第13話 それぞれの想い:英田祐二の場合
合宿キャンプから戻った日の夜、俺は一人、部屋でゴロゴロとしていた。
別に暇というわけではないのだが、こうしていたのには理由があった。
「痛え」
普段からまともに運動なんてしたこと無かったのが悪いのだが、慣れない山道を歩いたり走ったりしたのだ、その反動が翌日の朝すぐやってきた。
それはしおんや由美も同じだった。帰り道のあの長い下り坂、ただ下るだけで全身に痛みが走り、そのたび俺たちは小さな悲鳴をあげていたのを思い出す。
「しかしこうなるのも若いって証拠なんだよなあ、変なの、ははは」
運動した後、二日後に筋肉痛がやってくるのが当たり前だった"あの頃"を思い出し、少し笑ってしまう。
「合宿楽しかったな」
俺は、合宿の日のことを振り返っていた。
最初は料理まで完璧なんじゃないかと思っていたしおんが、実は料理が下手……いや、独特の感性を持っていた事には驚かされたっけな。
だけどそれは、俺たちの事を気遣ってくれた気持ちの表れだったことも確かだ。
「でも、流石に栄養ドリンクはないだろ……」
あの時味わったカレーでないカレーの味と臭いを思い出しそうになった。
「うっ……思い出すの止め」
そして
普段見せない母性というやつなのだろうか、あんな優しい由美を見るのは初めてだったな。
それに料理は自信ないと言っておきながらあの手際の良さには正直驚かされた。
二日目の肉じゃがは半分は由美が作ったようなものだった。
「由美の肉じゃが、今度食べさせてくれるって言ってたけど、ちょっと楽しみだな」
記憶を巡る回想の旅は二日目に差し掛かっていた。
オリエンテーション──
「しおんって、もしかして寝相悪いのかな」
俺は、山頂で休憩していた時の出来事を思い出していた。
「まさか抱きつかれるなんて、それにしても──」
まだ左腕にあの時の感触を思い出せそうだった。
「柔らかかったなあ……っといかんいかん」
下心丸出しの思考を否定し、回想を続ける。
「肝試し──」
しおんが怖い話が苦手って事には驚いた。
七不思議なんて研究してる彼女が、怪談話になると途端に距離を置いたり、何より脅かし役の
「でも、なら、なんで七不思議なんて調べてるんだろう?」
そこは少し疑問だった。
怖い体験は苦手だけどオカルト話は好きだって人も居るくらいだし、きっと彼女もそのタイプなんだろう。
多分怖い物見たさとか好奇心が勝った結果なんだと思う。
「だからってあんなに走らなくても……」
少しため息が出た。
そこからの記憶はあまりにも刺激が強すぎて、まだ脳裏に鮮明に焼き付いて離れないのだ。
そこからは自問自答が始まる。
あの夜、何故俺はためらいもなく山道へ走っていけた?
「それは、しおんを助けなきゃと思ったから」
何故、しおんが危険だと思えた?
「それは、夢であの光景を見たから」
何故、あの光景を自分の過去だと思えた?
「それは、そう確信してしまったから」
何故、過去の記憶と確信できた?
「それは──」
分からない。
だが、結果的に彼女を救う事ができたのは確かだ。
けれどもそれ以上に何か大切な事を忘れている気がする。
「何かが、違う気がする……」
それが何かは分からない。
あの日、彼女を失うのかと思った瞬間、ぽっかりと胸に穴が開いたような感じがした。
その穴はとても深くて、冷たくて、そして悲しくて。
それに耐えきれなくて俺はあの時駆け出し、そしてあの場所で彼女の名を叫んだ?
「……かもしれない」
俺にとって綾崎しおんとは──
「……何だ?」
確かに彼女は魅力的な女の子だと思う、だがそれ以上に、初めて会ったあの日から俺は彼女に惹かれる何かを感じていた気がする。
以前、勉強会の時に見た俺の知らない光景、その時の彼女の俺を見つめる目、そしてそれを見つめ返す俺自信が感じた気持ちと今の気持ちを照らし合わせてみる。
「そうだ」
俺にとって綾崎しおんとは──
「もしかしたら俺、しおんのことが……」
好きなのかも知れない。
「うん、なんかしっくりくる」
じゃあ、彼女は俺の事をどう思ってるのだろう?
「どうなんだろう?」
確かに部活を通して、軽い冗談を言い合える仲にはなったと思う。
それに合宿二日目、キャンプファイヤーを囲んで踊ったあの夜の彼女の俺を見つめる目。
あれはまるで俺に対して──
「いやいや、それは流石に自意識過剰だ」
それに、俺はもしかしたらいつかこの時代に居られなくなる可能性だってある。
もし仮にその瞬間が訪れたとしたら、俺は平気でいられるのか?
このまま何事もなく平穏に学園生活を過ごした方が良いのではないか?
「でも、本当にそれでいいのか……?」
そんな事を考え、また思考は振り出しに戻る。
「考えても、まとまんねえや」
俺は思考を止める。
あんな事が起きたんだ、まだ熱が残ってるのだろう。
また落ち着いた時にこの事を考えればいい。まだ時間はあるのだから。
「考えるのは今は止めとこう」
そう考え、今日はもう寝ようと部屋の電気を消す。
そのときだった。
「ん? 電話?」
机の上に置いていた携帯が鳴り出した。
俺は携帯の着信を知らせる光を頼りに暗い部屋を進み、それを手に取る。
「誰からだろう?」
携帯の画面には『綾崎 しおん』の文字が表示されていた。
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