歪み世界のエル・ドラド

@kananeko

UPDATE2 混沌のるつぼ

UPDATE2.0「プロローグ」

UPDATE2.0「プロローグ」


 燃えている。

 街が、燃えている。

 赤と黒の鱗めいた鎧――龍魂を宿したシェイドの背後で、炎に包まれた〈スザク・パレス〉がガラガラと音をたてて崩れ落ちる。

 目の前には、同じく龍魂を宿したスズトが、破壊された噴水の近くに横たわっていた。その白い鱗めいた鎧は、炎の光を受けてオレンジ色に染まっていた。

 壊れた噴水から流れる水が、シェイドの足元に到達し、蒸発して消える。シェイドはスズトを見据え、決断的な足取りで近づく。

 今日こそ、奴を殺す。

 彼の中に宿る龍魂と、激しい怒りが共鳴しあい、龍の意匠のフルフェイスヘルメットの瞳に、コロナめいた光が灯る。

 その両腕を紅蓮の炎が覆った。うつぶせに倒れたスズトの体がピクリ、と動く。それと同時に駆け出す……!

 目の前をプラズマが奔る。

 胴体に衝撃を受ける。

 目の前にスズトの裏拳が迫る。

 一瞬で五連撃を受けたシェイドの体はワイヤーアクションめいて吹っ飛ばされていた。ヘルメットの左半分が爆ぜ割れる。視界の中心ではスズトが中腰姿勢で手の甲をこちらに向けながら残心していた。

 五連撃によって発生した衝撃波が体内で反響しあい、体のすべての臓器が破裂していてもおかしくはなかった。が、彼は驚異的な耐久力で耐えしのいで見せた。

 受け身を取り、地面を転がる。片膝立ちの状態で顔を上げる。スズトは血の混じった唾を吐き、口元を拭う。

 今や、シェイドの体の中では、トラベラーに対する激しい怒りの感情が、火山めいて爆発していた。

 殺す。殺すべし。妹を奪った憎き敵……!

『殺すべし』

 シェイドと、その内に宿る龍魂の地獄めいた声が合わさり、周囲の空気を震わせた。

 全身から紅蓮の炎が噴き出し、口から硫黄の蒸気を吐き出した。割れたヘルメットがパキパキと音を立てながら修復されていく。

『イィィィヤァァァァ!』

 二人は飛び上がり、同時に右ストレート! お互いの拳がぶつかりあい、生じた斥力によって二人は吹き飛ばされた! 互いに数メートルに渡って地面を抉って止まる。そして同時にジャンプし、サイドキック! 反動で回転しながら、竜巻めいた連続回し蹴り! 指数関数的に回転速度が上昇! お互いに一歩も譲らない! 

 おお、見よ! 二人のサイドキックによって発生したソニックブームによって、周囲の建物がバラバラに砕け去る! 古の龍の戦いを想起させる、恐ろしい戦いだ!

 着地と同時に、シェイドが右ストレート! それを肘でガードし、左ショートフックだ! しかしそれも難なくガード!

 先ほどの派手な戦いとは打って変わり、二人は超至近距離で木人拳めいた攻防の応酬! 二人の体は動かない。だが! その両腕は……おお! 何ということだ! 全く見えない! もし不運な小鳥がこの間に入ろうものなら、一瞬にして血の霧に変わってしまうことだろう!

「スズト!」建物の瓦礫の影から、スズメが叫ぶ!

「……!」

 一瞬、スズトの視線が逸れ、隙が生まれた。その隙を見逃すシェイドではない。シェイドはその腹部に強烈な崩拳を叩き込んだ!

 スズトはワイヤーアクションめいて吹き飛ばされるが、空中で姿勢を制御し、受け身をとってダメージを最小限に抑えた。その傍に、スズメが駆け寄る。ボロボロのメイド服を着た彼女は、スズトのツルツルとした鎧に触れる。

「……スズト!」

 駆け寄る彼女を、スズトは押しのける。

「邪魔するな! これは、僕の戦いだ……!」

 スズメの目が驚きに見開いた。彼の目は、いつもと違った。そう、殺意が塗りたくられていた。

「違う……!」シェイドは地獄めいた声で言い放つ。「俺の戦いだ」

 シェイドの全身から紅蓮の炎が噴き出し、その身を焦がすように全身を包み込んだ。その瞳はコロナめいて輝いていた。

「スズト、負けたんだ」

 スズメはスズトの前に回り込む。一瞬、彼女のことを睨みつけたスズトであったが、目を伏せた。

「邪魔立てするなぁッ!」

 シェイドの両肘からジェット噴射めいた炎が噴き出し、一気にスズトとの間合いを詰める! スズトはスズメを抱くと、シェイドを正面に見据えた。

 そして、閃光! シェイドの両腕が振り抜かれる! だが……手ごたえは、ない。ブルブルと震える腕を降ろす。鱗めいた鎧が灰色に変わったかと思うと、灰燼と化して風に流されていった。

 シェイドは、吼える。

「ウオオオオオオオオアアアアアアアアア!」

 その咆哮は赤十字模様の月が輝く夜空へと、吸い込まれるように消えていった……


 時を同じくして、アースト山にある『運命者の間』。松明で照らされた、暗い廊下を一人の男が足早に歩いていた。黒いローブを着て、深く被ったフードのせいでその顔を窺うことは出来ない。

 男は大扉の前で立ち止まった。扉の前には二人の門番がいる。男より二回りほど大きく、漆黒の鎧と腕に巻いた赤いスカーフ。ゴブリン・ガーディアンだ。

 ガーディアンたちは手に持ったハルバードの柄を三回、地面に叩きつける。廊下に固い音が反響した。扉が開き、男は中に入っていった。

 男の入場と同時に、玉座の間にある篝火が自動的に炎をともした。自然の洞窟と、古の大戦の時代に作られた彫刻が入り混じった部屋だ。中央にある玉座には、一人の人間が座っていた。白銀の鎧を着て、顔には鎧と同じく、白銀の仮面。

「グランドマスター」男はひざまついて、頭を垂れた。「マスター・オリガミたちは成功しました。〈ゼンモン・シティ〉を占領したとのことです」

「分かっている」グランドマスターと呼ばれた人物の、男とも女ともとれないような不気味な声が響いた。

「戦いはまだ始まったばかりだ」

「さようでございます」

「行くがいい。真の自由を勝ち取るために」

 男はもう一度深く頭を下げると、部屋からそそくさと出て行った。

 グランドマスターは頬杖をつくと、右手の指でひじ掛けを叩いた。カツーン、と金属音が部屋に反響する。

「そう……自由のため……」

 そして何かを考え込むかのように俯くと部屋の篝火が一斉に消えた。

 部屋は再び闇に包まれた。

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