UPDATE2.1「ザ・シリアルキラー」

UPDATE2.1「ザ・シリアルキラー」


 黒いフードを目深に被った少年が、深夜の森の中一人佇んでいた。その両手に握った湾曲幅広の刀――ダーブの刃は血にまみれている。その足元には三つの死体。

 彼は人を殺すことに何も感傷を抱かない。彼らは死んで当然なのだ。トラベラー、忌むべき存在。少年は三つの死体を無感動に一瞥すると、「ノボリコイ・クラン」とだけ呟いて走り去った。

 不気味な赤十字模様の月だけが、彼を睥睨していた。


 サンスイヴィルは、複数の中規模クランが連盟を組んで管理している町である。その町の中心にある、ひときわ大きく、豪奢な建物、リンゴ・ハウス。これこそ、連盟の中で一番大きなクラン、ノボリコイ・クランのクランハウスである。

 このクランは初心者救済を掲げていて、この不安な世界の中ではなかなかの人気を誇っている。だが、その裏では実際、黒い噂が出回っている。ではその実態はどうなのだろうか……


 町の外れ、そこにはノボリコイ・クランの『研修所』と呼ばれる施設が存在する。ここはニュービーたちを訓練する場であり、宿泊施設でもある。何故、こんな町の外れに作られたのか、それはもちろん町の真ん中では出来ないことをしているからである。それはすなわち、倫理を無視した様々な非合法活動である。麻薬の作成、人身売買の類である。特に『ノルマ』と呼ばれる一定の金銭をクランに納めることが出来なければ、男ならバラバラにされて臓器を売られ、女ならば幹部たちに弄ばれた後、奴隷として売りに出される運命である。もちろん、脱退は許されない。逆らえば、死があるのみ。

 幹部たちは様々な権謀術数を用いてこれらの活動を秘匿している。これらの事実を知らない哀れなニュービーたちは、ほんの一握りの人間のための養分となってしまうのである。

 そんな研修所にて、窓枠の柵越しに空の月を眺める一人の少年がいた。彼の名前はシロト。この施設に入れられて一か月、彼は虎視眈々と脱出の機会をうかがっていた。そして、今日が決行の日である。

 急がなければ。シロトはゆっくりと柵を外し、落とした。下に意図的に集めておいた枯れ葉が、クッションの役目を果たした。その時、誰かの足音が聞こえた。シロトは急いで、手作りした鉤付きロープを窓枠に引っ掛け、ロープを垂らした。

「何を、しているの?」

「……!」

 簡易的な寝間着を来た一人の少女が、傍に立っていた。長くつややかな黒髪には赤いメッシュが入っている。その長い前髪の奥に、赤い瞳が光る。極限の緊張状態であったシロトは反射的にナイフをその首に突き付けていた。

「誰にも言うな。言ったら殺す」

 ナイフを握る手は震えている。少女はその手を取った。その手の温かさに驚いたシロトは一瞬、体を震わせた。

「違うの。私も連れて行って」

 その左手には、彼女の装備一式が詰まっている袋。シロトはナイフを降ろし、顎で窓を示す。

「じゃあ、君から降りてくれ」

 少女はゆっくりと頷くと、ロープを伝って窓の外に降りて行った。その様子を確認すると、周囲を警戒しながらロープで降りた。

 月光が、二人がいた場所を優しく照らす。見回りの一人が開け放たれた窓とロープを発見するころには、周囲に人影はなかった。


 まんまと研修所を逃げだした二人は、暗い森の中を歩いていた。

「さっきは疑ってごめん。僕の名前はシロト。君は?」

「私は、クロエ」

 シロトは数回頷く。そしてクロエに手を差し出す。

「これからよろしく」

「うん……」

 クロエはその頬を少し赤らめ、握手に応じた。その時、何者かの足音が聞こえてきた。二人は足を止め、周囲を警戒する。その足音は、二人を取り囲むように近づいてきていた……


 その夜、シェイドは森にある泉の傍で、座禅を組んでいた。泉には赤十字模様の満月が輝いていた。その後ろには黒いグリフォンが寝息を立てて寝ている。シェイドは目を瞑りながら、あの日のことを思い出していた。全ての始まり、トラベラーたちへの復讐を誓った日のことを。掌に刻み付けられた十字の傷を見る。これはその時にできた傷だ。

 その時、どこかで女性の悲鳴が聞こえた。シェイドは静かに目を開け、しばし思案する。その後、立ち上がって二つの刀を腰に提げると、グリフォンの頭を撫で、森の中へ、悲鳴の方向へ走り去っていった。


 シロトとクロエは三人の男たちに囲まれていた。クロエは服を脱がされ、半裸の状態だ。しかも頬には殴られた痕がある。シロトは一人に羽交い絞めにされ、抜け出そうと必死にもがいている。

 この二人はノボリコイ・クランの監視を甘く見ていたのだ。このままでは生きて帰ることは絶望的であろう。三人のうちのリーダー格の男が、シロトに右拳を振り上げる! だが、羽交い絞めにされているので、逃げることが出来ない! 右ストレート!

 リーダー格の男が、シロトに左拳を振り上げる! だが、羽交い絞めにされているので、逃げることが出来ない! 左ストレート!

 リーダー格の男が、シロトに右拳を振り上げる! だが、羽交い絞めにされているので、逃げることが出来ない! 右ストレート!

 シロトの拘束が解かれ、地面に崩れ落ちる。朦朧とする意識を覚醒させようと、頭を振る。その頭をリーダー格の男が髪を掴んで強制的に立ち上がらせた。他の二人の男は、その様子を楽しむように下品に笑う。

「お前ら、俺たちを舐めてたな? エッ?」

「うぐ……うぐ……」

「まともに喋れないってか? エッ?」

「うぐ……うぐ……」

 そうだな、とリーダー格の男は目を細めた。その眼の奥では邪な欲望が渦巻いている。

「……お前、あの女をファックしろよ。そうしたら、命くらいはとらないでやる」

「え……?」

 シロトはクロエと目があった。お互い、絶望したような、濁った瞳であった。リーダー格の男はシロトを突き飛ばす。シロトはクロエの傍に倒れこんだ。それを囲むように三人の男が威圧的に仁王立ちする。その顔に歪んだ笑いをたたえながら。

「そ、そんなこと……」

「オイ! アクシロヨッ!」

 男の一人が、攻撃的なネットスラングを二人に浴びせる! その声に、二人は震える。シロトは震える手で、そのズボンを降ろそうと……その時! ネットスラングを叫んだ男の下顎から上が、スイカめいて破裂した!

「なっ……!」

 空気が凍り付いた。何者かからの襲撃。見えない恐怖に、その場にいる全員が怯えた。男が、腰からナイフを抜き、二人に向かって叫ぶ。

「おまっ、お前たちのきょ、協力者か⁉」

「し、知らない!」

 クロエは必死に頭を横に振って否定するが、突然の仲間の死によって、半狂乱になった男は止まらない! 振り上げられたナイフが、振り下ろされようとした時、二人の間に何者かが割って入る。

 黒いローブを着た少年、すなわちシェイドである! 右腰の剣を抜き放ち、ナイフを振り上げた男の右脇に……突き刺す!

「オオッ、グワァア!」

 そして突き刺した剣を、捩じりあげる! 左胸部に達した刃が心臓を破壊! 男は口から血を流しながら絶命する。剣を体から抜き、男の体を蹴り飛ばすと、リーダー格の男と向かい合った。

「貴様は⁉ 何者⁉」

 男がシェイドを指さして叫ぶ。

「これから死にゆく者に名乗る名は無い」

 男は二本のファルシオンを引き抜き、シェイドに迫る! 左からの斬撃を受け止め、右からの斬撃を弾く! 無防備になった腹部に前蹴り! 男は吹っ飛んで地面を転がった!

 シェイドが右の刀を振り下ろす! 男はファルシオンをクロスしてガード! だが、それが迂闊だった! シェイドの刀は二本ある! 

 もう一本の刀で男の腹部を、一、二、三回刺した! 男は痛みに喘ぐが、無慈悲な攻撃は終わらない! 膝を蹴りつけて跪かせると、刃を横に一閃! 男の頭が飛び、首からスプリンクラーめいて鮮血が噴き出した!

 返り血を全身に浴びたシェイドの姿に、シロトとクロエは恐怖でがたがたと震えている。シェイドは目を細め、右手に握った剣を……腰の鞘に納めた。

 その様子を見たシロトはすぐさま土下座した。それに倣うようにクロエも土下座する。

「あ、ありがとうございます! ぼ、僕たちっ、ノボリコイ・クランから逃げてて……」

「失せろ」

「え?」

 予想外の、その返答に、シロトは困惑したような表情を浮かべる。シェイドはそんな二人を睥睨し、ぞっとするような低い声で言い放つ。

「とっとと失せろ。俺の気が変わらんうちに」

 異変に気付いたシロトは急いでクロエを立ち上がらせると、暗い森の中を走り去っていった。残されたシェイドは地面に転がっていた男の頭を勢いよく蹴り飛ばす。木に当たった頭部は、赤いシミとなって消えた。

「ノボリコイ・クラン……」シェイドは地面に転がっている三つの死体を無感動に一瞥する。

 そして右手を強く握りしめると、サンスイヴィルに向かって走り始めた。


 数日後、ノボリコイ・クランの『研修所』。その正面玄関には、一人の見張りが立っていた。そこに、黒い影が忍び寄る。

「ん? お前、一体……」

 椅子に座っていた見張りが、その姿を見て立ち上がる。黒い影の手には、月光を浴びて光る、一本の剣が握られていた……

 その頃、ノボリコイ・クランのクランハウスでは、大規模な宴会が開かれていた。〈スザクの夜明け〉ギルドとの交易の話し合いが決着し、莫大な富が約束されたのだ。だが、彼らは知らない。〈スザクの夜明け〉ギルドは鼻から交易するつもりなどなかった。交易は表向きの話で、実際は黒い噂が囁かれているノボリコイ・クランの実態調査であった。

 そんな裏の話も知らずに、彼らは喜んでいる。二階まで吹き抜けになっている正面ホールには、ピラミッド状に積み上げられた酒樽。弱者から搾取した金で豪遊するその姿は、裏社会の縮図のようだった。

 その時、正面ドアが開かれた。招かれざる客の登場に、酒を飲み、騒いでいた構成員たちが静かになる。ドアを開けたのは、黒いローブのフードを目深に被ったシェイドだった。かんぬきを差し込んでドアをロックする。

 酒樽ピラミッドの頂点に座っていたクランプライム、ガイはジョッキを持ちながら降りると、シェイドに詰め寄った。それに合わせるように構成員たちが威圧的にシェイドを囲む。

「なぁ、ここがどこか、わかってんのか? エッ?」

 酒臭い匂いに顔をしかめながら、両腰の剣に手を伸ばす。それと同時に周囲の構成員たちがボウガンを向ける。普通に戦おうとすれば、動こうとした瞬間にサボテンめいたオブジェと化してしまうだろう。だが、それは普通のトラベラーの場合である。そもそも、通常の思考ならこんな戦いを仕掛けはしないだろう。そういう点において彼は、普通ではない。

 構わず手に柄を握ると同時に、シェイドは跳躍した。その下をボウガンの矢が飛んでいく。シェイドは水平状態できりもみ回転し、刀を握った両手を広げて着地した。左右の三人の頭が消えていた。首のない体から、赤ワインめいた血を噴出させながら、地面に倒れる。プライムのガイは、咄嗟に右手に握ったカタールで防いでいた。その額に、青筋が浮かび上がる。

「テメェ……ここにいる俺たち全員と事を構える気か……?」

 シェイドはゆっくり立ち上がり、フードをめくった。その顔には返り血がベッタリと付着している。

「無論だ。全員殺す」

 その言葉がホールを駆け巡る。同時にその場にいるシェイド以外の全員が背筋に悪寒を感じた。死神のオーラが、静かにその場を支配していた……!

「……ヤッチマエー!」

 構成員たちが鬨の声を上げながらシェイドに向かって突撃してくる。右から斬りかかってくる構成員の顔面にパンチを加えると、腹部に剣を突き刺した! 「ゴボーッ!」構成員は吐血しながら倒れる!

左から斬りかかってくる構成員の顔面にパンチを加えると、腹部に剣を突き刺した! 「ゴボーッ!」構成員は吐血しながら倒れる!

正面から斬りかかってくる構成員の腹部に鋭いトーキックを加えると、その首を跳ね飛ばした! 構成員は首からスプリンクラーめいて血を噴き出し、絶命!

背後から斬りかかってくる構成員の股間に後ろ蹴りを加えると、その額に剣を突き刺す! 即死!

右から斬りかかってくる構成員の顔面にパンチを加えると、腹部に剣を突き刺した! 「ゴボーッ!」構成員は吐血しながら倒れる!

左から斬りかかってくる構成員の顔面にパンチを加えると、腹部に剣を突き刺した! 「ゴボーッ!」構成員は吐血しながら倒れる!

正面から斬りかかってくる構成員の腹部に鋭いトーキックを加えると、その首を跳ね飛ばした! 構成員は首からスプリンクラーめいて血を噴き出し、絶命!

背後から斬りかかってくる構成員の股間に後ろ蹴りを加えると、その額に剣を突き刺す! 即死!

「ウオオオオォォォォォッ!」

シェイドはコマのように高速回転しながら、突進してくる構成員たちをミキサーめいてその体、腕、首を切裂いていく。鮮血と、ピンク色の肉塊が、回転するシェイドを中心に飛び散る! 思わず目を瞑りたくなる酸鼻たるゴアめいた光景! シェイドは回転を止め、真上に跳躍! 

「そこだ! 撃て!」

 ガイと構成員がボウガンを構え、空中のシェイドに向かって引き金を引いた! 数多の矢を最小限の動きで避けると、天井に繋がっているシャンデリアのワイヤーを回し蹴りで切断! そして、落ちるシャンデリアを斜め下に蹴り飛ばした! 

「う、ウワアァァァァ!」

 押しつぶされまいと逃げようとする構成員! 間に合わない! 押しつぶされた構成員たちは即死!

 シャンデリアを蹴った反動で宙返りしたシェイドは、唯一生き残ったガイの前に着地した。ホールの中で、立っているのはシェイドとガイ、この二人のみ。

「このヤロォ……やってくれたじゃねぇか……死ぬだけじゃ済まねぇかんな……?」

 息絶え絶えのガイは両手にカタールを握る。シェイドは両手の剣を腰の鞘に納め、腕を組んだ。「何?」ガイは眉をひそめた。

「なんのつもりだ?」

「貴様など、剣で斬る価値もない。ただそれだけのことだ」

「つまり、俺を殺す価値が無いと……?」

「…………」

「テメェ――」

 ガイは肩をぶるぶると震わせる。そして、その両手のカタールで、シェイドに襲い掛かる! シェイドは剣に触ろうとすらしない! 一体どうしようというのか⁉

 斬りかかる寸前にシェイドは三回連続バック転を決め、さらにムーンサルト跳躍、壁を蹴って三角跳び! 

「逃げるのかぁ⁉」

 天井を見上げ、叫ぶ。シェイドはそれに構うことなく、シャンデリアを吊っていたワイヤーを掴むと、ターザンめいて空中を移動!

「一体何を……⁉」

 背後を向くと、シャンデリアのロウソクが、酒樽ピラミッドに近づいていた。このままでは引火し、爆発してしまう。それに気づいたガイは急いでドアに向かって走る! 間に合うのか! シェイドは握っていたワイヤーを離し、二階の窓めがけて飛んだ!

 走るガイ! 飛ぶシェイド! 果たして間に合うのは……⁉

 ドオォォォォォォオン! 地面を揺るがす爆発音とともに、クランハウスは爆発炎上! シェイドは窓を突き破り、建物の裏に飛び出た。そして落下と同時に前転して着地の衝撃を殺す。かがみこんだ状態で息を吸うと、シェイドは立ち上がった。背後で燃え落ちるクランハウスを一瞥すると、フードを目深に被り、夜の闇に溶けていった。

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