第3話 ツナギと共に去りぬ。
「とりあえずはこれで補修完了か……」
レアから大体の事情を聞いた俺は、現実逃避をする為に引き千切られた玄関の扉を修理していた。
つーかこの玄関……大家さんにバレたらどーすんだよ!? 絶対ブッ殺されるよ? ……俺が。ウチの大家さん、ムキムキの茶髪ロン毛で黒マッチョなんだぞ? 日サロでわざわざ焼いてんだぞ? マジでどうしよう……
しかし、そんな事より問題はレアだ。
『我は戦乙女』などと”専門的な施設での精密検査の受診”を勧めたくなるような事を堂々と宣ってるので、まあ危ない奴だとは思ってはいたが……
まさか『ささやかなテロ』を巻き起こしていようとは、流石に俺の予想の範疇を超えていた。
さっきからパトカーがかなりの数巡回してるし、本人の雰囲気から虚言とも思えない。大変なヤツを自宅にあげちゃったよ……
いや、無理矢理侵入してきたのだが。
しかし一体何をどうすれば、単なる万引き犯がパトカーを奪って交番をブッ潰す様な事態になるのか? 先程レアの回想にて聞いた話の詳細を思い出したくない。
「はぁ……」
溜息しか出てこない。部屋の奥の方からは相変わらず、あんぽんたんの能天気な声が響く。
「おい、知ってるか? 溜息をつくと幸せが逃げてゆくらしいぞ!」
うん、あなたのせいでね。ふと視線を落とすと、玄関に置かれたレアの怪しい甲冑ブーツが目に留まった。
金属……なのか? これは。
触れてみると炭素繊維強化プラスチック、所謂カーボンの様な触り心地。だが押し込んでも全くたわまない。異様な強度と羽の様な軽さ、見た目はプラチナの様な輝き。こんな素材は見た事もない。
触れた手の感触が欺かれる……背中越しに自慢気なレアの声が響いた。いつの間にか、俺の背後に立っていたらしい。
「不思議か? ミスリルは初めて見るか?」
今、何つった? コイツ。ミスリルって……ゲームや映画なんかに出てくるアレか?
「ふふっ、そう。ミスリルとは我々戦乙女の武具に云々~」
ああ、そうか。俺、コイツの相手して疲れてるんだな? それで頭だけじゃなく、手の感覚までおかしくなってきたのか。糖分不足というやつだな、うん。
ああ、甘いものが食べたい! ……そういえば大切な事を聞き忘れていた。
「あのさレア。お前さ、いつ帰ってくれるの?」
「うん??」
「いや、『うん??』じゃなくて……」
レアは不思議そうな顔をして答える。
「いや、行く所がないから暫くここにいるぞ?」
えっ……!? いやいやいやいや!!
「あのね? お宅、いまや立派な犯罪者なんですよ!? 匿ってたら俺も同罪になるじゃん? 俺、法律詳しくないから良くわからんけどさ、きっとそうなるよ!? ねえ、諦めて自首しない!? いえ、強くお勧めします!!」
「ホーリツ? ジシュ? 大丈夫だ。私は戦乙女だからな!」
ダメだ、この”アホの子”とは会話が成立しない。何とかして追い出そう。
そういえば普段は車通りが少ない我が家の前だが、先程からやたらと走行音が響く。
ああ、きっとアレだ。日本国民、誰もが知ってる”パンダカラーの公用車”に違いない。音の響く間隔が短くなって来てる気がするが……それ以上に嫌な予感がする。
コイツの風貌は歩いてるだけで相当に目立っただろうし、付近の目撃談から”捜索範囲の包囲網”が時間と共に狭まって来ているんじゃないだろうか? 自宅に警官隊が突入とか笑えない。
せめて玄関から優しそうな刑事さんが……そう考えているとレアがぽつりと呟いた。
「しかし貴様の言う事も一理あるな。劣勢だ、我慢ならん。こうなると此方から撃って出るしかないが……先ずは武器が必要だな、うん」
ちょっと! 君、何言いだすの!? やめて! 俺は自首を勧めただけでおまわりさん達と交戦しろなんて一言も言ってない! しかしレアは、表情が固まる俺を気にも留めずに続ける。
「おい、この部屋に武器はないのか? どこにも見当たらないのだが」
武器? 世の中には美術品として日本刀を持ってる金持ちとかいるらしいが……この万年貧乏の薄給サラリーマンの俺の部屋に、そんな立派なモノがあるわけがない。自分で言ってて少し泣けてくる。
「あるわけねーだろ、バカタレ。日本では武器の単純所持も許されないんだよ」
驚いた顔をするレア。
「健全な男児が……槍や剣の一本も持たないのか!? 敵が来たら一体どうする?」
「どうもしねーよ!!」
何たる有様か……とブツブツ呟くレアであったが、何か思い付いた様にこちらを真っ直ぐ見て尋ねてきた。
「そうか、では致し方ない。代わりに武装となりそうな物……そうだな、農機具等でもいい。流石にそのくらいはあるだろう?」
農機具ねぇ……
「いんや俺は農業してないし。そもそもデカい農機具なんて、日曜大工なホームセンターにでも行かなきゃお目に掛かれないよ」
しまった。レアの目に強い光が宿る。
「ほーむせんたー?」
ヤバい。重大なミスを犯した。
「よし、決めた。これより我々は”ほーむせんたー”へ向かう!」
いやいやいや、何だよ”我々”って!? 不穏な流れだ。早々に断ち切らねば。
「いや、一人で行けよ!」
「貴様がいないと、私には場所がわからないぞ?」
「教えたら俺も犯罪の片棒担ぐ事になるんですが!? ダメ! ゼッタイ!!」
俺の剣幕にレアが一瞬怯んだ。しかし次の瞬間、彼女はニヤリと笑う。
「わかった、では一人で行こう。だが私が捕まっても良いのか? 仮に尋問官に今までの潜伏先を聞かれたら私はどう答えたらいい? 貴様に迷惑が掛からないと良いがな! チラッ、チラッ! チラリッ!」
やはりコイツは幼稚だ。今度は俺がニヤリと笑い返す。
「どうぞお好きに。俺は自宅に押し入られて監禁されてたって言うから。犯罪三冠達成だな、おめでとさん」
うっと涙目になるレア。勝った。俺の平和な日常があと一押しで戻る。涙目のまま無い知恵を絞って思考を巡らせているようだが……どうにもなるまい、アホの子よ。
俺が勝ちを確信していると、急に精悍な顔付きとなり……何か意を決した様にレアが立ち上がる。俺はその迫力に押され、少し警戒した。次は何を言い出す?
「よし! 仕方がない、助けてくれ!」
無策かよ……
「流石に無理。出てってくれ」
断る俺。キッとこちらを睨んでいたレアだが……
「うっ、おのれ意地悪め! そんなに私が嫌なら出ていってやる! だがこれだけは頂いてゆくぞ!!」
叫んだ直後、突然今まで着ていた怪しいコスプレ衣装をスポポーンと脱ぎ捨てるアホの子!
唖然とする俺の前でマッパになるや否や、雨降りの為に室内へ干してあった俺の職場のツナギを引っ手繰り……手早く着てしまった。
「どうやら私の服装は目立つようなのでな! さらばだ甲斐性なし。あと、それ洗濯しといて!」
今まで着ていて濡れた服を、強引に俺に押し付けるレア。
「えっ、洗濯!? 出て行くんじゃないのかよ!?」
彼女は再度キッと俺を睨み、隣に干してあった帽子も被る。当然、職場の作業帽だ。そのままズンズンと玄関に向かい、俺のスニーカーを突っ掛けると……
「ふん! お邪魔しました! ばーか!」
と、叫び出て行ってしまった。息する事すら忘れて固まっていた俺だが、彼女の去り際に目尻に光った涙……などではなく、彼女の背中のロゴマークが脳裏にフラッシュバックした。
笑い事じゃない。『宮脇テクノサービス』そう、あのツナギの背中には俺の勤務する職場の名前とロゴマークが……デカデカとプリントされているのである。
俺は一度深呼吸した後、落ち着いて考えた。ああ、今後の展開は決して頭が良いとは言えない俺にも何となく読める。
まずはウチの職場のカンバンを背負った怪しい指名手配犯が……どこからか拝借してきた
きっとそんな
今はまだ確認できていないが、レアの話にあった”交番にパトカーを特攻させた件”も既に報道の準備がされているかも知れない。もしこれが昼のニュース辺りで報道された後だと……その映像の効果は倍増だ。
そして連休明けに職場に顔を出すと大変な騒ぎになっていて……”誰のツナギなのか”が問題となっているに違いない。
テレビでは社名の部分にボカシが入るかもしれないが、ウチのツナギはオリジナルカラーの特注品だ。地元の中小企業だけに、すぐにバレて風評が流れるだろう。
それどころではない、当然自宅や職場に警察も来る。連休明けを待たずに俺も事情聴取されるかも知れない。
更に問題なのはあの”アホの子レア”だ。捕まれば間違いなく俺の事を呼び出すだろう。
意図的にあいつに俺の名前を教えないようにしてはいたが……まあ無駄だろう、日本のおまわりさん達は優秀なのだ。それにアイツにアパートの場所も知られているし、俺の逃げ場は無い。
そして一連の流れが全て、会社にバレれば……俺の自主退職コースが確定する。
仮に予想しうる事態が起きた場合、会社からすると全国へ向けてイカレたコマーシャルを盛大に垂れ流したのと同じだ。俺も来月には、晴れてハ○ーワーカー……
ん? 理屈がおかしい? そう、おかしいのだ。確かに冷静に考えると、俺に全く過失はない。何も悪くないどころか、どちらかと言えば被害者側だ。理屈では全く問題は無い……だが世の中はそう甘くない。
故意にでなくとも”何かが起きてしまう”と、それを誰かが被らされる。汚いようだがそれが
そう結論に達した俺は……深く呼吸し、スッと立ち上がる。
「レアさん待ってぇぇぇぇ! 会社だけはやめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺はしがない薄給労働者の性を呪いつつ、泣きながらレアの後を必死で追いかける。
アパートを飛び出すといつのまにか雨は止み、小鳥のさえずる空から……虹がこちらを楽しげに覗き込んでいた。
――――――――――――――――――――――――――――
さて、先程”あの男”の住居から半泣きで飛び出したレアだったが、何故か今は自信に満ちた顔で元気良く住宅街を歩いていた。
「ふふん、おバカさん共め。この私の完璧な変装を見破れるものか!」
~少し前~
「ゔぇっ、ゔぇえぇぇぇぇん……あのいじわるぅぅぅ! あほぉぉぉぉ! 捕まったらアイツの名前言ってやろー!!」
アパートを飛び出して暫く行く。そして急に強い孤独感に襲われたレアは、人目もはばからずに泣きながら歩いていた。
幸い、すれ違ったのは猫と……赤いランドセルを背負った小さな女の子のみ。
ゴシゴシ。レアはツナギの袖で、垂れた鼻を拭きつつ思う。
あの男はもう少し女性に優しくできないものだろうか? 特に私はこんなに美しいのに。ははーん、わかったぞ。もしかしてアレなのだろうか?
「そうだ! 今、ヤツにはホ○の嫌疑が掛けられた! だってこんなに美人の私にやさしくないからな。きっと○モだ! 間違いない!」
今思うと、”あの男”の名前を聞くのを忘れていた。この神の使途であり神聖な私にいじわるしたのだ。便宜上”あのアホ”でいいとおもう。あほ。
「そういえばあの部屋には全く女っ気が無かったな。あんなんだからモテないのだ、バカタレのホ☆モめ……」
不満をブツブツ漏らしながら歩いていると……彼女の前方から”例の白黒カラーの鉄の荷車”がやって来たのである。
「――――!?」
息を呑むレア。どうする……? 今更急に引き返すのも怪しまれる気がする。鼓動が早くなり、身構えた。荷車とすれ違うまで数秒もない……
しかし十秒後、何事もなくパトカーは通り過ぎていった。
深く被った帽子で顔が見えにくかった事に加え、たまたま道の反対側に髪を金髪に染めた若い女性がいた為……警官達がレアを見落としたのだ。
それにツナギの社名ロゴの色が黄やら赤やら青やらと、かなり派手なのにも原因がある。木を隠すなら何とやら……元々ポニーテールに縛ってあった長い金髪を解き、ツナギの背中に押し込んでいたのも幸いしたのかも知れない。
「なーんだ、大丈夫じゃないか! いや、私の変装能力が優れているのだな。さすが私!」
この件で勢いが戻ったレアは……とうとう警戒する事すら忘れ、堂々と住宅街を闊歩し始めたのである。
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