第16話 夏祭り
突然鳴り出す携帯のディスプレイを見つめ、俺は何故彼女がこの番号を知ってるのだろうと考える。
「ああ、そうか」
部活に入った時だ、俺の秘密を明かした際、何か判明した時に連絡が取りやすくなるようにとアドレスを交換していたのを思い出した。
俺は携帯の通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『もしもし? 祐二くん? しおんです、今大丈夫ですか?』
「うん、どうしたの?」
『あの、えっと』
何か言い出したそうにしてるが迷ってる様子が電話越しに覗える。
『今度の休み……って明日なんですけど……何か予定ありますか?』
休日は特にやることも無いので、ゴロゴロしている。筋肉痛も残ってるからというわけではないが、特に約束もないし普段通り家にいるつもりだったので、その事を彼女に伝える
「えっと、予定は無いけど」
『ほんとですか!? じゃあ明日、お祭りに行きませんか?』
「お祭り? 祭りなんてあったっけ?」
『はい、少し離れてはいますが、大きな神社で夏祭りがあるんですよ』
「そうなんだ? うん、大丈夫、行けるよ」
『そ、それじゃあ、待ち合わせ場所ですけど──』
移動は電車を使うらしい、最寄りの駅で合流することになった。
「うん、わかった。 じゃあまた」
電話を切り、俺はしばらく放心していた。
これってもしかして──
「デート……?」
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翌日、約束の場所に少し早く着た俺は落ち着きも無く周りをキョロキョロと見ていた。
「緊張するなあ」
内心すごく楽しみだったのもあり、あの夜は中々寝付けずにいた。
寝不足気味で目は重かったが、不思議と気持ちは軽やかだった。
「あ、祐二くん!」
後ろから声がかかり振り向くと、しおんが普段とは違う姿で目の前に現れた。
紫陽花柄の青を基調とした浴衣姿、長い髪は後ろでまとめており、それを留める青のかんざしが横から覗いている。
夏の暑さを忘れさせてくれるような涼しげな姿に、彼女の笑顔と相まってその魅力を一層際立たせているように思えた。
その姿に思わず見とれてしまい沈黙する俺は言葉を失い、口を半開きのまま棒立ちでいた。
俺の顔が彼女の目にどう映っていたかは定かじゃないが、しおんは顔を赤くしながらもじもじとしていた。
「あまり、ジロジロ見ないでください……なんだか恥ずかしい」
「ご、ごめん! あ、こんにちは、しおん」
「え? あ……ふふ、今更ですか? こんにちは、祐二くん」
挨拶のタイミングを外してしまい、お互い笑ってしまう。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
改札を抜けると、乗り込む予定の電車はたった今出発したようだった。
仕方が無いので、俺たちはホームに並び次の電車来るまで待つことにする。
「(俺の服、変じゃないよな・・・?)」
朝、慌ただしくタンスから服を引っ張りだして時間いっぱい使ってやっと決まったのだが、その姿を見た母さんがやけにニヤついた顔で俺を見ていたのを思い出だす。
「その、祐二くん」
「うん?」
「この浴衣、どうでしょうか、変……じゃないですか?」
しおんは少し俯くと、上目遣いに俺を見てそう言った。
「変じゃないよ、すごいキレイで、思わず見とれちゃったくらいだし」
「そ、そうですか? よかったぁ……」
「でも、浴衣なんて持ってたんだね。意外だ」
「浴衣はこの一着だけですけどね、これは母のお下がりなんです」
「そうなんだ」
俺は再び彼女の浴衣に視線を移す。
「(合宿でも思ったけど、しおんって、結構胸あるんだな……)」
浴衣の上からでもわかる彼女の身体のラインについ目がいってしまう。
「祐二くん、どこ見てるんですか?」
「ご、ごめんつい、見てたのは浴衣だよ? 決して胸なんか──」
「祐二くんって、意外とスケベなんですか?」
「違うよ! 誤解だ! しおんこそ俺の腕に抱きついてきて胸押しつけたりしたじゃん──って、あっ……」
「え?」
つい口が滑ってしまった。
「あれ……えっ!? まさか祐二くん、あの時起きて……」
「あー、えっと、その……」
もう言い訳のしようがない。
「あの……その……はい、起きてました……」
「~~~ッ!」
みるみる赤くなるしおん。耳まで真っ赤にしながらぷるぷる震え出す。
「あ、あの、しおんさん……?」
「死にたい……」
顔を手で隠してうずくまる彼女。ホームで待つ他の人達の視線が刺さるような気がした。
「不可抗力だったんだよ! その、ほんとごめん」
「もう、知りません!」
立ち上がるやいなや、今度はそっぽを向く彼女。耳は赤いままだ。
そうこうしている内に電車がやってきて俺たちは乗り込むも、目的の駅に着くまで彼女は口を聞いてくれなかった。
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改札を出ると、駅前は人で溢れていた。
「凄い数だな」
「皆、祭りに行く方々ばかりでしょうね。私も毎年家族で来てるんですよ、ここのお祭り」
「へえ、そういえば聞いてなかったけど、何で今日俺を祭りに誘ったの?」
一瞬、聞いちゃいけないことだっただろうかと迷ったが、彼女は忘れてたとばかりに俺に理由を聞かせてくれた。
「その……あの時のお礼がしたくて」
「あの時?」
「祐二くん、合宿の時私を助けてくれたじゃないですか。そのお礼をと……私のお気に入りを紹介してそれで楽しんでもらえたらなと思って」
別にお礼を求めてるわけじゃなかったのだけど。それでも、彼女が俺の為に何かしてくれるという事実はすごく嬉しくて、俺はつい口元が緩みそうになった。
「そうか、ありがとう。なら楽しまなきゃね」
「はい! 最後には近くの河原で花火が上がるんですよ、楽しみにしていてくださいね!」
俺たちは人の流れに乗りながら談笑し、神社へ向かった。
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神社前に到着した俺たちは入り口の大きな社を潜る。
拝殿へと続く参道の両脇には沢山の屋台が並んでいて、参道は人でごった返している。
結構大規模なお祭りらしい、駅で見かけた人が少なく思えるような、それくらいの密度だった。
「すごい数だ、下手したらはぐれそうだね」
「そうですね、じゃあ、手、繋ぎましょうか?」
そう言って手を差し出すしおん。
からかってるのだろうか、笑顔だが無理してるのは顔の赤さで十分理解できた。
俺はその表情が可愛く思えてしまい、つい意地悪をしてみたくなる。
「そうだね、じゃあ繋ごう」
差し出された手を
「え……!?」
戸惑いを隠せない彼女の顔を見て、俺は満足していた。だがここで終わらない。意地悪心に火がついてしまい、もう少しからかってみる事にした。
「ん、嫌だった? しおんが言い出した事だけど、やっぱやめる?」
「意地悪……このまま、繋いだままでいいです」
しおらしくそう言う彼女を見て、自分の心拍数が上がるのを感じる。
「(平常心だ……平常心を失うな!)」
自分にそう言い聞かせながらなんとか平然を保つ。実際保ててたかどうかは分からないが。
俺たちはゆっくりと、店を見てまわることにした。
「あ、祐二くん! あれ、あれやりましょう!」
しおんが指さす先、その屋台を見る。
「金魚すくいか、よし、腕の見せ所だな」
「勝負します? 私、結構得意なんですよ?」
「ほほう、望むところだ!」
俺たちは金魚すくい用のポイを受け取る。こうして金魚すくい勝負が始まった。
結果的にはしおんの圧勝だった。
俺は一匹もすくうことができず、対するしおんはというと、なんと一本のポイで十匹もすくいあげてしまったのだ。
「うおー! お嬢ちゃん上手いなあ! これじゃあ俺の店潰れちまうよ!」
屋台のおじさんはそう言ってガハハと笑い声をあげる。
「あ、でも、この金魚は全部お返しします。うちでは育てる事ができないので」
「おや、そうかい? まあ楽しんでもらったなら何よりだ、じゃあ代わりにこれをあげよう」
そう言うとおじさんは二枚の色紙を俺に渡してきた。
「これは……引換券?」
「すぐ向かいにある屋台の引換券さ、使ってくれや」
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ、お二人さんも良い祭りになるといいな、彼氏の方はしっかり嬢ちゃんの手引いてやんな、離すんじゃねえぞ!」
追い立てられるようにその屋台を離れた俺たちは、向かいの店で買い物をすることにした。
「カップル……だと思われちゃったね」
「……はい」
意識した途端、手を繋いでるのも恥ずかしくなってきた。おっちゃん、余計な事言うなよ……
俺は顔の火照りを感じ、それを気付かれないように話題を目の前の屋台に向ける。
「何でも交換できるらしいけど、しおんは何食べたい?」
「そうですねえ、じゃあ、リンゴ飴!」
「じゃあ俺はたこ焼きにしようかな」
券をそれぞれ目的の食べ物に替えてもらうと、俺たちは再び参道の奥へと歩き出す。
リンゴ飴を小さな口で
お互い手を繋いだ状態で歩いている為、俺はたこ焼きを食べれない事に気付く。
「(まあ、どこか休憩できそうな場所で落ち着いてから食べよう)」
当分たこ焼きはお預けとなったので、しおんに話題を振ることにした。
「しおんってリンゴ飴好きなの?」
「好きですよ、やっぱりお祭りの定番といえばリンゴ飴だと思います」
「ふーん、俺リンゴ飴って食べたことないんだ、一口食べさせてよ」
またしても失言。これじゃあまるで本当のカップルみたいじゃないか。
「はい、いいですよ」
え、いいの? 戸惑う俺に彼女はリンゴ飴を差し出してきた。
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
彼女の噛んだ跡が白く残っているのが見える。
俺はその反対の場所にかじりついた。
歯に引っかかる硬い飴の感触に戸惑うが、勢いよく噛み抜くと、シャリっとリンゴの食感が奥からやってきた。
飴の甘みとリンゴの食感、溶け合うようで溶け合わない二つの味を楽しむ。
「おいしいですか?」
「うん、おいしい、というか不思議な味だね」
「そうですね、何本も食べたいとは思いませんが、こういう特別な日は何を食べてもおいしく感じるものです……あっ……」
そう言った彼女は、リンゴ飴を再び囓ろうとして、今起きた事をやっと理解したようで、一瞬硬直してしまった。
「(やっぱり気付いてなかったんだな……)」
また何か言われるかと身構える。
「……」
微かに頬は赤く染まっているものの、彼女はそのままリンゴ飴を囓り始めた。
予想外の行動に戸惑うが、彼女はそのままリンゴ飴をを全部食べきってしまった。
「祐二くんは、たこ焼き食べないんですか?」
「うん、食べるにしても両手塞がってるし、どこか落ち着ける場所見つけて休憩しながら食べようかなと思って」
「そうですか、私が食べさせてあげましょうか?」
そう言うと俺の手に持ったたこ焼きの箱を開けると、爪楊枝でたこ焼きを刺し、俺の口元へ持ってきた。
「えっ」
「さっきのおかえしです」
リンゴ飴の仕返しなのだろうか、笑顔だが俺の戸惑う反応を見て楽しんでるようにも見えた。
「しおんって、もしかして意地悪?」
「祐二くんに言われたくないです」
終始笑顔を崩さない彼女に根負けし、俺は目の前のたこ焼きにかぶりつく。
時間が経ってるので若干冷めてはいたが、それでも特別な気持ちが相まっておいしく感じた。
「美味しいですか?」
「うん、美味しいよ、しおんも食べなよ」
「いいんですか? じゃあ遠慮なく」
そう言うとしおんは同じ爪楊枝で一個、たこ焼きを刺すとひょいっと口の中に入れる。
「少し冷めちゃってますね、でも、美味しい」
お互いたこ焼きを食べながら、気付けば屋台も終わり、拝殿が見える場所まで来ていた。あれだけ大勢いた人もここでは
「少し休憩しようか」
「あ、それなら良い場所があるんです。もう少し歩きますが大丈夫ですか?」
休憩を提案するが、しおんにも何か考えがあるのだろう、俺は彼女に手を引かれるまま奥へ向かった。
拝殿をぐるりと回り込むと、そこはフェンスが敷かれていた。
目の前には施錠されていない門扉があったが、しおんは躊躇なくそれを開ける。
「ここ、入っても大丈夫なの?」
「さあ? どうでしょう」
冗談っぽく片目を
「さあって……」
「ふふ、冗談です、大丈夫ですよ。この先は一般の人も入れるみたいです。昔聞きましたから」
そう言って門を潜り、俺たちは砂利道を進んでいった。
どれくらい歩いただろうか、オリエンテーリングで見た山道を彷彿とさせる道を進むこと数分、急に視界が開ける場所に出た。
「これは」
「ね? 良い場所でしょ?」
そこは屋根付きの展望台で、大きめの木のテーブルと長椅子が設置されており、街を一望できる場所になっていた。
既に日は沈み暗くなっていたが、街の灯りがこの景色を際立たせていた。
「凄いね、こんなキレイな景色が見える場所があったなんて」
「これを祐二くんに見てもらいたかったんです。ここからだと、これから始まる花火も綺麗に見えますよ」
景色に感動する俺に、しおんが補足するように説明してくれた。
俺たちは長椅子に座ると、しばらく目の前に広がる景色を楽しむことにした。
しばしの静寂──
しかし、それは今のこの時間に必要なものだった。
「祐二くん」
どれくらい経っただろうか、静寂を破るようにしおんが口を開く。
「合宿の時は、本当にありがとうございました」
「いいって、当たり前の事をしただけだよ」
「いえ、それでもお礼をさせてください」
「もう十分もらったよ」
「祐二くんは優しいんですね」
「さっきまで意地悪って言ってたのに?」
「そ、それとこれは別ですっ。今日の祐二くんはなんだか意地悪ですね」
「あはは、ごめんごめん、しおんと話してると、つい意地悪したくなって……ね」
「もう……」
少しふくれっ面の彼女だったが、静かに微笑むと、ゆっくりと話始める。
「私、祐二くんに何もかもしてもらってばかりで、それをお返ししたくて、それで──」
「俺、何かしたかな?」
「色々……です。特に合宿は、足を引っ張ってしまうだけの私の事を助けてくれましたし」
「チームだから当然の事をしたまでだよ」
「私が橋の上で動けずに居た時、祐二くんはすぐ駆けつけてくれました」
「あれは無我夢中だったな、今でも何でああしたのか不思議でさ」
「そう、なんですか?」
「うん、しおんが危ないって思ったらさ、頭の中真っ白になって、気が付けば勝手に身体が動いてた」
「……」
「きっと、しおんを失いたくないって思ったのかも」
「……」
「実は俺の過去、といっても今なんだけどさ、その過去にしおんが関わってる気がするんだ」
「私が……」
「勉強会の時、俺が唸りだしたって言ってたでしょ」
「え? あぁ……はい、あの時は驚きました」
「あの時にもさ、実は"別のしおん"を見たんだ。きっとそれも俺の過去の片鱗なんだと思う」
「その、記憶の私は祐二と何をしていたのでしょうか」
「それは……」
少し迷った。『恋人みたいだった』なんて俺の主観でしかないし、言うべきではない気がした。
「きっと、今とは違う関係……だったのかもしれない」
表現を曖昧にして伝える。
「今とは違う……」
しおんは上手く噛み砕けていないような顔をしながら、考え込むような仕草を見せた。
俺は話を続ける。
「何でだろうな、しおんの事を考えるとさ、頭の中にモヤが掛かったような気持ちになるんだ」
そうだ──
「あくまで俺の事情を知ってる部活仲間で、友達で、よき協力者だと思ってた」
違うだろ──
「今まで見た事は俺の勘違いで、夢で見た光景もたまたま予知夢だったのかもしれない」
何言ってんだ俺──
「それにいつか、もしかしたら俺は元の時代に帰ることになるかもしれない。そうだとしても、この気持ちに嘘はつきたくない」
ダメだ、言うんじゃない──
心拍数はどんどん上昇し、心臓の鼓動で身体が揺れるのを感じる。
俺は意を決して最後の言葉を絞り出した。
「しおん、俺は君のことが好──」
好きだ──
その言葉の最後を言い切る直前、目の前が花火の色鮮やかな光に染まり、大音量の炸裂音に俺の声はかき消される。
言ってしまった。が、彼女にこの言葉が届いたかどうかは分からなかった。
だが、目の前の女の子は目を見開き、しばらく
静かに顔を上げるとこちらを見つめ、そして口を開く。
「祐二くん、私──」
再びの炸裂音、彼女の声はかき消されてしまった。
色鮮やかに照らし出されるその瞳には大粒の涙が見えた。
しおんが俺に何を言おうとしたのかは分からなかった。分からなかったが──
「……」
「……」
この重なる互いの唇が、全てを語ってくれていた。
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