第14話 それぞれの想い:綾崎しおんの場合

「ふぅ……」


 家に着いて早々にお風呂に入ることにした私は、湯船に浸かりながら合宿の疲れを洗い流していた。


「はぁ……」


 何度ついただろう、もう数えるのも億劫になってしまう程ついた溜め息が水面に波紋を浮かべて広がる。


祐二ゆうじくん……」


 無意識に口から出てきた男の子の名前、部活のメンバーであり、合宿を供にしたチームメイトであり、私を救ってくれた命の恩人。

 その名前を口にした途端、何も考えていないのに頭の中がいっぱいになる気がして、他の事を考えることができなかった。


「もう、あがろう……」


 もう最後にしようと静かな溜め息をついた私は、お風呂から出る決心をした。



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 自室の机に座り、日課にしている日記帳を開く。


「合宿の分も忘れないうちに書かなきゃ」


 私は記憶を二日前にさかのぼり、回想の旅を日記帳に記すことにした。



 七月○日。合宿一日目──

 合宿を心待ちにするあまり、一時間も早く現地についていました。

 早く二人も来ないかな? なんてはしゃぎたくなる気持ちを抑えながら待っていると、祐二くんと由美ゆみさんが改札から出てくるのがわかり、気がつけば手を振っていました。

 子供っぽいと思われなかったでしょうか? 少し反省です。

 祐二くん、リュックが膨らんでいてとても重そう。

 けど彼は私や由美さんに心配させまいと元気な顔を見せてくれて、力になれない私は何だか申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 キャンプ場へ到着すると、やっぱり無理をしていたのか到着するなり倒れてスヤスヤと寝息を立てる彼を顔を見て、思わずクスっと笑ってしまいました。

 その後は、テントの張り方が分からず由美さんと迷っていた時、祐二くんがやってきて手際よくテントを張ってくれてとても頼もしかったです。

 それから夕飯の支度──



 そこまで書いたところで、また、今度は大きな溜め息が出てしまう。


「はぁ……私ったら何であんなことを……」


 中断した回想の旅を再会する。



 ──それから夕飯の支度、私は今日頑張ってくれた祐二くんの為に、由美さんと協力してカレーの準備に取りかかりました。

 お野菜の準備は由美さんにお任せして、私は調味料を色々……すみません、ここからは私の懺悔ざんげです。

 色々入れました。高麗人参の入った栄養ドリンクや、マムシエキス、それから──



 私は震える手で投入したモノを書き並べた。


「私って料理の才能、無いのかなあ……」



 ──私は由美さんに味見をお願いしましたが、なぜか引きつった顔をしてなかなか口をつけてくれない由美さん。

 少し不安になりました。それが表情に出てしまったのでしょうか……

 由美さんは優しいです。私の心情を察してくれたのか、その後勢いよく口をつけてくれて、結果的には倒れてしまいました──



「うぅ……書くのが辛い……」


 ぷるぷると震える手を必死に押さえながら、私は日記を続ける。



 ──由美さんは疲れて寝てしまったのでしょうか? その時は本気でそう思っていました。

 その時からでしょうか、やけに周りが賑やかというか、騒がしくなった気もしていました。

 本当はそこで気付くべきだったのかもしれません。

 由美さんから味の評価を聞けず困っていたところへ祐二くんがやってきて、私は祐二くんに味見をせがみました。

 祐二くんも由美さん同様引きつった顔をしていましたが、私はなんだかそれがとても可愛く思えて、つい──



「あぁ……恥ずかしい……!」


 ついにペンを手放してしまった。


「勢いとはいえ、男の子に『はい、あーん』なんて……」


 顔が赤くなるのを感じる。

 少し気持ちを落ち着かせてから、再びペンを取った。



 ──祐二くんは倒れてしまいました。

 由美さんが起き上がるなり祐二くんを連れて一緒に外に出てしまうのを見てその時私は少し苛立ち、そして同時に悲しかったのだと思います。

 私の料理を否定されたような、そんなことを思ってしまい、つい子供っぽくふくれっ面になっていました。

 しばらくして戻ってきた祐二くんは私を叱ってくれました。とても辛かったです。

 でも、なぜでしょうか、辛い以外の感情がそこにはありました。

 しっかりとダメなところを叱って、ちゃんと意見を言ってもらえる……

 今までそういった経験が無かった私は、それがとても心地よく感じました。

 その後のお二人が奮闘する姿を見て、少しモヤっとした気持ちになったのは何故でしょうか? 今でもそれは解らずにいます。

 それから──



 私は一日目の日記を書き終え、そのまま二日目の日記をつけ始める。



 七月×日。合宿二日目──

 早朝、まだ日も昇らぬうちに目が覚めた私は、由美さんに抱きつく形で寝ていることに気付きました。

 普段から抱き枕を抱いて寝ているからでしょうか、由美さんが起きなくて良かった……

 それから、祐二くんが起きたのでしょうか? 隣のテントからガサゴソ音がしたので、外を見るとやっぱり祐二くんでした。

 祐二くんがどこかへ歩いていったのを見て、こっそり後をつけることにしました。

 なんだか探偵の尾行みたいで少しワクワクしました。

 彼は──



「……」


 回想の旅はオリエンテーションへと移り──



 ──山頂で三人でお昼寝。普段そんな事はしないのにあの時の私はどうかしていたと想います。

 少しはしゃいでいたのかもしれません。

 そしてまたしても、お昼寝しながら今度は祐二くんに抱きついてしまい──



「~~~ッ」


 そして肝試しの夜の出来事に差し掛かった。



 ──気付けば私は橋の上に立っていました。パニックになっていたのでしょう。

 高いところが苦手な私は足がすくんでしまい、立つことができずにいました。

 激しい雨と風、そして鳴り響く落雷の音に怯え、すごく心細かった……

 泣きそうになっていた私を呼ぶ声が微かに聞こえた気がしました。私はそれが祐二くんだとすぐ分かり返事をしますが震えてうまく声が出せません。

 強い風に揺れる橋。彼はそんな私の元へ駆けつけてくれて、手をとり──



『立て! しおん!』


「っ……」


 そのときの彼の言葉を思い出し、ドクンと心臓が跳ねる。


「なんだろう、これ。不整脈? いえ、気のせい……かな……」


 日記に集中していたせいか、妙に顔が火照っている気がする。


「……風に当たろう……」


 私はペンを置くと、すぐ側にある窓を開けた。

 昼とは違い、優しく心地よい風が火照った顔を冷ましてくれる。


「あぁ、涼しい……」


 しばらくその風に当たりながら、肝試しの夜、あの日記の続きを思い出していた。


「しおん……」


 自分の名前を口に出してみる。

 由美さんも呼んでくれるし、下の名前で呼ばれる事には慣れているつもりだった。

 けど、祐二くんに呼ばれた時、今までとは違う特別な気持ちになったように感じた。

 それが何なのかは今でも分からない。というより、その気持ちをどう表現したら良いのかが分からなかった。


「しおん……か……」


 何だろう、この気持ち。

 それに、きっとあの時あのまま誰も来てくれなかったら私は落雷で崩れる橋と一緒に落ちて……恐らく無事ではいられなかったと思う。


「(祐二くんは私の命を救ってくれた)」


 私を背負った彼の背中はとても広くて、硬くて、安心できて──

 

「駆けつけてくれた人が祐二くんで良かった……って何言ってるんだろ私……! でも──」


 私は祐二くんに恩返しがしたい。

 キャンプファイヤーでのダンスで、私は彼に何かしてあげたくて思わずダンスに誘っていた。

 そんな祐二くんは、逆に私をダンスに誘ってくれた。

 慣れない事をしていた事は彼の声が震えているのを聞いたから、私でも理解できた。

 でもそれが嬉しくて。


「そうか、私、嬉しかったんだ……」


 祐二くんに助けてもらって、祐二くんに名前を呼んでもらって、祐二くんにダンスに誘ってもらえて。

 それが嬉しかったんだ。


「って、私さっきから祐二くんの事ばかり考えてる……」


 だけど私は……彼に何をあげられるんだろう?

 机に置いてあるカレンダーが目に留まり、それを眺める。


「……あっ」


 私はカレンダーの赤丸がついた箇所、そこに書いてある文字を見ると即座に携帯電話を手に取りアドレス帳を開く。

 そして、リストの一番上にある番号を選び、迷わず通話ボタンを押した。

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