不法侵入、器物損壊、殺人、死体遺棄

「そこの人」「そこの、ふたりぐみ」

 呼ばれて振り返ると、おかっぱ頭の互いよく似た二人組が居た。夏休み明けに終盤に当たってしまい、その上一緒に週番に当たるはずのもう一人が休みで、宿題の回収に朝倉を付き合わせているところだった。

「ああ、オカルト研究会の」座敷童、とは口に出さなかった。

「この前は肝試しに参加してくれてありがとうございました」「部長もずいぶん喜んでいました」「部長はそちらの方をずいぶん気に入っているようで」「ぜひオカルト研究会に入っていただきたいと」

 淡々としていて、そのうえふたりで交互に喋る座敷童たちは、真っ昼間の明るい場所で見ても結構不気味感が強い。

「断る」

「だろうとは思いましたけど」「我々にも一応面目というのがありますので」「取り敢えずお誘いしないわけにもいかず」「たぶん、嫌われていますよね私たち」

「……別に、嫌ってはいない。あれはああいう遊びなんだろう」

 座敷童組がそろって同じ角度に首を傾げる。統率が取れている。

「てっきり嫌われていると思いました」「遊びとは言え、我々少しやり過ぎてしまったようなので」「一応、申し訳ないと思っているのです」「反面で内心ほくそ笑んでもおりますけれど」

 座敷童組は続ける。そりゃまあ、準備した肝試しであれだけ驚かれれば嬉しいだろうとは思うけど、しかし「ほくそ笑む」という言葉はこのふたりにはどうしたって似合いそうにない。

「あの、肝試しのとき、どうやって二回も現れたの? 二階と、一階で」

 私は取り敢えず、肝試しで気になっていたことを訊くことにした。あれからしばらくトリックを考えていたのだけど、どう考えても、教室の窓からロープ伝いに下に降りたとか、そういう無理な解決しか思いつかなかったからだ。

「ああ、あれは」「我々もうワンペアいたのです」

「え?」

「単純なのです」「本当は四人だったのです」「正直、もう二人はなのでそんなに似ていなかったのですけど」「暗い校舎内であればトリックを見破られる可能性が低かったのです」「みなさんの待ち合わせ場所にわざわざ行ったのは、私たちがふたりであることを印象に残すためだったのです」「ふたりだと思い込んでもらわなければトリックに気付かれる可能性があったので」「同じ格好の二人が一緒に行動していると思ってもらわなくてはならなかったのです」

 なるほど。確かに仕掛け役である二人が参加者の集合場所にわざわざ来る必要はない。あらかじめ二人の姿を参加者に見せておいて、登場時に印象づけるというのが目的だったんだろう。

「その喋り方って、普段からそうなの?」

「そうです」「もちろん授業中にまでやりませんけど」「我々は都市伝説になりたいのです」「何十年後かのこの学校に、妖怪とか幽霊とかそんな風に言い伝えられたいのです」「キャラ立ては大事です」

 キャラ立て。確かに大事なんだろうけど、やっぱりこのふたりには似合いそうにない言葉だ。

「今話したことは内密にお願いします」「トリックがあっては都市伝説になれませんので」「そこの人がずいぶん怯えていたので謝りに来ただけなのです」「では」

 座敷童組が踵を返して去っていくと、朝倉はため息をつきながら「……くだらない……」と呻いた。

「心理トリックだったんだ、あれ」

「もっとちゃんと見ていれば気がついたはずだ」

「仕方ないよ、状況が状況だったし」朝倉、ビビり倒してたし。

「あ、もうひとつ」

 背後から声がして、朝倉が文字通り肩を跳ね上げた。振り返ったところに座敷童組がいる。

「どうやってそっちから出てきた?」

「今回は企業秘密です」「我々は不気味がられるための努力は怠らないのです」「ひとつだけ、言い忘れたのです」「弓道場の泣く女、あれだけ本当の話なのです」

「え?」

 弓道場の泣く女とは、肝試しの前説で語られた逸話のひとつだ。

「確か、弓道部の部員が殺されてばらばらにされて焼却炉で焼かれてっていう」

「まあ細かいところは部長のでっち上げなのですけど」「というか割と全般的にでっち上げなのですけど」「泣き声が聞こえるのは本当なのです」「ここ三年くらい、そういう噂がずっとあるのです」「正直ちょっといい迷惑なのです」「我々キャラ負けしてるのです」「ただ泣いてるだけの人に負けるとか釈然としないのです」「我々これで結構頑張っているのです」

 なんか途中から普通の愚痴になってるんだけど。

「あれ、なんとかしてほしいのです。校内探偵さんに」

 座敷童の片方が言うと、朝倉は少しの間考える素振りを見せて、「人なんだな?」とだけ答えた。どうしても大事なのはそこらしい。

「人です」「間違いなく」

「……請け負った」

「助かります」座敷童が二人揃って頭を下げる。

「いいの?」

「いいもなにも、断ったら脅すつもりだろう」

「そうですね。根も葉もあることないことたっぷり添えて」「そりゃもうとんでもない誹謗中傷の嵐を繰り広げます」

「それはそれで見てみたい気がする」

「ワトソン?」


 ところで、うちの学校はもうすぐ創立百周年を迎える。

 百年間増改築を繰り返した校舎は場所によってかなり古く、本校舎と北校舎をつなぐ渡り廊下のつなぎ目なんかはヒビが入って外が見える。当然、隙間風も吹く。

 学校内にエアコンなどはもちろん無く、ひたすら暑い盆地の夏を学生はバカでかい扇風機の恩恵を受けて暮らしている。

 かつて本校舎だった、今は北校舎と呼ばれている古い方の校舎についても建て替えの話は出ているものの、どこかの市民団体が反対しているとかで話は進んでいない。北校舎に比べたらいくらか新しいはずの本校舎だって、何年か前の震災を受けてあちこちガタが来ている。

 町の歴史だとか思い出だとかは理解しなくもないけど、トイレがいくつも壊れて休み時間の度に列ができるとか、体育館がいちいち雨漏りするとか、そういう不便を三年間我慢するのはこちらなのだから黙ってほしい。

「暑い……」

「暑いよねえ……」

「今時エアコン無しとか無理だよね……」

 最近は須田さんと今井さんと三人でお昼ごはんを食べることが多い。二人はなんだか華やかなお弁当を持っていて、私一人がコンビニのコロッケパンとかを食べていて、少し後ろめたい気分になる。

「この前朝倉さんがにっしーに詰め寄ってたよ。人が死ぬまで放置するつもりかって」

 にっしーというのはクラスの担任で、実際の名前を西本祐介という。身長が低い(当人は百六十センチと言い張っているけど、鯖を読んでいると思う)のでミジンコみたいな扱いを受けている。不憫ではあるけれど、学生からの信頼みたいなものは篤い。

「にっしーに言ってもどうにもならなさそうだけど」

「権力ゼロっぽいよね」

「『道にひとつ信号機が作られるために子供が事故で三人死ぬ』とか言っててさ、さすが弁護士一家の息子って感じ」

「何の話してんの……」

 朝倉家が弁護士の家系であるらしいことは、つい先日聞いた。夏休みの戦争講話についての朝倉の感想文が、町だか県だかで表彰されることになったらしく、朝倉本人によって教壇で読み上げられたときだ。

 朝倉は講話の中でかなり否定的に語られた兵器のオートメーション化について、真っ向から肯定した。曰く、「兵士だって好きで人を殺すわけじゃない。彼らもまた戦争という時代の被害者だ。被害者の傷は浅い方がいいに決まっている」とのことで、ステージに立ち朗々と話す朝倉はなんというか、詐欺師染みていた。

「そりゃあ、ああいうのが家業だからな」

 クラス中から褒めそやされても、朝倉は眉一つ動かさない。

「家業?」

「実家が弁護士一家でな。裁判の弁護人席にあって躊躇や狼狽を見せることは、そのまま依頼者が負けることを意味する。弁護士われわれは心にもないことを堂々と喋ることにおいてはプロだ」

 我々、という言葉に対して「弁護士云々以前にあんたはただの高校生でしょうが」とツッコんでみると、朝倉は辟易を顕に「事あるごとに裁判の勢いで詰められて育った子供がどうなると思う」とだけ返答した。なるほど、その結果が朝倉東か。

「朝倉さんの作文は面白かったよね」

「作文っていうか、演説だった」

「わかる」

 わかる。


 当の朝倉はというと、ここ数日昼休みになると出ていって昼休みが終わると教室に戻ってくるのを繰り返しており、多分何かしているんだろうなという様子ではあるのだけれど、何をしているかまではわからない。座敷童組の依頼に関わることだろうかと思っていると、何日か経った夜に急に連絡が来た。

 いつ連絡先を交換したのか思い出せなかったけれども、何の事はない、この前の肝試しの前に取り敢えず交換しておいて結局使わなかったのだ。画面には、「今から出られるか」と一言だけが映っている。

『どこに』

『学校。肝試しの続き』


 夜とはいえまだまだ蒸し暑く、時折涼しい風が吹くことはあっても爽やかさには程遠い。前髪が額に張り付いて鬱陶しい。

 夜の校舎は、またしても職員室にだけ明かりが灯っている。いつまで仕事しているんだろうか教職員。時間は二十一時を回っていて、毎日この時間まで仕事しているのかと思うとさすがに同情する。

 朝倉に先導されるまま裏門から校舎の裏を周り、北棟を通り抜けて焼却炉へ向かう。物音は無く、聞こえるのはほとんどカエルとかコオロギとかの鳴き声のみ。ときどき、犬の遠吠え。あまりにも長閑な田舎の夜だ。

 焼却炉の側につくなり、朝倉は持参したバールのようなもの(「ようなもの」の部分にバール以外の何が含まれているのかは知らない)(朝倉の持っているものが実際に何なのかもよく知らない)で焼却炉の扉をこじ開けにかかった。私は何も道具を持っていなくて暇なのでその辺に生えているオオバコを毟っては一人で草相撲をする。

「なんでそんなところ開けようとしてるの?」

「二〇〇二年に消防法が変わった。それまでは各校の焼却炉でゴミくらい燃やせたんだが、ダイオキシンだか何だか――とにかく環境問題の見直しがあって、焼却炉は使用禁止になった。おそらくそれと前後してこの焼却炉も塞がれたんだろうと思ったが、違った。この焼却炉は消防法が施行される三ヶ月ほど前に塞がれてる」

「ほう」

「その、焼却炉が塞がれた時期というのが、とある事件の発生時期とかぶってる」

「ほう?」

 ばきっと音がして開いた焼却炉の扉の中に骨らしきものが見えて一度悲鳴を飲み込んだ後、それが確かに骨、それも人骨であるらしいことを確認して改めて悲鳴を上げる。朝倉は平気な顔で、そのへんに転がっていた熊手でその骨を掻き出して眺めている。っていうかおばけは怖いのに人骨は平気ってどういう神経?

「誰それ」

「多分、高梨里美たかなしさとみ

「誰それ」

「弓道部のOG。十二年前に行方不明になった」

 全く説明になっていない。

「弓道部ってことはあの、例の、泣く女?」

「その関連だ。十二年前、弓道部員だった高梨里美が行方不明になった。その直後に焼却炉が塞がれた。理由は排気パイプの故障による不完全燃焼の疑いがあったからだ。その数ヶ月後、同じ弓道部員の女子生徒が体調不良により休学、転校してる」

 朝倉が私の方を見て何かを指差した。朝倉が指した方向には、人骨がある。

「いや見えてるって。なんでそれ見せようとすんの」

「骨じゃない」

 言って朝倉がつまみ上げたのは、矢だった。

「弓道部が使ってる矢だ。刺さってる位置は頭」朝倉は人骨と矢を矯めつ眇めつしながら喋る。

「……ってことはその人、弓で射られて死んだってこと?」

「まあ、後でまとめて話す。もう一つ、こっちが本題だ。『泣く女の声』の方に行くぞ」

 朝倉が立ち上がり歩きはじめて、慌ててその後ろを追う。焼却炉の傍には人骨が散らばっている。

「え、これ放置? 放置してくの?」

「どっちにしろできることなんて無いだろ。埋めたりしたらそれはそれで死体遺棄だ」

「いやそれはそうだけどさあ」

 私がその場から動くのを躊躇っていると、朝倉がため息をつきながらつかつかと戻ってきて、着ていたカーディガンを人骨の上にかぶせた。カーディガンが飛ばないようにバール(のようなもの)をその上に置き、「これでいいか」と私を見る。

「……いいと思います」

「行くぞ」


 弓道場は北校舎から校庭の裏を通り抜けた向う側にある。部活はとっくに終わっていて、明かりの消えたグラウンドは暗い。

「何かいる?」

「さあ。今日いるかどうかは博打だ」

「じゃあなんで今日だったの?」

「弓道部員に話を聞いたら、実際に泣き声を聞いたって人間は少なかった。実際に聞いたと主張している人間はだいたいこの近隣で、バイト帰りとかに声を聞いたってのが多かった。水曜は職員会議で部活が短縮されるから、この日が一番確率が高いと踏んだ」

 足音を忍ばせ、校庭のフェンス沿いをそっと歩く。足元は朝倉が懐中電灯で照らしてくれている。弓道場に近づくにつれ、のどが渇いてくる。カエルとコオロギの合唱の隙間に、人の啜り泣く声が薄っすらと聞こえてくる。

「朝倉」

 極力抑えた声で呼ぶと、朝倉は私の方を見て頷いた。誰かがいる。もう、かなり近い。

御影優奈みかげゆうなか」

 急に朝倉が大きい声を出したので私は肩を跳ね上げた。懐中電灯を向けた先に女性の姿が見える。

「……誰?」

「十二年前、高梨里美を誤射して死なせた張本人だ」


「二〇〇二年九月。御影優奈は練習中に高梨里美を誤射した。弓道部のルールは厳しく、今でもスマホの携帯を禁止してる。当時なら尚更だろう。連絡手段の無かった御影は、慌てるあまり職員室に駆け込むのではなく家に戻って両親に助けを求めた。親の車で学校に戻ったときには遺体は消えていた。御影が現場を離れた間に死体を見つけた教員が隠蔽してしまったからだ。隠蔽したのが誰なのか知りようがなかった御影は恐怖から体調を崩し休学、そのまま転校した」

 というのが朝倉の推理だった。

 御影優奈は朝倉の話を黙って聞き、少しの間顔を覆ってうつむいた。いたたまれない沈黙が場に満ちる。

 朝倉の話には、想像の部分がかなり多いように思えた。何ひとつ物証がないし、眼の前にいる御影優奈は朝倉の観察対象ではない。遺体があったからって、ここにいるのが御影優奈だったからって、そんなのは作り話じゃないか。

「私は里美を誤射したんじゃない」

 御影優奈の声は震えている。

「里美は――当時、私にとってはライバルだった。当時好きだった男の子が、里美に贔屓していて、里美が調子に乗ってるように見えて、腹が立って、……脅かすつもりだった。腕には自信があったし、絶対外さないって、思って。親になんか話してない。学校にも戻ってきてない。ただ、――誰にも責められないことが苦しくなって、それで」

 自分の仮説を否定された朝倉がどんな顔をしていたかというと、「心底意味がわからない」という顔で呆けていた。

「……なぜわざわざ否定する必要があるんだ?」朝倉の口調は訝しげだ。「私は今、君に『口裏を合わせろ』と言ったつもりだった。あれは事故だという私の話を認めておけば、君は殺人犯にならずに済んだはずだ。残って練習をしていた部員を顧問が把握していないはずもない。目撃者がないなら弓道場には君と高梨の二人しか居なかったはずだ。君が射たということは覆せない。なのに、事故だという逃げ道しかなかったはずなのに、なぜ私の推理を認めなかった?」

「え? どういうこと?」

「あれがただの事故なら、高梨の遺体に高梨の矢が刺さっているはずがない」

 朝倉が示したのは、焼却炉に詰まっていた死体の頭部に刺さっていた矢だった。その鏃には、高梨という名前が書いてあるらしい。

「君は自分が射たという事実を隠すために、わざわざ高梨里美の矢を使ってる。驚かせるだけならこんな小細工はする必要がない。どんな事情があったか知らないが、最初から殺すつもりで矢を放ったはずだ」

「なぜって、――もう、疲れたからに決まってる」

 顔を覆ってうずくまる御影優奈に、朝倉は「じゃあなぜ『当てるつもりはなかった』なんて嘘を重ねた?」と追い打ちをかける。慈悲とかはない。

「怖かったから」


 職員室から警察に通報すると、すぐに警官が駆けつけて遺体の確認をした。時間も遅いので聴取は後日ということになり、そのまま帰されることになった。焼却炉の扉を破壊したことについては、ひとまず何も言われなかった。

「なんで焼却炉だと思ったの」

「あると確信して来たわけじゃない。実際にあったのは結果的な話で、ほとんど想像だ」

「いいよ想像で」

「屋内はまずありえない。屋内で殺したならまだしも、死体を隠すのにわざわざ屋内を選ぶ必要がない。校庭も論外。しょっちゅう雨が降ってぬかるむし、整備だって入る。第一、死体なんて土の中に埋めたって腐敗ガスが出て表出する。1メートルとか1.5メートルとか掘れるなら話は別だが、急いで死体を隠さなくてはならないときには不適だ」

「急いで、っていうのはどういう意味?」

「すぐに警察や救急車が来るかもしれない、他の教員や警備員が来ないとも限らない。急ぐだろ」

「それもそうか」

「車で持ち帰るって選択肢を外したのは、弓道場と職員専用駐車場の間に正面玄関があるからだ。死体を担いでここは通れない。そして、現代日本に住む人間が『死体を隠す』というテーマに当たったとき、火葬を連想することは不思議じゃない。その上、学校敷地内には焼却炉がある。ここまではお誂え向きだ」

「問題は燃した遺体をどうするか」

「そう。しかしここでおそらく、計算ミスがあった。遺体が焼けきらなかったんだ。火葬炉の仕組みは大きく二種類。網の下に火を炊いて下から焼く旧式と、上から二段階に分けて焼く新式。両方、バーナーが用いられる。対してこの学校にある焼却炉は単なる家庭用焼却炉と変わらない、火を付けて燃やすだけのものだ。人間の死体を完全に燃やすには、全く火力が足りない。犯人は焦っただろうな。死体は燃え切らないし、煙は出てしまっている。焼け爛れた遺体をまたどこかに運ぶための手段もない。――結局、この焼却炉をそのまま塞いでしまうことしか思いつかなかった」

 その日はその足で学校最寄りの(というかそもそもコンビニ自体徒歩圏内にふたつしかないし学校を挟んで反対方向にあるから選択肢は実質ひとつしかない)コンビニに寄って二人でアイスを買い、駐車場で各々食べながら夏休みの宿題の進捗状態やらなにやらを話し、そのまま解散した、というところまでを話し終わっても今井さんも須田さんもちっとも納得していないようで「それだけ? 嘘でしょ?」とブーイングをこちらに向けてくる。

 朝倉が見つけた白骨化遺体の件は学校から警察に連絡が行き、御影優奈及び死体を隠した本人である元弓道部顧問の二名がそれぞれ殺人・死体遺棄容疑で逮捕され、その連絡が学校に来て私は朝倉と一緒に週明けの朝っぱらから体育館のステージで大々的に表彰など受けてしまったものだから堪ったものではない。第一、私は何もしていない。オオバコを毟っていただけだ。警察が調べに入った焼却炉の側には私がオオバコ相撲をしていた残骸が散らばっていたはずで、恥ずかしい。

 ただ二人の興味関心は事件のあらましではなく、なぜ私と朝倉が夜中に二人で学校に来ていたのかというところにあるらしい。

「嘘はついてないよ」

「そんなことあるかなあ普通」

「だってそれいらないじゃん、とむ。なんで呼ばれたの」

「証言者は多い方がいいんだって」というのは、朝倉本人のでっち上げだ。

 あの夜、なぜ朝倉がわざわざ私を呼び出したかというと、要はあの男、夜の学校に一人で来るのが怖かったらしい。その点私がいれば、おばけが怖いってことも既に筒抜けになっているし、肝試しのときも平気そうにしていたから心強い、ということだった。本当のところを吹聴してやりたい気持ちが無いでもないけど、何をやり返されるかと思うとそっちはちょっと怖い。侮辱とか名誉毀損とか言われそうだ。まあ、口止め料としてハーゲンダッツとか奢ってもらったし、言わないけど。

 まあとにかくこれで座敷童ーずの依頼は完遂ということになるのだろうし、完了の挨拶くらいはしておいた方がいいだろうということになって、私はまた朝倉に謎に連れて行かれる。その報告作業に私はいらない気がするし、そもそも全校集会であれだけ大々的に発表されたんだから筒抜けなのでは? と思うのだけど、「『知っているだろう』で挨拶をしないのは職業倫理に悖る」と朝倉が主張したのでまあそれはいいんだけどその報告作業に私はいらないよね?

「クラスくらい聞いておくべきだった」

 オカルト研究会の活動拠点である第二視聴覚室の前に立ち、朝倉はため息をつく。

「飛んでオカ研に入る夏の朝倉」

「虎穴に入らずんばなんとやらだ。行くか」

 扉をノックすると中から返事があったのでそのまま中に入る。オカルト研究会が普段の活動で何をしているのかはよく知らないけど、パッと見、暇そうだった。縦に長いオカ研部長と横に大きい人体の神秘氏が立ち話をしていて、そこ二人が横並びになっていると距離感が取りづらくて目のピントが合わない。

「おお、朝倉先――」

「先生はよしてくれ」朝倉は神秘氏のセリフを遮った。「ここの一年生に用があって来たんだ」

「一年生の誰です?」

「名前を覚えてない」

 朝倉がこちらに視線を寄越したので私も慌てて思い出そうとするけれど、やはり名前は出てこない。

「あの――えっと、女の子二人組、おかっぱ頭の、双子みたいな」

「座敷童とか市松人形みたいな二人組だ」

 ああそれ言っちゃう?

「肝試しのときに、一階と二階にそれぞれ二人ずついた」

 朝倉と二人で色々訴えてみるものの、オカ研の面々は首を捻るばっかりで判然としない。

「……肝試し? 女の子? 座敷童? 血塗れの女じゃなくて?」

「普通の制服でしたけど」

 オカ研部長と人体の神秘氏が顔を見合わせ、「知らない」と声を揃えた。

「肝試しのときにいたのはゾンビと、血塗れの女と、ミイラと、あとは人形が何体かあったくらいだ」

 座敷童を抜きにすると他のショボさがひどく目立つ。あの肝試しは座敷童組とやたらクオリティの高い御札以外は特に怖いところがなかったのだ。っていうか御札、マスキングテープで貼ってあったし。

 二人でそのまま第二視聴覚室を辞去してからちょっとその場に立ち尽くしてしまった。思えば、座敷童組は「」と言った。名札のラインは赤。今年赤のラインの名札を持っているのは一年生だ。朝倉は唇を横に引き伸ばした、笑顔と言えなくもない表情を浮かべている。頬がひくついている。

「……朝倉」

「……何だ」

「……弓道部の、あの死んだ女の子、写真とか見た?」

「……くだらないことを言うな」

 そこまでを話してようやく踵を返す。教室まで歩く間、朝倉はしばらく考える素振りをした後で、「大方」と必要以上に大きな声を出した。

「大方、そういう風に口裏を合わせているだけだろう。都市伝説になるために」

「なるほど」

 確かにそうかもしれない。あの二人ならありえることだ。そう納得しようとしてたところに、二人の声が降ってきた。

「朝倉さん」「校内探偵さん」

 振り向いた先にはの女性が立っていた。市松人形のようなおかっぱ頭、赤いラインの入った名札、冬服。

「見つけてくれて、ありがとう」

 女性が二重の声で言う。朝倉は耳を塞いで目を閉じ、叫ぶ。


「人違いだ!!!!!」

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