第8話 「ダメ男、少し改心する」

午前10時にセットしていたアラームが鳴り出す前に、平良はあまりの眩しさに目を覚ましてしまった。カーテンを閉めずに寝てしまった様で、部屋には強い日が射し込んでいる。


時間を確認すると時刻はまだ7時50分。まだ二時間以上も寝れた事に不満を感じながら平良は再び目を閉じた。しかし、朝の日差しは容赦なく瞼の内側をも照らし、眠りにつく事を簡単には許してはくれなかったのだ。きっとカーテンを締めれば心地よい眠りにつけるのだろうが、それは二日酔いの平良にはあまりにも敷居の高い行動だ。


平良は目を瞑ったまま、昨晩の出来事を思い返していた。いつも通り、店長の誠司、そして常連客数名と他愛のない話をしながらジントニックを飲んでいた。


そして常連客の一人、大学生のOPPとこんなやり取りをしていた。ちなみにOPPというのはもちろんあだ名で、腸が弱くてすぐにお腹を下してしまう、ピーピーになってしまうのが由来らしい。知っているのは男子大学生という情報だけで、学年や年齢は知らない。


「もう金ないんすけど!平良さーん一杯奢ってくださいよー!」と、OPPが甘えてきた。「バカ野郎、金がなきゃ酒なんか飲みに来るんじゃねーよ」そう言って平良は一杯だけ奢ってやった。


「平良さんはいいよなー。好きな仕事して毎晩飲みに行けて、超リア充じゃないっすかー!俺はこの先どうすりゃそうなれるんすかー!」OPPは歳上に好かれるだろう。自然と自分を卑下しながら相手を持ち上げるトークスキルを持っている。


俺はなぜこんな見栄っ張りな男になっちまったんだ。10代の頃は貧乏バンドマンだった事を誇りに思っていたというのに。


本当は大木武志の提案を早速この場で試してみたかったのだが、OPPとの今の会話の後じゃプライドが邪魔をして誰にもお願いする事など出来そうになかった。そんなギリギリの経済状況だったのかとバレるのが恥ずかしかったのだ。それなのに毎晩の様に飲みに来て、調子の良い事を話している奴なんて、なんていうかあまりにも格好悪い。


そんな昨晩の出来事を思い返す事が、ベッドにまだ寝転んでいる平良の心を刺激した。見栄っ張りというのは損をする事が多すぎる。そして、「ちくしょー!!」と叫びながら平良はベッドから飛び上がり、シャワールームに向かった。


熱いお湯を全身に浴びながら、まるで冷凍の肉を解凍するかの如く、平良は自分の心と身体を起こしにかかった。「ちくしょー、ふざけんじゃねーぞ。俺は負けない。絶対に負けない」シャワーを終らせた平良は、すぐさま椅子に座りパソコンを立ち上げた。


まずは、生まれ故郷である千葉県成田市の友達に、包み隠さず全てを話し、そして協力をお願いしようと考えた。「そういう馬鹿正直な所が平良君のいい所なんじゃないかなー!」またも武田コーチの言葉が頭に浮かんだ。


そして平良はわテキストを立ち上げ、文章を打ち始めた。


「成田の皆へ、お久し振りです。皆元気ですか?実は今回、皆にお願いしたい事があって連絡をしました。

そのお願いをする前に少しだけ話をさせてください。俺がボイストレーナーをやっているのは皆知ってくれていると思うんだけど、今回、どうしても海外に発声に関する勉強をしに行きたくなりました。(告知ブログURL)このブログを読んでもらうと詳しく書いてあります。


そこで、お願いしたい事というのは、資金繰りのお手伝いをしてもらいたいという事です。どういう事かというと、某営業会社の担当から話を聞くと、無条件で5000円分の商品券を貰えるというのです。これは実際に自分もこれから受けますし、電話で確認をして間違いのない情報だと思っています。


そこで、皆にもこのキャンペーンを受けてもらって、その5000円分の商品券を俺にくれませんでしょうか。


お礼は、いつか必ずします。ふざけたお願いなのは解っています。そして、一人一人に会いに行ってお願いをするのが筋だと思います。それなのに、グループLINEでお願いしてしまい申し訳御座いません。どうか、どうかご協力お願い致します」


誤字がないかどうかを確かめ、平良は今書き上げたばかりの文章をグループLINEに投下した。内容を確認して書き直そうかとも思ったが、勢いで書いたこの文章を信じてみようと平良は思ったのだ。


パソコンに向かい、お願いしますと手を合わせてお辞儀をすると、熱々のブラックコーヒーを入れて一服する事にした。煙草の煙を深く吸い込み、そして吐き出しながら、少し興奮気味の心を落ち着かせた。


これで何とか三本目に用意した竿を垂らす事が出来たのかと思うと、まだ何も結果は出ていないものの、今の平良の心を落ち着かせるには十分だった。改めて今回自分が垂らした三本の竿を思い返した時、告知ブログの反応が妙に気になり出した。


大阪出張を告知した時は3日で5名の応募があった。もしかしたらもう既に1件2件は申込みがあったかもしれない。平良は不安と希望が8対2くらいの割合で、恐る恐る申込みフォームの受信箱を開いてみた。


するとどうだろう、昨日告知をしたばかりだというのに、既にもう4名の方からお申し込みが入っているではないか。平良は静かにガッツポーズを取り、そして喜んだ。そして、部屋に貼られている汚ない文字を睨み付けながら絶叫した。


「絶対勝ーーーーつ!」

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