第5話 休日

 入部初の部活動は現地調査だった。

 俺と綾崎あやさきさんは校舎裏の空き地に来ていた。

 俺たちは何か特徴的なものは無いかと手分けして探すことにしたが、かれこれ三十分は続けただろうか、いっこうに手掛かりになりそうなものは見つからない。


英田あいだくんの見たっていう、ほこらの建っていた位置はこのあたりで間違いないですか?」


 綾崎さんは空き地の真ん中あたりに立っていた。


「うん、確かそのへん」


「そうですか、うーん……見る限り他の場所と同じですね。特に変わったとこはなさそうです」


 綾崎さんの言う通り、彼女が立つ場所も他と同じく雑草が生えてるだけで、違いを見つけることができなかった。


「これ以上ここを調べても意味はなさそうですね」


「そうだね、まあ、そう簡単に見つかるわけないか」


「諦めるのはまだ早いですよ英田くん」


「え?」


「次は図書館へ行ってみましょう」


「図書館へ? なんで?」


「切り口を変えてみるんです。今度は歴史の観点から調べてみることにしましょう」


「歴史か……」


「この学園、この土地に関する歴史や伝承なんかを調べてみると、もしかしたら何か分かるかもしれませんよ?」


 なるほど、綾崎さんの言うことに納得する。


「わかった、図書室ね、早速行ってみよう」


「はい!」


 綾崎さんの案に賛成し、俺達は図書室へと向かった。



「歴史……歴史と……あ、ここだ」


 学園の図書室は校舎の隣に別館として建っている。

 別名"図書棟としょとう"とも呼ばれていて、中はとても広く、一階から三階まで、全ての階が図書で埋まっている。

 蔵書ぞうしょ数は相当なもので、かなりの種類の本が管理されている。中にはライトノベルなんかも置いてあるとか……

 他の学校でもこれだけの規模の図書室は無いんじゃないだろうか。


「まずは何から調べようか」


「そうですね……やはりまず最初はこの学園の設立に関係するような事から調べてみてはどうでしょうか。うちは私立ですから、設立者に関する事とか、そういった部分から何か分かるかもしれません」


 綾崎さんの提案で、まずは学園設立に関する資料から手をつけることにした。

 しかし、調べて見ても設立理由については学園の教育方針や設立年度など、当たり障りない事ばかりでこれといって収穫は無かった。それに、設立者についても名前が載ってるのみで、そこからどうやって調べていいものかも分からずじまいだ。


「難しいもんだなあ……」


「そうですね……今日はもう遅いですし、それに明日はお休みですし、また来週別の方面から調べることにしましょうか」


「そうだね、もう今日はこれ以上本読めないや、目が疲れたあ」


「ふふ、英田くんはあまり本は読まないですか? 例えば小説ですとか」


「うーん、確かに読まないかな、食わず嫌いになるんだけど、漫画くらいしか読んだこと無いな」


「読んでみると案外ハマるかもしれませんよ?」


「綾崎さんはよく読むの?」


「ええ、本を読むのは結構好きですよ」


「どういうジャンルの本が好き、とかある?」


「そうですねえ、特に何か好きなジャンルがあるというわけではないんですが、本を読む事そのものが好きというか、何でも読みますね、小説ですとか、エッセイですとか、もちろん漫画も読みますけど」


 乱読家というやつだろうか、確かに綾崎さんは本を読んでるイメージがしっくりくる。


「もしよろしければ、おすすめの小説を紹介しましょうか? あまり本に慣れてない英田くんでも読める面白いものがあるんです」


「そう? 綾崎さんがそういうなら今度紹介してもらおうかな」


「きっと英田くんも本にハマりますよ」


 綾崎さんのお気に入りの本か、ちょっと興味あるな。

 俺たちはそれから他愛もない会話を少しして、本日は解散という流れになった。


「じゃあ、英田くんまた来週。さよなら」


「うん、さよなら綾崎さん、また来週」


 家の方向は違うらしい、綾崎さんと校門で別れてから、俺はまだ本の読み疲れでショボショボする目を擦りながら帰路についた。



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 またあの夢だ。

 俺は病院のベッドに寝かされており、腕には点滴が打たれている。

 垂れ下がったチューブの先にある点滴袋が視界のすみにあるも、視線はおろか、頭も体も動かせない。

 そうするうちに近くで誰かの会話が聞こえてくる。もちろん何を言っているか分からなかったが、どうやら泣いているようだ。

 しばらく天井を眺めていた俺はまぶたを閉じたのか、視界が暗くなる。

 夢はそこで終わっていた。



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 気だるい休日の朝、少し遅めに起きた俺は遅めの朝食を食べ、部屋に戻ってごろごろしていた。


「今日は確か由美ゆみと映画行くんだったな」


 翔太しょうたが映画に行けない事は先日由美に伝えていた。

 由美は特に残念そうじゃなかったが、映画に行けない事を心配していたようで俺は映画に行くのかと念押ししてきた。

 もちろん行くとは行ったので、今日は由美と二人で映画に行くことになった。


「まだ時間はあるし、漫画でも読んでるかな」


 俺は本棚から適当に抜き出した漫画をぺらぺらめくりながら時間を潰すことにした。


 昼食を食べた俺は約束の時間が近いこともあり出かける準備をする。


「服は……これでいいか」


 着ていく服は何でもよかったので、目につく服とズボンを取り、着替えた後色合いだけチェックする。


「やべ、少し遅れた」


 約束の時間を五分過ぎてることに気づき、あわてて玄関へ向かう。

 外に出ると由美が家の前で待っていた。


「あ、祐二、もう準備できたの?」


「うん、ごめん待たせたか?」


「いや?私も今来たとこだよ」


「そうか、それならいいや、じゃあ行こうか」


「うん!」


 俺たちは最寄りの駅から電車に乗り込み。都心へと向かった。

 現地に着いた俺たちはまず映画のチケットを買う為、映画館へ向かう。

 結構人気の映画らしい、一番早い時間のチケットは既に完売しており、次の上映分でなんとか二人分の席を確保できた。


「たのしみだねー映画!」


 由美はとても上機嫌のようで、さっきから何度も同じ事を言っている。


「こんなに人気だとはなあ、上映までまだあるから、どこかで時間潰そうか?」


「うん!それじゃあねえ……ゲーセン!」


 そう言って由美は目の前のゲームセンターへ入っていった。


「(まるでデートみたいだな……)」


 俺は由美に続いて店に入った。

 ゲームセンターでひとしきり遊んだ後、まだ時間があったので俺たちは近くの喫茶店でしばらく休憩することにした。


「祐二、UFOキャッチャー下手くそだねー、一つも取れないでやんの」


「うるせえ、あれはアームが緩すぎて取れないようにできてるんだ」


「でも私は二つも取れちゃったよ?ほら!」


 店の前が見える窓辺のカウンターに並ぶように座り、俺は由美の戦利品自慢を聞きながらコーヒーを飲んでいた。

 休日なだけあって人通りは多く、その光景を俺は眺めていた。


「あ、あの子──」


 由美の声に振り向く。

 由美は窓の外を見つめていた。

 俺もそれにつられて由美の視線の先を見ると、そこには小学生くらいの女の子が倒れていた。

 走っていたのだろうか、ちょうど転んだ直後だったらしく、起き上がると女の子は泣き出してしまった。


「……」


 その光景を見つめる俺と由美。するともう一人、同い年くらいの男の子が駆けつけて女の子を心配そうになぐさめてる。

 すると今度は男の子がその女の子をおんぶし、視界から消えていった。


「……よかった」


 由美がそう呟く。


「ん?何か言ったか?」


 よく聞き取れなかった俺はそう由美に聞き返すと、由美は俺の方を向き言った。


「ねえ祐二、覚えてる? 私も小さい頃、さっきの女の子みたいな事があってさ、ああやって祐二におんぶしてもらったことあったんだよ」


「うん、覚えてる」


 あれは確か小学校に入ったばかりの頃、丁度あの子らと同じくらいだと思う。かけっこしていて転んだ由美が泣き出し、泣き止むまで付き添ってたな。

 それで、歩くと足が痛いからっていうもんだからおぶって帰ったっけ。


「それでさ、おんぶしてもらってる間もぐずってる私に祐二はずっと声かけてくれたよね。そのとき言ったこと覚えてる?」


「いや、それは覚えてないや」


 由美が泣き止むように色々言った覚えはあるが、さすがに何を言ったかまでは覚えていなかった。


「そっか……まあ、だいぶ前の話だし覚えてないのも仕方ないかあ」


 そういう由美は再び窓から見える景色に視線を戻して言った。


「私は覚えてるよ」


「なんて言ったんだ俺?」


「ナイショ」


「はあ?なんでだよ」


「言わないもん、覚えてない祐二が悪いんだ」


 俺たちはしばらくそのやり取りをした後、上映時間が近づいてきたのもあって店を出た。



 映画館へ入り、席につく。

 上映開始となり、スクリーンに映像が流れた。

 それは恋愛映画だった。内容はこうである。

 

 ある男女が部活を通してやがて恋人関係になる。

 だが彼女はある持病を抱えていた。

 元々脳に障害がある彼女はある日倒れ、入院することになる。

 女はやがて退院するも、それ以降物忘れをするようになり、次第にその規模は大きくなり周りの人間の事まで忘れるようになる。

 男の事もそのうち忘れてしまうのではないかと不安になる彼女だが、男は忘れないようにもっと思い出を作ろうと彼女をデートに誘う。

 そうして何度もデートを重ねる。だがある日のデート中に彼女は倒れてしまう。

 大手術の末、昏睡こんすい状態が続く彼女の病室へ毎日お見舞いにくる男。

 日増しに容態は悪化し、もう長くないと医師から伝えられる。それでも通い続ける男。

 そしてラスト、死の間際に意識を取り戻した彼女が『あなたのことは……忘れなかったよ』と言い、二人は別れのキスをする。


 上映が終わって俺はしばらく動けなかった。

 俺はなぜかその映画に魅入っていて、スタッフロールが流れる時には虚無感きょむかんに襲われていた。

 なんていうか──悲恋ひれんのお話だ。


 スタッフロールも終わり、館内にライトが点灯すると、次々と客が立ち上がり出口へ向かっていく。


「祐二……あの、手……」


「え? あ、ごめん」


 いつからだろう、俺は由美の手をぎゅっと握っていたようだった。

 慌てて手を離して立ち上がると、続いて由美も立ち上がった。


「出よっか……」


「う、うん」


 少し気まずい空気になった俺たちは無言で映画館を出た。



「なんだか悲しいお話だったね」


 映画館を出てもまだ余韻が残っているのだろう、あれだけはしゃいでた由美が静かにそう言った。


「ああ……」


 俺は内心、こんな映画が今人気なのか……もっとこう、ハッピーエンドな映画はなかったのかと思っていた。


「由美は何でこの映画を選んだんだ?」


「そりゃあ、今人気の泣ける映画!ってテレビでも話題だったんだもん」


 それでこのチョイスか……


「ところでさ」


 少し元気を取り戻したのか、由美が俺に振り向く。


「おなかすかない?帰り何か食べてく?」


「いや、もう帰ろう」


「えーなんでよ! 食べてこうよー!」


 俺は、未だに虚無感を引きずっていたからか、空腹を感じなかったので由美の案を却下し、その事にぶーぶー文句を言う由美をなだめながら帰路についた。

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