第17話 お互いの気持ち
いつもと変わらぬ朝、そのはずだった──
「あれ、もう朝か……」
俺はベッドで目を開けたまま一睡もできず、鳥の
窓から見える空はまだ暗いが、視界の端では青みがかった明るさが徐々にその暗闇を侵食しているようだった。
「夢……じゃないよな」
唇に手を当て、昨日の出来事を思い出してみる。
あの時泣き出しそうな顔をした彼女の顔、彼女から触れてきた唇、花火に彩られたあの夜の出来事がまだ鮮明に思い出せた。
しかし、よほど緊張していたのだろう、あの後何を話したのか、あの後どうやって帰ってきたのかは思い出せないでいた。
未だに現実味が無くて、あの出来事は実は夢なんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
そんなことを考える内に、すっかり外は明るくなっていた。
「……そろそろ準備しなきゃ」
ふらつく足で部屋から出ると、俺はいつものようにリビングへ向かった。
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「ねえ、
突然の
いつものように由美と二人で学園へ向かう途中、またしても昨日の事を考えるあまりぼーっとしてしまったようだ。
「え? ごめん、なんて?」
「もう、やっぱり聞いてない! ほんとに大丈夫? さっきからぼーっとしぱなしだよ?」
「ごめん」
「それになんか目のクマすごいよ、もしかして寝てないの?」
心配そうに見つめる彼女に、俺は正直に答えることにした。
「なんか寝付けなくてさ」
「また漫画ばっか読んで夜更かししたんでしょ、祐二らしいっちゃらしいけどさ、そんなんじゃ身体持たないよ?」
「うん、気をつけるよ」
昨日の事を由美に話すわけにもいかないよなと思い、余計な事は言わない。
「まあいいや、あ、そうだ」
思い出したかのように由美は言葉を続ける。
「部活なんだけどさ、私、家の用事でしばらく行けなくなるんだ」
「そうなんだ? 何かあったのか?」
由美が言った言葉に疑問を感じた俺は、その理由について聞いてみたくなった。
「お母さんがね、昔の友達と旅行に行くとかで今日から出掛けちゃうんだ。それでね、お父さんの晩ご飯とか私が作らなきゃいけなくなったからしばらく部活には顔出せないの。ごめんね」
まあ、特に忙しい訳じゃないからそこまで謝る必要はないとは思ったが、由美は自分が部活に参加できないことを申し訳ないと思っているようだ。
「そうか、なら仕方ないな。わかった」
「しおんちゃんには私から言っておくから」
しおんという言葉に心臓が跳ね上がる。
「お、おう、マカセタ」
「うん? 何でカタコトなの?」
突然の事に上手く声が出せなくて変な返事をしてしまい、それを由美は見逃さなかった。
「いや、何でもないよ、別の事考えててさ……」
苦し紛れの言い訳をしてみるが、由美は特に興味はなさそうに「ふーん」と言うと、俺から視線を外した。
俺は内心ほっとすると、今になって寝不足の反動がやってきたかのように、身体がずんと重くなるのを感じる。
「……」
「……」
無言の通学路。特に何を話す事もなく、俺たちは学園の門を潜った。
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「おはよう
「おう、おはよう祐二」
俺は席につくと、翔太はぐるりと反転して俺を真正面に捉える。
「じゃあ早速……
「な、なんだよ」
いきなりフルネームで呼ばれて身構えると、翔太は真剣な顔をしながら身を乗り出してくる。
「合宿ではお楽しみだったなこの野郎ぉぉぉぉ!」
そして怒号──
俺は翔太に両肩をガシッと捕まれると、そのまま前後に揺さぶられた。
「翔太、やめろ……もうヤバイ」
寝不足の反動をジワジワと感じ始めた頃にこの仕打ちは正直言って辛い。
俺は頭を揺さぶられる感覚に吐き気を感じ、翔太を必死に止める。
やっと離してくれた翔太だが、まだ興奮が収まらないらしく話を続けた。
「お前、肝試しの時に
ああ、あの時の光景見られてたのか。
確かにキャンプ場についてから彼女を下ろしたから、それを誰かに見られていても不思議はなかったかな。
しおんの人気ぶりからこうなることは予想できていた筈だが、あの時の状況が状況だけにそこまで考える余裕は持ち合わせていなかった。
「それにだ、キャンプファイヤーでお前と綾崎さん踊ってたって、クラス中の噂だぞ。主に男子だが」
「ま、まあそれは流れというか、何というか……」
そう、ダンスだけじゃない、場の流れとはいえ俺は昨日あんなことを言ってしまった……
また昨日の事を思い出してしまい、かぶりを振る。
翔太はやっと冷静になったのか、今度はどんよりと暗い顔をしながらポツポツと呟きだした。
「はぁ……俺も部活入っとけばよかったかな……」
「そんな気持ちじゃ入部できないぞきっと」
流石に下心丸出しの翔太を許すわけにはいかず、俺は冷めた意見を彼に投げつける。
「うるせえ、お前に言われたくねえ」
翔太を含め、周りの反応を久々に感じることができた俺は、彼女の人気ぶりを再確認すると同時に、未だに自分がおかれた状況が夢でないことに自信が持てずにいた。
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放課後、いつものように部室に向かう。
今日は由美が居ないので、必然的にしおんと二人きりとなる。
鼓動の高鳴りを必死に抑えながら、見慣れたドアを開いた。
「あ、祐二くん……」
いつものように、彼女は俺が来るのを座って待っていた。
「や、やあ」
ぎこちなく返事し、俺は部室へ入る。
そしていつもの席に腰掛けると、何を言っていいのか分からず無言になってしまった。
「……」
「……」
居心地の悪さを感じ、何か言わねばと頭を巡らせるが、何を言っていいのか分からずただ沈黙するのみである。
先に口を開いたのはしおんだった。
「あの、祐二くん」
「な、なに?」
またしてもぎこちない返事をしてしまう。あの時の俺はどこへ行ったんだと心の中で舌打ちする。
「昨日は、その、ありがとうございました」
「昨日……」
「私、つい嬉しくてあんなことを……」
微笑みを崩さないしおん。だが、その頬はほのかに赤く染まっていてまっすぐ俺を見つめてくる。
瞳は微かに潤んでおり、特別な感情が見て取れた。
やっぱり夢ではなく、昨日の夜の出来事は全て現実なんだと今やっと自覚する。
「いや、俺の方こそ、あの時は上手く言えなくてごめん」
今思えば勢いで言っただけで内容はメチャクチャだったし、うまく伝わったかどうかも自信が持てなかった。
俺はそのことを謝ると、彼女は少し困ったような顔をした。
「あ、あの……祐二くんは、私なんかで良かったんですか?」
「え?」
突然の言葉に俺は何と言えばいいのか分からずにいた。
それを見たしおんは、話を続ける。
「その……私なんかが、祐二くんと釣り合いが取れるのかなと──」
「そんなことないよ!」
思わず声が大きくなる。
それを聞いたしおんは驚いたように固まった。
「釣り合いが取れるか自信が無いのは俺の方だよ、こんなに素敵な子が俺を受け入れてくれたのが今でも信じられないくらいだ」
「そんなことないです、祐二くんはいつでも優しくて、私のダメなところをしっかり叱ってくれて、そんな祐二くんだから私は……」
言葉に詰まるしおん。
俺はこのタイミングを逃すまいと口を開く。
「俺はしおんが好きだ」
あの時かき消されてしまって上手く伝わったかどうか分からない言葉を、誰にも邪魔されないこのタイミングでもう一度言った。
「私も……祐二くんが好きです」
しおんは、今度は穏やかな微笑みとともに、俺にそう言ってくれた。
「やっと言えた……あの時ちゃんと伝わったか不安だったんだ」
「あの時も、ちゃんと聞こえてましたよ?」
少し困ったように微笑む彼女を見て、なんだか恥ずかしさと可笑しさについ吹き出してしまう。
「ぷっ、あはは」
「何で笑うんですかぁ! ……ふふふ」
今度はちゃんと言えた。そのことが嬉しくてつい二人で笑ってしまった。
「ごめんごめん、改めて言うよ……これからもよろしくね、しおん」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね、祐二くん」
なんだか胸のつっかえが取れた気がした。
俺たちは、ここでやっとお互いの関係を再確認できたのだ。
「あ、そういえば、しばらく由美さん部活に来れないそうです。って、祐二くんは知ってますよね」
「うん、朝に由美から聞いたよ」
「そうですか……」
彼女の表情に少し影が落ちる気がした。
「どうしたの?」
「祐二くん、私たちはもう恋人同士です」
「は、はい」
俺をまっすぐ見つめて言う彼女の表情は真剣そのもので、俺はその何も言わせないと言うような表情に気圧されていた。
「お二人が幼なじみだから一緒に登校するのは仕方ないです。ですが──」
「……」
「由美さんに変なこと、してないでしょうね?」
今度は笑顔で──笑顔だが、笑ってない、少し怒ってる?
俺は何か怒らせるような事をしてしまったのかと慌てて弁解する。
「へ、変な事なんかしてないって!」
「本当に?」
「本当だよ! 断言する」
「そうですか、ならいいです」
満足したような顔をする彼女に、俺は少しほっとした。
「私も、家が近かったらなぁ……そうしたら祐二くんと一緒に登校できるのに……由美さんがうらやましいです」
独り言のようにポツリと呟く彼女の表情は、どこか寂しげだった。
「それは仕方ないよ、俺も残念だと思うけど」
「でも、本当にうらやましいんですよ? 祐二くん、いっそのこと私の家の近くに引っ越しません?」
「いくらなんでもそれは冗談でしょ!?」
突拍子もない事を突然言われ、ついツッコミを入れてしまう。
もちろん彼女も本気で言ったわけではないのだろう、俺の行動を見てクスクスと笑い出した。
「ふふ、もちろん冗談です、でも一緒に登校したいっていうのは半分本気ですよ?」
舌をぺろっと見せるしおん。
しおんって意外と束縛するタイプだったりするのだろうか……
本気で悔しがる彼女の顔を見て、俺はこれからの学園生活がどう変わっていくのか少し不安になった。
「流石に登校は無理だけど、お昼一緒に食べるとか、そういうのはどうかな? 学食で食べるよりは、どこか広いところで二人きりで……さ」
そう提案してみると、彼女の顔はぱあっと明るくなった。
「いいですね! あ、じゃあ私祐二くんの分のお弁当作ってきますよ!」
しおんの手作り。その言葉は凄く嬉しかったのだが、同時に合宿のトラウマが蘇る。
俺はしおんにしっかり釘を刺しておく事にした。
「変な調味料は入れないでね?」
「もう、その話は止めてください! あれから勉強したんです。大丈夫ですから!」
こういった話題でふくれっ面になるのも毎度の事だ。
俺は、彼女が料理そのものは得意なのは知っているので、素直に受け入れることにした。
「それなら楽しみにしていいのかな」
「もちろんです、楽しみにしていてくださいね! あ、祐二くんの好きな食べ物ってありますか?」
メモを取り出し、書き留めようとするしおん。
俺はお昼に食べたい食べ物について思考した。
「そうだなあ、卵焼きとか、サンドウィッチとか、野菜はトマトが好きかな」
「なるほど……わかりました、じゃあ、嫌いな食べ物とかあります?」
「特にないよ、何でも食べれる」
「そうなんですか、お野菜とか苦手なものも無いんですか?」
「無いね、そういうのは卒業してるから……まあ俺、こう見えて大人だし」
「今は高校生ですけどね?」
「そりゃそうか、あはは」
絶妙なツッコミが入り、俺は吹き出してしまう。それにつられてしおんも笑い出した。
「ふふ、分かりました、じゃあ私に任せてください。明日のお昼は楽しみにしていてくださいね」
「うん、楽しみにしてる」
彼女の本当に楽しそうな笑顔を見ながら、俺はすっかり忘れかけていたと話題を変える。
「じゃあ、話は変わって今後の部活なんだけど──」
俺は合宿で一度中断した部活のテーマ決めについて、話し合おうと考えていたのだ。
「次のテーマはまだ決まってないけど、何しようか」
「そうですね……私は、やはり七不思議の七つ目の謎について、再開してもいいと思ってます」
「それは……」
七不思議の七つ目──
過去と未来を垣間見ることができる不思議な場所。立ち会えた人間は、そのどちらにも行く事ができるとか。
俺は以前しおんから聞いたその内容を思い出していた。
でももしあの話が本当なら、もし未来に戻れるのなら、この幸せな時間が終わってしまうことになる。
「祐二くんの言いたい事は分かってます。もし祐二くんが未来に帰ってしまったら、この幸せな時間は終わってしまう。でも──」
しおんは少し悲しそうな顔をするが、すぐにかぶりを振ると姿勢を正す。そして俺に向き合うと真剣な顔でこう続けた。
「でも、祐二くんが帰ってしまっても私は覚えてます。祐二くんもその時代で私を覚えてくれていたら、私たちはきっとまた会えます」
そうか、俺はあの合宿の時、彼女の未来を変えたんだ。
このまま時が進むのなら、この先にはしおんが居る。
そこでまた出会えばいい。
「それに、祐二くんはどう思っているか分かりませんが、戻れるという保証も無い……です。そうしたら──」
もしこのまま戻れないとしたら、それはそれでここからスタートすれば良いだけだ。
「そうだね、ごめん、俺なんだか不安だったんだ。それでつい、問題を先送りにしたいと考えてたのかも」
「私も、もし"今の祐二くん"が居なくなってしまったらしばらく立ち直れないかもしれません。でも、問題から目を背けるのは違う気がします」
しおんは、今後もつきまとう心配事を全て絶ったうえで俺と真剣に付き合おうとしているのだ。
不安であるのは彼女も一緒だ、それから逃げるのは確かに違うと思う。
俺は綾崎しおんという女の子の事をまだ理解していなかったのに気付かされた。
「しおんの言う通りだ、俺も、逃げるのは止めるよ」
「はい! それじゃあ、不思議部の活動テーマは決まりですね」
「うん、早速これからの方針を決めよう」
こうして俺たちは、再び七不思議の七つ目の謎についての解明をテーマに、今後の方針を話し合った。
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