純粋な子になりたい。

でも、私は私らしく…彼に見合う女の子になりたい。





———————————……





「ありすはさ、好きな人いないの〜?」





図書委員に所属している私は、委員会が終わった後、教室に戻る為に廊下を歩いていた。





「んー、いるけど秘密!」





そう言って口元に指を持ってきて笑えばクラスの女の子達は驚いたように声をあげた。





「えっ、いるの?誰々?!」

「教えてよ〜」





でもそれは教えない。一番初めに好きと伝えたいのは彼にだから。





「ふふ、教えないよ〜」





そう言えば、





「もう〜、ありすは可愛いからなぁ」

「本当!可愛いから絶対付き合えるよ」





降りかかるのは、毎度ありふれた言葉。私はこの一連の流れが嫌い。けれどこうして笑って答えるしか出来ない。もうあんな出来事こりごりだから…。





「ええ~、そんな事ないよ?やめてよね、もう!恥ずかしいよ~」





『可愛い』なんて、そんなの一生懸命努力して『みんなから愛される女の子』を演じているからなのに…何も知らないで馬鹿みたい。どうせ人間なんて上辺でしかないんだから。



そう思って頭に浮かぶのはあの日の出来事。





———————————……





入学して一年と数ヶ月が経ったある日の教室。





『ありすは可愛いよね〜』





そう言って私の顔をまじまじと見るクラスの子。





『え〜、そんなことないよ?』





そう返せば周りの子達は、





『えー、可愛いよ!こんなに可愛ければ何も不自由ないでしょ?』

『いいなぁ、可愛いって正義〜』





そう言いながら今流行りのファッション誌を広げている二人。





『だって今月に入ってありすに告白してきた人数やばくない?』

『本当にそれ。ありすの顔に生まれてきたかった~』

『だからやめてってば~』





楽しそうに繰り広げられる話題に笑顔を作るのが苦しくなってきた頃、





『あ、もうこんな時間!今日はクレープ食べて帰ろ〜』

『帰ろ、帰ろ~』





この後に開かれる女子会の話題でこの集まりは終わりを告げようとしていた。





『ありすも行くでしょ?ありすがいなきゃつまんないよ~』

『それにありすがいるとお店でもサービスしてくれるし、他校の男子にも声かけられるし!』





それぞれが席を立つと、ふと持ち掛けられたそんな誘いの言葉。





(私が誘われる理由なんて、どうせ特典目当てよ……)






『ごめん~!本当は行きたいんだけどこの後先生に呼ばれてて遅くなっちゃうの』





私はそれに笑顔で断りを入れると、





『えー、残念!じゃあ次は絶対だからね?』

『うん!また誘ってね!』





みんなは手を振って帰っていった。





『……はぁ、疲れる』





教室に残された私は小さくため息をついた。





『翠川だって努力してんのにな〜』

『……えっ?!』





すると、いつの間にいたのか月嶋くんが声をかけてきた。





(もしかしてさっきの聞かれた…?!)





『そ、そんな事ないよ~!普通だよ、普通!』





(話題…、話題…。逸らさなきゃ…)





『だってさ、スタイルとか肌の調子とか維持すんのも楽じゃねぇって姉ちゃんもよく言っててさ』

『……え』

『それ考えたら翠川みたいな綺麗なやつ、俺はすげぇって思う!』





(…そんな事、初めて言われた)





『よくわかんねぇけど、俺は自分には正直でいいと思うぜ』

『正直……?』

『それに、どうせなら外見もだけどもっと内面見ろって思うよな!』

『……っ!』





ずっと心に抱いていたモヤモヤがスッと引いていく。





『そんなんだからあいつら駄目なんだよな~』





私の心は、このたった一瞬の時間に…





『あっ、これ内緒な…?!』





そう言っていたずらに笑った彼に奪われてしまった。





『あり…がと…っ…』





この時、私の中の何かが吹っ切れた。

私のことを表向きだけじゃなく理解してくれる人もいるんだってわかったから。





『じゃあ、俺これから部活行ってくるわ!』

『ね、ねぇ!』





初めて私ってこんなに大きな声が出るんだって知った。





『どうした?』

『哉汰くん…って呼んでいい?』





初めて私ってこんなに恥ずかしい事言えるんだって知った。





『おう!いいよ!』





初めて…男の子ってこんなに綺麗に笑えるんだって知った。





『部活、頑張ってね!哉汰くん!』





先程まで、あんなにも頭をフル回転させてどうすればこの状況を切り抜けられるかを考えていたのに今では遠ざかる彼の背中がもどかしい。



そしてその日から、私の彼への気持ちと呼び方が変わった。





————————————……





そんなことを思い出しながら階段を上っていると聞こえてきたのはサッカー部と思われるかけ声。





「ごめん!先に行ってて?」





そう言って窓からグランドを覗けば、





「おーい、そっち行ったぞー」

「哉汰!パスッ」

「任せろ!よし、いけ…っ!」





——ピピーッ





「ナイス哉汰!」

「おう、天才プレイヤーに任せろ!」

「調子乗んなよ〜」





ちょうど彼がシュートを決めた瞬間だった。





「……すごい」





サッカーをやっている時の真剣な目がいつか自分に向けられる日がくればいいなって思っていた。





「哉汰くん!ナイスシュート!」





そう言って廊下の窓から叫べば、私に気がついて手を振ってくれる。



あぁ、好きだな。



早くこの想い、伝えたいな…。





「……好き」





でもきっと、彼に想いは届かない。





————————————……





教室に戻ると、クラスの子達がバレンタインの話をしていた。





「ありすはさっき言ってた好きな子にあげるの〜?」

「……うーん。悩んでるかな」





少しばかり本音で答えると、偶然にも話題は哉汰くんの事になった。





「月嶋くんとかモテそう!明るいし」

「あー、確かにサッカー部って全体的にモテるよね〜」





誰かが哉汰くんを好きなのかな?なんてドキドキしていると、





「でもそれ言うならいつも一緒にいる女って何?ってなるよね」

「あー、鈴森…だっけ?」





話題が鈴森さんのことに移った。





「あの子何なんだろね〜」

「幼馴染って聞いたよ。もう一人の男の子の風谷くんと三人」





初めて知った事実。だからいつも三人は一緒にいてあんなにも仲が良いんだ…なんて一人納得していると、





「へー、でも私小さいの利用して可愛子ぶってる感じが嫌いかも」

「わかるわかる」

「ありすはどう思う?」





突然振られた会話。





「……え?」





思わず出たのは驚嘆の声。





「だからー、鈴森って子どう思う?」





きっとここで前みたいに笑って同調すれば丸く収まるんだろうな。

でも、私は…—





「好きだよ。憧れてるの」





あの日から自分に正直に生きるって決めたの。





「えっ、嘘でしょ!どこが?!」





一斉に女の子がざわめき立つ。





「……心から楽しそうに笑うところ。

それから、嘘偽りがない純粋なところ」





それは全て、きっと彼が彼女を好きな理由……。





「ありすがそういうならそうなのかな〜」

「話してみてないから確かに何も言えないかも…」





そう言うと、また話題が変わった。





「私、今日用事あるから先に帰るね?」





私はそう笑顔を作って教室を後にする。ばいばい、という声を背にして教室を出ると風谷くんが立っていた。





(……聞かれてたかな)





特に挨拶もせずに駆け出したけど、今はもう気にしていられない。





「頑張ろう」





私は一週間後に想いを馳せて自分に強く言い聞かせた。


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