UPDATE2.2「血と刃と死神と」

UPDATE2.2「血と刃と死神と」


 雲一つない綺麗な夜空。月光に照らされた森の中を一人の若者が駆けていた。その顔には汗が浮かび、息遣いは荒い。腰には剣の鞘が提げられている。が、どういうことだろうか、その鞘には剣は納められていない。その若者の名はユージという。

 彼は今現在、追われている身だ。では一体何が彼の身に起きたと言うのだろうか。それを知るには数分前に戻らねばならない……


 ユージとその護衛四人は二頭の馬が引く馬車に乗って、森の中を走っていた。彼らは〈スザクの夜明け〉ギルドの本拠地、城塞都市ゼンモン・シティから少し離れた街、サンスイヴィルへの交易の話し合いへ行っていた。もうしばらく街に滞在する予定であったが、交易相手のノボリコイ・クランのクランハウス爆発事故を受け、予定を早めたのだ。今はその帰りである。だが、たった一人のために護衛が四人。いささか過剰すぎではないか? そう思われる人もいるだろう。しかし、ユージはギルドのサブプライムである。戦闘力はさほど無いが、卓越した話術と交渉術を買われ、サブプライムの地位に納まったのだ。

 その時、馬車の御者の額に一本の矢が刺さる。がっくりと力が抜けた御者はそのまま地面に落下し、後ろに遠ざかっていった。そして、馬の正面には、その足を引っかけるように配置されたワイヤーが! それに見事引っかかってしまった馬はそのまま転倒! ユージと四人の護衛は地面に投げ出される。

四人は周囲を警戒しつつ立ち上がる。そのうちの護衛の男の一人がユージを立たせた。

「あ、ありがとう。大丈夫」

 その時、ユージを立たせた男は、一瞬体を震わせて痙攣すると、糸が切れたマリオネットめいてユージに寄りかかった。ユージは驚きのあまり目を見開く。その護衛の額は投げナイフによって割られていた。即死である。その時、左後ろにいた護衛が喉を押さえながら倒れる。何者かによって喉を裂かれたのだ。残された二人の護衛はそれぞれ剣を抜き、周囲を警戒する。ユージも同じように剣を抜いた。

「どこだ! どこにいる! さっさと出てこい!」

 ユージの背後についた護衛の男が大声を張り上げる。応答はない。シン、と一瞬静まり返り、影が、現れた。

 刹那、男の両腕から先が切り離された。男は心臓の鼓動に合わせてリズミカルに噴きだす血を凝視した。

「え?」

 それとほぼ同時に、男の首から先が空を舞った。男の首からスプリンクラーめいて噴き出す血を浴びながら、ユージは剣を向ける。影がこちらを見る。瞬間、ユージは得体のしれない恐怖におののいた。月の光を浴びた刃がユージの剣を弾き飛ばす。

「あっ……」

 死を覚悟し、目を瞑る。しかし、ユージは影の剣によって切裂かれることなく、代わりに後ろに弾き飛ばされていた。残された女の護衛がユージを押し飛ばして、影との間に割り込んだのである。

「逃げてください! 早く!」

 ユージは力なく数回頷くと、急いで走り出した。無力な自分を責め立てながら……!


 そうして、今に至る。だが、まだあの影の、死の気配が消えない。

 ユージはそばにあった木に寄りかかり、その場に崩れ落ちた。吐き気が込み上げてくるが思わず口を押さえる。つむった目から涙が溢れた。

 なんで、なんでこうなる……? 俺が何をしたっていうんだよ!

 ユージの上を、影が通り過ぎる。同時にドサリ、と何かが地面に落ちた音。ユージは口を押さえながら目を開いた。そこには黒い影、いや、人が立っていた。どうやら人は黒いローブを着ているようだった。顔はフードに隠されてよく見えない。右手には幅広湾曲の刀――ダーブを握っている。

 人が一本の剣をユージに向かって放った。剣が放物線を描き、血にまみれた刃が地面に突き刺さる。その剣はユージの物だった。

「忘れ物だ」

 人の声は、若かった。まだ高校生かそこらの年齢。だが、少年から放たれるオーラ、それは純粋な殺気。死をもたらす死神そのもの……!

「こ、殺したのか? 俺の剣で……」

「そうだ。お前の剣で奴の足を裂き、腕を斬り、首をはねた」

「! 殺して――」

 ユージが剣の柄を握ろうとした刹那、その額にはボウガンが突きつけられていた。三つの矢が装填された三連ボウガンだ。引き金を引けば、三つの矢が扇状に拡散されて発射される。

「そんなに早く死にたいか?」

 ユージは柄から手を離し、両手をあげた。その手はまだ震えている。それどころか全身が震えていた。

「な、何が望みだ? 素材か? 金か?」

 ユージがそう問うと、少年は突きつけていたボウガンを降ろした。ユージが安堵のため息をつくと、右肩に鋭い痛みが走った。

「うっ!」

 右肩に目をやると、少年の剣が肩を貫通し、背後の木に突き刺さっていた。これではユージは体を動かすことが出来ない。ユージは顔から再び血の気が引くのを感じた。確実に殺される……

 その時、ユージの頭をある一つの考えがよぎる。起死回生のチャンス、一か八かの大勝負。

「ま、待ってくれ。死ぬにしても何もせずに死ぬのはゴメンだ。ここは正々堂々決闘で勝負しないか?」

 これがユージの賭けだった。失敗する可能性は高いが、このまま死を待つよりはいくぶんかはましだろう。だが、全ては少年の答えにかかっている。

「それがお前の正義か?」

「あ、ああ」

 少年が鼻で笑う。

「仲間の目の前で逃げ出しおいて『正々堂々』とはよく言ったものだな……お前らの正義はその程度。まぁいいだろう。お前の正義に則ってやる。剣を取れ」

 少年はユージの肩から剣を引き抜くと、ローブの裾を翻して少し進んで、止まる。右腰に左手をやり、もう一本の剣を引き抜く。少年は二刀流だった。

 ユージも左手で地面に突き刺さった剣を手に取った。

 先に仕掛けたのは少年のほうだった。力強い一歩を踏み出し、一気に加速する。そして中腰の姿勢から斜め上に右手に握った剣を突き出す。ユージはその動きの速さに、反応するのがやや遅れてしまう。剣でその突きをいなす。が、少年の左手にはもう一本の剣が握られている。それが下から斜め上に振りぬかれる。ユージは上体を後ろに反らし、ブリッジ回避! 

 ユージの首をめがけた一撃が、空を斬る。ユージは後ろに転がって、距離を開けた。二人の戦士は相手の隙を伺うように、一定の間合いを保ちつつ、同心円状に動く。ユージは中段に構え、少年は右の剣を上段、左の剣を中段に構えている。ユージがうかつに攻めれば、空いている片方の剣がユージの命を刈り取ってしまうだろう。それ故に、ユージは手を出せないでいた。

ユージの額に汗が浮かぶ。

「うおぉぉぉ!」

 ユージは鬨の声を上げ、槍のような突きを繰り出した。もはや自暴自棄である。少年は突きを逸らすために身構える。だが、ユージの左手は、剣の柄を握っておらず、腰の後ろに回されていた。そう、ただ無策で突っ込んでいったわけではなかったのだ。そして、その左手で握ろうとしているのは、腰の後ろにある短剣である。

彼は不意打ちを狙おうとしているのだ。死んでしまった友人のため、相討ちしてでも仇をとるために!

 だが、少年は突きを逸らすのではなく、自身の体を捻り、半身で攻撃を回避した。必殺の一撃を与えることなく、無情にも少年の横を通り過ぎていくユージの体、少年の体が一回転する。その剣には、血がベッタリとついている。ユージの背中には、斜めに斬られた傷が二つ。

そう、少年はユージが通り抜ける瞬間に、その二本の剣で、背中を斬りつけていたのである。

「あっ……」

 ユージは力尽きたように剣と短剣を落とし、両膝をついた。一瞬の勝負だった。その首筋に、少年の刃があてられる。ユージは無力だった。少年に傷一つ付けることすらかなわなかった。

 結局、『どちらでも同じ』か……

 ユージは自嘲気味に、力なく笑った。

 少年は虫の息のユージの胸ぐらを掴み、持ち上げた。

「今からお前を尋問する。素直に答えれば拷問せずに、一思いに殺す。分かるな?」

 ゾッとするほどの冷たい声。ユージは静かに失禁した。


 ユージの体がどさり、と地面に崩れ落ちる。その胴体に首から上はなかった。少年はユージだった死体をただ、見下ろしていた。

 そんな少年の後ろに、新たな人影。

「温いねェ、君は」

 女性の声。少年は後ろを振り返る。

「マスター。見ていたのですか」

「まぁね」

 白いローブを着た彼女は少年の師匠、オリガミ。またの名をマスター・オリガミ。

「慢心は死を招く。そう教えた筈だが?」

 その笑顔の裏には殺気めいた何かが見え隠れしている。

「……すいません」

 オリガミは呆れたようにため息つく。

「ま、君が死ななきゃ、それいいんだけどネ」

 オリガミは踵を支点にくるりと反転すると、そのまま歩き始めた。そして夜の闇に溶けるように消えた。

 少年は剣についた血を振り払うと、両腰の鞘に納める。そして、空から舞い降りた黒いグリフォンの背中にまたがると、星々が輝く空へと消えていった。

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