第6話 「ダメ男、動画を撮る」

武田コーチとの電話を無事に終える事が出来た平良は、カップラーメンをすすりながら告知ブログの作戦を練っていた。大木武志との約束は17時だ。それまでになんとか今日自分自身に課したミッションをクリアしなければならない。


それにしても、これでなんとか10万円は突破した。垂らした竿の一本が成功という釣果をもたらしてくれたのだ。今の平良にとっては十分過ぎるほどの大物だ。


ざっくりした計算だが残り20万もあれば今回のミッションを達成する事が出来る。航空券やホテル予約、そしてキングのレッスン予約を事前にするとなると、やはり来月の中旬までには全ての資金を用意しておきたいところだ。


であれば、4月1日から15日までの間にレッスンを受けたくなる様な何かしらの施策を打つのが得策だろう。アメリカでキングのレッスンを受けに行くのだから、きっとどんなレッスンを受けて来たのかみんな気になるはずだ。


では、こんな施策はどうだろう?『キャンペーン期間内にレッスンを受けてくれた方限定で、帰国後に一時間の無料レッスンをプレゼントします♪』悪くない。平良はそう思った。


しかし、それだけではまだ弱い気がする。過去に大阪出張で成功を納めた時、何か特別な事をしただろうか……動画だ。


ビデオレターの様な形で動画を撮影し、それをブログ上にアップしたのを思い出した。顔を出しての動画でのメッセージというのは文章だけで訴えかけるよりも力を発揮する事がある。


では果たしてどの様なメッセージが観る一人の心を掴むのだろうか。平良は先程の武田コーチの言葉を思い出した。「そういう馬鹿正直な所が平良君のいい所なんじゃないかな」きっと素直に話したからこそ武田コーチの心は動いたのだ。


それならば今回のアメリカ行きにかける情熱と、そして資金が足りていない事を正直に話してみるというのはどうだろう。そしてお礼として帰国後に無料レッスンをする事を添えるのだ。


そんな貧乏じみた動画をアップして大丈夫だろうかと思い、自分の提案を篩にかけてみる事にした。冷静に、冷静に。うん。やはりその案でいこう。きっとそんな貧乏じみたメッセージを馬鹿にする奴も出てくるだろう。だがしかし、そんな馬鹿正直な所が平良のいい所なのだと。


「よし」と、平良は動き出し、ビデオカメラを三脚に取り付け、早速動画撮影の準備に取り掛かった。それなりの服に着替え、それなりに髪を整えた。普段は異常な程に腰の重たい平良だが、思い立ったらすぐに行動できる時がある。それは楽しんでいる時だけに唯一起こる現象だ。


準備を整えると平良はすぐに撮影を始めた。平良はバンドのボーカルを10年近く続けていたので、撮影はもちろんの事、ノープランで話をする事にも慣れていた。いつもライブのMCでは台本を作らずに空気を読みながらその場に応じた言葉を選んできた努力の賜物だろう。


「えー、皆さんどうもこんにちは、ボイストレーナーの平良一徳です。今回のこの動画では、あなたに報告したい事と、そしてお願いしたい事の二つをお話させて頂きます。まずは1つ目、報告からです。まだ正確な日程は決まっておりませんが、4月下旬頃に世界的に有名なリチャード・キングというボイストレーナーのレッスンをロサンゼルスに私自身が受けに行く事になりました。


これに至った理由は、あなたに今までよりも更に質の高いレッスンを提供したいからです。私自身がもっと学ばなければ、当然ですがレッスンの質は向上しません。そういった経緯があり、リチャード・キングのレッスンを受けるに至りました。


続いて二つ目、あなたにお願いしたい事です。恥を掻く事を承知の上で、正直にお話をさせて頂きます。実は、ロサンゼルスにレッスンを受けに行く為の費用が全く足りていません。あまりにも生々しい話しなので金額は伏せますが、予想以上に多額な費用が掛かる事が解りました。


それならばしっかりお金を貯めてから行けばいいじゃないかと思われてしまうかもしれません。確かにその通りなのです。しかし、もっと学びたいと思っている今の状態で、今まで通りにレッスンを続けていくのはさすがにプライドが許さないのです。


それであれば、出来る限り最短でロサンゼルスに行くのが得策だと私は考えています。そこで、改めてあなたにお願いしたい事があります。私をロサンゼルスに、リチャード・キングのレッスンを受けに行かせてください。どうかお願い致します。


ここで特別キャンペーンのお知らせです。4月1日から4月15日までにレッスンを受けに来てくれた方限定で、私が帰国後、特別に一時間の無料レッスンをサービスさせて頂きます。


私がリチャード・キングからどの様なレッスンを受けて来たのか、それを私なりに解釈をしてあなたに伝授するのです。どうか皆様、ご協力宜しくお願い致します」


頭を深々と10秒ほど下げ、平良は録画停止ボタンを押した。「さすがは俺、ワンテイクで撮り終えてしまった」と、平良は喜んだ。平良は基本的に撮り直しというのがあまり好きではない。仮に台詞を噛んでしまったとしても、それはごく自然な事であり、“それはそれでいい”というのが平良の考えなのだ。


また、撮影した動画の確認もあまりしようとはしない。これはボーカルレコーディングで学んだ事なのだが、拘りだすと切りがないというのが理由だ。


平良は動画の編集を簡単に済ませ、そしてブログにアップする準備を整えた。そして文字での告知記事も書き上げ、無事にブログの投稿が完了した。


これで二本目の竿を垂らす事が出来た。


今回考えたこの施策に、多くの人の胸に突き刺さり、そして行動をしてもらう所までの強い力が宿っている事を強く信じ、平良は願った。さぁ、釣れてくれ。達成感を思わせる深いため息を吐きながら、平良は煙草に火を着け、煙をふかしながらこう言った。


「撮り直しは面倒くせーからな」

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