第4話 ラーメンと聖剣。
「くそっ! アイツ一体どこに行った!?」
俺は走る。走る。走る。ただひたすらに町内を走る。先程から必死にレアを探し回っているのだが、未だ見つける事は出来ていない。
まさか、もう捕まったのでは……? いや、まだパトカーは絶賛巡回中だ、希望はある。
素人考えだが、捕獲が完了していれば無線で全体へ連絡が行き渡り、警官隊が一斉に引き揚げていくんじゃないだろうか? つまりはまだ捕まっていないのだ、と思う。思いたい。
レアのアホが隠れられそうな物影を一つ一つ、しらみつぶしに探してみようか? だがそれは……他所のお宅に不法侵入する事に他ならない。俺まで騒ぎを起こしてどうする。
最初にレアが隠れていたウチのアパートの階段のような場所は……実は狭い町内にはそうそうない。
よその敷地に侵入して家屋の影に隠れるなら話は別だが、そうなると非常に見つける事は困難だろう。
走り疲れた俺は……リサイクルショップの”商品”置き場にある、雨が乾きかけたコンクリートブロックに腰を降ろしてガックリと項垂れた。ズボンの尻が少しだけ濡れ……尻がヒンヤリと冷たい。
”商品”と言えば聞こえは良いが、要は空き地に雨ざらしで冷蔵庫やテレビ、錆びた鉄くずなどが置いてあるアレだ。無造作に高く積み上げられた諸々が目を引く。
いつも思うのだが、本当にこういった物を買う人はいるのだろうか? 売り買いするというより分解してリサイクルを待つだけ……というのが正解なのかも知れない。しかし今はそんな事どうでも良い、アホの子を探すのが最優先だ。
俺は再び走り出す為、息を整える事に意識を集中するが……
「はぁ。レアの奴……ウチ職場のツナギを着たまま、他所のお宅に不法侵入とかしてないといいなぁ……」
自然と溜息が出た。諦めに近い感情から来る脱力感……しかし俺の独り言が終わった瞬間、背後からガサゴソと鉄くずを漁る音と共に、ここ数時間で聞き慣れてしまった”あの声”が聴こえたのだ。
「知っているか? 溜息をつくと幸せが逃げていくらしいぞ、馬鹿者」
見知った声に、先程の溜息とは違う類の長い息を吐く。安堵すると、今まで随分と肩に力が入っていた事に気が付いた……ようやく見つけた。
俺がその声の主に向かって刺激しないよう『何をしてるんだ?』と尋ねると、レアは先程喧嘩していた事も忘れた様な笑顔で、胸を張って答えたのだった。
「ふふん、見ればわかるだろう? 武器を探しているのだ。ここには良い物が沢山ある。それに”ほーむせんたー”という所も、どうせ武器を買うのにお金がいるのだろう? 私はお金を持っていないし、また騒ぎを起こすのも面倒だしな。あっ、この鉄の棒も捨てがたいな!」
”騒ぎを起こしてはいけない”……だと!? あのレアが学習している!? 要らぬ感動を覚えた俺は、次第に熱くなる目頭を押さえた。ちなみにホムセンは武器屋ではありません!
先程から、目の前をパトカーが2台程通過していったが……廃材置き場でツナギを来た人間がゴゾゴソしていても全く目立たないのだろう、こちらを一瞥しただけで気にも留めない様子で去っていく。
そうこうするうちにレアが何か見つけたようだ。何か一人で騒いでいる。今度は一体何だ?
「おい! 貴様、これを見ろ。すごいぞ何だこれ!? かっこいい!!」
振り向くと横倒しにされ、積み上げられた冷蔵庫の上によじ登ったレアが一人騒ぎ、頭上に何かを高々と掲げていた。
逆光により見えにくい”ソレ”に目を凝らす……そのシルエットだけ見るとまるで、ドラクロワの描いた【民衆を導く自由の女神】だ。
――逆光に目が慣れる。
レアのその手に握られていたのは……低年齢向けなのか、少し短めで銀色の鈍い光を放つ薄汚れた”金属バット”だった。巻かれたグリップが少し剥がれて垂れており、何だか汚い。
「これは素晴らしい一品だ! 強度も高く軽い。正に私が携える聖剣にふさわしいな! 少し短いのが難点だが両手でも扱えるぞ。あ、何か握り手が濡れててネチョネチョする! 名前を付けてやらねばな。うーむ、何がよいか……」
興奮状態で誇らしげに俺にバットを見せ、足元の冷蔵庫をその”汚い聖剣様”でゴンゴンと叩いて喜んでいるレア。それから何を思い付いたのか、突然大声を上げた。
「よし、決めた! 今日からお前は”聖剣エクスカリバー”だ! 我が相棒の名にふさわしい。あと日本製って書いてあるのも気に入ったぞ!」
そんな汚いエクスカリバーがあるか。アーサー王と湖の精霊に謝れ。大体ソレは剣じゃない、形状的に野党や悪党が持つ棍棒だ。
ああ何だかもう……いちいち反応する俺の方が悪いような気がしてきた。
バットを見つけてひとしきり騒いだ後、ようやく落ち着いたレアは意外にもこちらの提案に素直に乗る。一旦、アパートに帰ろう? と。
これで当面の俺の目的は達されたのである、とにかく今着ているツナギを取り返すのが先決だ。
何も俺も鬼ではないし、ツナギさえ返せば外を歩いても目立たない洋服程度は……着せてやろうと思う。
廃材置き場の近くの公園でレアに手を洗わせながら、できるだけパトカーと遭遇しにくい道を慎重に考えてみた。
こんな俺でも住み慣れた町だ、応援で来ている警察官より一日の長がある筈。
ここから直接アパートに戻るとすると……住宅街の逃げ場のない道では何度もパトカーと遭遇するだろう。それはノミの心臓を自認する、俺の心が擦り切れそうなので却下。
よし、少し迂回して商店街を抜けよう、あそこなら人も多いし逆に目立たない。それから堤防を抜けた後に車の通れない道を使って、慎重にアパートを目指すんだ……
~10分後~
俺達は商店街を歩いていた。メインの大通りではなく、本通りに併走する狭い路地の方を。
金属バットを嬉しそうに抱きしめ騒いでいる、不審な女を連れているのだ、流石にこれでは派手に目立つ。やはり人の目に付かないに越したことはない。
最初は”木を隠すなら森の中だ”、などと考えていたのだが、実際商店街に着いてみると……やはり小心者を自覚する俺にそんな度胸はなかった。
ふと後ろが静かになる。
俺が振り向くと、レアがバットを抱いたままラーメン屋の方を向いて立ち止まっていた。
――嫌な予感がする、予感よ当たるな。
しかし、目を輝かせた彼女は……こちらの願いをサクッと潰し、己の要求を口にする。
「これ、食べたい!」
え……!? レアさん、今あなた、全力で警官隊に追われてる状況なんですが!?
「いや、一旦アパートに戻ろう? お前今、警察に追われてるんだぞ。今我慢したら、後で何かおいしいもの食べさせてあげるから。そうだ、ピザ! ピザとか好きだろ?」
しかしレアはこちらを不機嫌そうにジト目で見つつ、訳のわからない事を大声で叫び出した。
「いやだ、ラーメンが食べたい。とんこつがいい! 異世界に召喚されたニホンの英雄が、現地でまず再現するのがとんこつラーメンなのだ! 私はこう見えてニホンの伝記に詳しい、ちゃんと知ってるのだ。ラーメンを食べさせろください!」
何が天界から来た……だ、このすっとこどっこい。ちゃっかりラーメン知ってるじゃねえか! 大体、豚骨ラーメンが出てくる伝記書物なんて聞いた事がない。
俺はふざけるな! ……と言おうとしたのだが、ある事に気が付いた。そう、俺も極度な空腹に襲われている。コイツが現れてバタバタしていたおかげで何も食べていないのだ。
ラーメン屋から漏れてくる美味そうな匂いが鼻をくすぐってゆく……まあ少し位なら大丈夫か? さっさと食って店を出よう。腹が減って余計にイライラしてるのかも知れないし、自宅に戻るまでに冷静さを欠いていると逆に危ないかも知れない。
あわてて飛び出しては来たが、幸いボディバッグだけは掴んで出てきたので財布もある。少しぐらいなら……そう思い俺は流されてしまったのである。これが
店の看板を見上げる。『初出し!ラーメン漢汁軒!』、随分とハードな店名だ。少し躊躇するが思い切って店の暖簾をくぐった。
チリンチリン。
「お、いらっしゃい!」
ラーメン屋の店主の威勢の良い声が響く。
俺は愛想笑いを浮かべて店内を見渡してみるが、中には店主と、テレビを見ている酔っ払いのジイさんがいるだけで……これならまあ、問題はなさそうだ。
後ろから嬉しそうについてくるレアを手招きし、出来るだけ人目に付きにくい店の奥のテーブルに座る。
「注文が決まったら言ってくれよ!」
俺は笑顔で声を掛けてくる感じの良い店主に会釈を返すと、メニューを手に取り広げた。向かいの席からレアが覗きこんで来る。
仕方ない、ぎょうざも食わせてやるか……食べ物で釣ると暫くはおとなしくしていてくれそうだし。
「レア、お前何が食べたいんだっけ?」
勢いの良い返事が返ってくる。
「とんこつのラーメンというのが食べてみたいです! はい!」
何で急に敬語なんだよ、あと声がでかい。目立つからやめて!
「すみません、チャーシュー麺2つにぎょうざ2枚お願いします。あ、スープは豚骨で」
『あいよ! ありがとう!』と店主が軽快に答えた。向かいに座ったレアを見ると……爪楊枝の入った容器を開けて中身を見ている。マナー違反だからやめなさい!
あっ、束で掴んでポケットに入れやがった!? 注意しようか迷ったが……店主には見られていないし、騒いで顔を覚えられるとマズイので見なかった事にした。
ラーメンができるのをを待つ間、俺はテレビから流れる地元のローカルニュースに目をやる。例の交番破壊テロ事件が報道されるかも知れない。
そして2つ程他愛もないニュースが流れた後、案の定それは報道された。画面に映ったキャスターが口を開く。
「本日午前、神丘市内の交番にて、窃盗の容疑で取調べを受けていた外国籍と思われる女性が、突然警察官三名へ暴行を働き、停車中のパトカーを奪い発進させ、交番の入口を破壊するという事件が起きました。尚、容疑者は現在も逃走中との事で、警察では付近への注意と警戒を促しており、捜査員150人体制での捜索が続けられて……」
マジかよ!? 頭では理解していたが、改めて見るととんでもない大事になってる……死にてぇ。
「へい、ラーメンぎょうざお待ち! ははっ、コリャすげーな、大したモンだ。派手にやらかした奴もいたもんだよなぁ!」
ニュースを見た店主が、笑いながら食事を運んで来る。いや、犯人が目の前にいて笑い事じゃないんですが……ああ、食事が喉を通らないかも知れない!
店主の話にレアが『そーですねっ!』と元気よく応じ……いや、これお前の事なんですけど!?
その後、『おいしい! おいしい!』と騒ぐアホの子を眺めつつ食事を終え、そろそろ店を出ようとした矢先、レアがもぞもぞしながら何かを言い出した。良く聞き取れないので聞き返す。
「ん? どうした?」
「あのだな、ここにはトイレはあるのだろうか?」
トイレくらいはあるだろう。俺が店内を探して見回していると、ああ、トイレね? と、カウンターから見ていた店主が笑顔で奥の扉を示す。
レアは頷き立ち上がり、そわそわしながらトイレへと向かった。
そして彼女が席を立ち、数分も経っただろうか? 俺がボーッとテレビを眺めていると……ある、”とんでもない事態”が歩いて店の中へと入って来たのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます