第4話 不思議部

「急にお邪魔してごめんね綾崎さん」


「いえ、それで飯田いいださん、今日はどんなご用で?」


 立ち上がる綾崎あやさきさんは絵里えりに向かってたずねる。


「今日は不思議部の部員のことで話しがあって来たの」


「そうですか」


 すこし困った表情をした綾崎さん。何かあったのかな?


「三年の部員が抜けてから、まだ綾崎さん一人よね? このままだと部として認めるわけにはいかないの。六月中に最低でもあと一人は入ってもらわないと、この部室を明け渡してもらうことになるわ」


 今は五月、とはいってももうその折り返しだ、長くても一ヶ月半しかないことになる。

 御柱学園で文系の部活が多いのには理由がある。それは部として認められる部員数が少ないことだ。部長を含め、その部のメンバーが二人いれば部として認められるのだ。

 しかし、綾崎さんの不思議部は、今聞いた限りだと部員は綾崎さん一人のみ。このままでは部として活動は認められないわけだ。


「はい、わかってます……すみません、それなのにまだ部室を使わせて頂いて」


「いいのよ、私も心配してるのよ? じゃあ、部員集め頑張ってね。それじゃあ私、このへんで失礼するわ」


 そう言って去ろうとした絵里は忘れてたとばかりに綾崎さんに振り向く。


「あ、そうそう、そこの英田あいだくんがあなたに聞きたい事があるそうよ、お話聞いてもらっていいかしら? それじゃあ祐二ゆうじ、またね」


「ああ、ありがとう絵里」


 そして絵里は部室を出て行った。


「……」


「……」


 部室に二人きりの状況。互いに無言の時間が流れる。

 気まずい──


「……それで、英田くん……でしたっけ?」


 最初に口を開いたのは綾崎さんだった。


「その、先ほども言いましたが、不思議部部長の綾崎しおんです。それで、聞きたい事って何でしょう?」


「あ、いや、その……不思議部に興味が湧いたというか、どういう部活なのかなって聞きたくて。他のやつに聞いても全然知らないらしくてさ」


 これでいいだろうか。不振がられていないだろうかと心配したが、綾崎さんの表情はその心配に反して少し明るいものになっていた。


「不思議部に……ですか? そうですね、簡単に説明すると学園の不思議について研究する部……といったところでしょうか」


「学園の不思議?」


「ええ、学園に限った話ではないですが、学園内外の怪奇現象やパワースポット、そういった事象や場所から、土地の歴史を紐付けて研究するのがこの不思議部です」


「へ、へえ……でもそれならオカルト研究部ってあるよね、その部でもやってることなんじゃ?」


「オカ研は主にネットから拾ったオカルト情報を集めて楽しんでる部活……らしいです。なので、オカ研と不思議部では対象が違うんです」


 オカ研……そんなだらけた部だったのか。確かに綾崎さんの言うようにこの部は似て非なるもののようだ。


「な、なるほどね」


 不思議部の事はなんとなく理解した。だがそんな部活に俺がこの年から入部するなんて、何かきっかけがあったのだろうか。やっぱりまだわからない事がある。

 再び静かになる部室。何か話した方がいいかな?でも何を話す?


「そ、そういえば綾崎さん昨日校舎裏の空き地に居たよね?」


「え、なぜそれを……?」


 綾崎さんは不思議そうな顔で見てくる。やっぱりあれは綾崎さんだったか。


「実は昨日、俺もあの場所に居たんだ。それで、去り際に綾崎さんがあの空き地で立って何かしてるのが見えたからさ」


「そうだったんですか……」


「それで、何もない空き地で何をしてたの?」


「それは……その……」


 綾崎さんが言葉に詰まる。

 俺何かマズい事聞いちゃったかな?

 ふと、足下に何か落ちてるのに気付いた。メモ帳だろうか。


「あ、綾崎さんこれ落ちてるよ」


「え? あ! それは──」


 俺は手に取ったメモ帳の表紙に何か書いてあるのに気付く。

 可愛らしい丸っこい文字で──


「七不思議ノート……?」


「ああ!見ちゃダメ!」


「綾崎さん、七不思議好きなの?」


「~~~ッ!」


 綾崎さんは顔を赤くしながら、俺からそのメモ帳を受け取る。


「七不思議っていうと、トイレの花子さんとか、そういうアレだよね?」


 綾崎さんは観念したように、静かに口を開いた。


「はい……アレです」


 部室に入った時の第一印象とはうって変わって、今では恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらしどろもどろに話す綾崎さん。


「その、これは私個人の趣味というか……子供っぽくて他の人には知られたくなくて……」


 確かに高二にもなって学校の怪談とか七不思議とかそういう事に熱心な奴は居ないだろうなと思ったが、恥ずかしそうにしてる綾崎さんを見たらそんな事言うべきじゃないと思い黙っていることにした。


「七不思議かあ、そこまで恥ずかしがる事はないと思うけど」


「そう……ですか?」


 ずっと目を逸らしてしていた綾崎さんがこちらをチラりと覗き込みながら言う。


「うん、俺もそういう話好きだし」


「ほんとうに!?」


 一瞬で綾崎さんの顔がぱあっと明るくなる。まだ頬は赤らんだままだが、その表情はとても嬉しそうだった。

 俺はその早変わりの表情と勢いに気圧されるように体を後ろに反らしながら話を続ける。


「う、うん、それで、あの場所でしきりにメモとってたみたいだけど何か意味がある場所だったの?」


「はい、あ、先ほどは取り乱してしまってすみません……」


「いいって、俺も勝手に見てごめん」


「英田くんは悪くないです。そんな場所に落とした私が悪いのですから。コホン、それで──」


 綾崎さんは軽く咳払いして気持ちを落ち着け、俺に話してくれた。


「英田くんはこの学園の七不思議についてご存じですか?」


「いや、残念ながら知らないな。どういうのがあるの?」


「では説明しましょう」


 今度は自信満々な顔で目の前の長机に置いてあったメモ帳を取り出す綾崎さん。なんだか第一印象は清楚で大人しい、翔太も言ってたがお淑やかという印象だったが、今はうってかわって表情がコロコロ変わる。なんだか見ていて面白い。


「これは中等部の生徒間で噂になっていたのを集めたものなんですが」


 そういって綾崎さんから説明された話は、どの学校でもありそうなありふれたものだった。 基本的に発生時間は真夜中、そこでおこる不可解な現象。

 校庭の銅像が動き出すとか、合わせ鏡を真夜中除いたら自分以外の何かが手を振ってるとか。

 六つ目の話を聞いたあたりで少し疲れたが、最後まで聞いておかないと折角楽しそうに語ってくれる綾崎さんに悪いと思い、最後の話を促す。


「なるほどね……それで、七つ目はどういうもの?」


「それは、英田くんも居たっていう校舎裏の空き地なんですが」


 昨日空き地に居た理由はきっとそれの事だろう、綾崎さんは言葉を続けた。


「詳しい条件はわからないのですが、その場所では自分の"過去"や"未来"を垣間見たり、実際にその場所へ行くことができるそうです」


 ドクンと心臓が跳ねる。

 過去に行ける──


「過去へ……」


 それって──それに、未来へも?


「まあ、あくまでも噂ですが」


 あはは、と困ったような笑みを浮かべながら綾崎さんは話を締めくくる。

 実際七不思議というのは怪談話の類いで、常識の範疇を超えた怪奇現象を面白おかしく作り話としてでっちあげるものが殆どだが、俺は、この七つ目の話が噂や作り話に思えなかった。


「綾崎さん……その七つ目の話、もしかしたら本当かもしれない」


「え?」


 綾崎さんは驚いた顔をした。それもそうだろう、なんたって俺が"そう"なんだから。

 確証はない、この話をただの噂や作り話で終わらせてはいけない気がした。


「綾崎さん、俺にこの研究の手伝いをさせてもらえないかな」


「英田くん……それって」


「俺、不思議部に入部するよ。いいかな?」


 こうすることで停滞していた何かが動き出す。何の根拠も無いが、そんな気がした。



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 不思議部に入部した翌日、放課後になって翔太が俺に話しかけてきた。


「祐二、今日は予定あるか?昨日断ったんだ、今日は遊べるよな?」


「ごめん翔太、俺今日から部活だから」


「部活? ずっと帰宅部だった祐二が部活だと?」


 翔太が驚くのも無理はない。俺も昨日のあの話を聞かなければこうはなって居なかっただろう。

 一つ気になる点といえば、今の状況じゃなきゃあの話を聞いても入部を決意することは無かったことだが、だけど今となってはどうでもいい、何かきっかけが掴めるなら行動するしかない。


「うん、不思議部に入ることにしたんだ」


「なにい!あの綾崎さんと同じ部だと!?」


 心底驚いた顔をする翔太。


「うん、あの綾崎さんと同じ部だよ」


「それで、入部の許可はもらったのか?」


「うん?もらったけど?」


「マジかよ……」


 何だろう、周りがザワついた気がした。それに翔太は入部したことよりも、入部できたことに驚いているようだった。


「なんでそんな事聞くんだ?普通に入部届けを出しただけだぞ」


「はぁ、それが普通じゃないんだよ。おまえなんで不思議部が綾崎さん一人なのか知ってるか?」


「いや?綾崎さんに近づきがたいって皆遠慮したとか、単に部の活動に興味が無かったとかじゃないのか?」


「あほか! 綾崎さん狙いの奴らが入部希望全部断られたからに決まってるだろ」


「そうなのか?」


 初耳だ。それで綾崎さんはずっと一人だったのか……でもなんで俺は入れたんだろう。


「こんな事他の奴らに聞かれてみろ、おまえそのうち刺されるぞ」


 そこまでするか!でもなんだか周囲の男連中の視線が妙に刺さる。


「おい聞いたか、あいつ不思議部に入ったらしいぞ……」


「まじかよ……なんであいつだけ……」


「ゆるせねえ……」


 恨みの念がこもった会話まで聞こえてきたぞ……なんだか妙に居づらい空気になった。翔太心配してくれるならもっと声のトーン落としてくれよ……


「まあ、入部したことはよしとして、なんで不思議部に入ったんだ? 綾崎さん狙いってわけじゃないんだろ?」


「うん、部の研究内容というか、ちょっと気になる事があってね」


「研究?なんだそりゃ?」


 七不思議……なんて言えるわけないよなあ、それに綾崎さんも他人に知られる事を嫌がってた様子だったし。


「俺個人の好奇心ってやつ、すまんなんて説明すればいいか分からないや」


「そうか?まあ、話したくないなら無理にとは言わない」


「そうしてくれると助かる」


 あっさり引き下がってくれた翔太は鞄を持って立ち上がる。


「それじゃあ今日のところは引き下がるわ、まあせいぜい後ろに気をつけるこったな」


「怖いこと言うなよ」


「うるせえ、このうらやまけしからん奴め。知るか。じゃあまた来週なー」


「また来週」


 去って行く翔太を見送り、俺も部室へ移動しようと教室を出る。


「あ、祐二、今帰り? 一緒帰ろ?」


 俺を待っていたのだろうか、廊下で立っていた由美ゆみがタタタと駆け寄ってくる。


「由美、わるい、俺部活入ったんだ、今日から部活で忙しくなるから一緒に帰れなくなる」


「ええ!? 祐二が部活?どこに入ったの?」


 まあ、反応は翔太と同じだよな……

 俺は由美に不思議部に入った事を話す。


「不思議部ねえ……それって確か綾崎さんの部だよね、何する部なの?」


「まあ、不思議研究……?とか?」


 由美になら言ってもいいかなと思ったけど綾崎さんの為、曖昧な言葉で切り抜けることにした。


「ほんとに?綾崎さんと二人で?なんかあやしいなあ……」


 中々引き下がってくれない由美をなんとか納得させ、やっと解放された俺は急いで部室へと向かった。



 部室の前まで来た俺は、軽く深呼吸してからドアをノックする。


「どうぞ」


 綾崎さんは既に来ているようだった。


「失礼します」


「あ、英田くん。もう部員なんだから、遠慮しなくていいんですよ?」


 困ったような笑みを浮かべながら綾崎さんは俺に話しかけた。


「はは、なんかこういうの慣れてなくて、俺ずっと帰宅部だったから」


「そうなんですか?」


「うん、今まで部活とかしたことなかったし、不思議部が初の部活ってわけ。そういえばこの部だけど、入部希望者沢山居たんだって?全部綾崎さんが断ってたって聞いたけど本当?」


 近くの椅子に腰掛けた俺は、教室で翔太から聞いた話について問いかけた。


「ああ、その事ですか」


 綾崎さんは少し困った顔をしたが、俺にその理由を聞かせてくれた。


「英田くんの言う通り、確かに入部希望者は沢山居たんです、でも皆さん研究の事には無関心だったみたいで、部の活動方針について説明すると皆困ったような顔をされて……それで、その方々にも大事な時間を無駄にして欲しくなくて私の方からお断りさせていただいてたんです」


 そりゃあ、みんな綾崎さん狙いだったろうしなあ。当然そんな事は口にはしない。


「俺は、入部しても良かったんだ?」


「はい、英田くんは私の話を真剣に聞いてくれましたし、大丈夫かなって。それに──あ、そういえば」


「うん?」


「英田くん、昨日の事なんですが」


 綾崎さんは今度は俺に問いかける。


「昨日?」


「七不思議の話、七つ目の話が本当かもしれないって言ったのはどういう事なんでしょう」


 そのことか。正直に話すべきか迷ったが、綾崎さんの人に言えない話を俺は知ってるから……という訳でもないけど、綾崎さんになら話してもいいかなと思えた。


「実はその事象なんだけど、俺、もしかしたら体験しているかもしれないんだ」


「え?それってどういう──」


「綾崎さん、あの場所は過去と未来に繋がってるって言ってたよね、俺は恐らく未来から来た……ことになるのかな?」


「……」


「実は既にこの学園も卒業していて、会社にも勤めて……はいないか、それで──」


 俺は、その時の年齢や、勤めていた会社の事、同窓会での話、そしてあの祠の前であった不思議な現象について覚えている事を全て話した。


「……」


 綾崎さんは静かに俺の話を聞いている。やはり信じてくれないかな。


「ま、まあ俺の気のせいかもしれないし、未来から来たっていう夢を見ていただけなのかもしれないし、確証は無いんだ、でもその時感じた事も、そこで生活していた記憶もまだ持ってる。夢にしては出来過ぎかなって思えて、それで昨日あんな事を──って綾崎さん聞いてる?」


「……ごい」


「え?」


「すごい! すごいですよ英田くん! 私が求めていたのはまさにそれです!英田くんは未来から来た人なんですね!」


「え、え? 綾崎さん、ちょっと、落ち着いて」


「これが落ち着かずにはいられますか!いいえ、落ち着きません!」


 断言した! そもそもそれって言い切る事か!?

 色々聞かれた。でも綾崎さんの勢いに押されて何をどう答えたのか記憶にない。

 最初は興奮気味に前のめりに聞いていた綾崎さんも多少落ち着いたのか、軽く深呼吸するといつもの綾崎さんに戻っていた。


「英田くん、もしかして不思議部に入ったのは、その、未来……へ帰る方法を探す為ですか?」


「そう、だと思う」


「なんだか煮え切らない返事ですね?」


「俺もなんだか分からなくて、なぜ学生に戻ったのかも、何か理由があるのか単なる事故なのか。もしかしたら本当に夢なのかもしれないし」


「そうですね、もしそれが仮に夢だとしても、先ほど英田くんから聞かされたお話には何の矛盾も感じませんでしたよ?夢だとしたら多少の矛盾は起こりえると思いますが」


 それもそうだ、あの頃の出来事が全て夢だというならここまで鮮明に詳細を覚えているはずがない。


「確かに……」


「ですので、私は英田くんの話を信じます」


「本当に信じちゃっていいの?俺が嘘をついてるかもしれないよ?」


「あら、本当は嘘なんですか?」


「……いや、俺は嘘は言ってない。それは信じていい」


「じゃあ、それでいいじゃないですか」


 昨日とは更に違って、今は意地悪そうな笑みを見せる綾崎さん。

 綾崎さんこんなキャラだったっけ?


「でも、そうなるとあの場所にはいつか祠が建つんですね。でも変ですね、あの場所はなんら特別な意味を持つ場所では無いはずですけど」


「そこが俺も気になっていることなんだ。祠ってそんなポンポン建てていいものなのかな?」


「私も詳しくは知らないのですが、元来祠とは神事しんじに関係する場所とか、特別な場所に建てられるものだと思いますが」


「そうか……そうなると分からないことだらけだなあ」


 じゃあなぜあの場所に祠はあったんだろう。在学中か、卒業後に建てられた事になるが、この学園はそんな特別な場所には思えない。


「ふふふ……」


 なんだか楽しそうな綾崎さん。


「どうしたの?」


「え? あ、いえ、こういう会話ができる方が居るのがうれしくてつい……」


 綾崎さんはずっと一人で研究してたんだろうな。本当に嬉しそうな顔をする綾崎さんを見ていたあら俺も口元が緩みそうだ。


「じゃあ、目下部活のテーマは七不思議の七つ目の解明ですね!英田くん!」


 前のめりに俺を見つめる綾崎さん。というか距離が近い!ああ、なんかシャンプーのいい香りがする……

 いかんいかん、目的を見失うな俺。


「う、うん、よろしくね綾崎さん」


「はい! こちらこそよろしくお願いします。あ、英田くん、まだ言ってませんでしたね」


「うん?」


「ようこそ不思議部へ!」


 それは天使の笑顔だった。

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