第3話 接触

「はぁ、疲れた……」


 授業の内容はどれも知ってる事ばかりで退屈したのもあるが、不安要素の一つである学力が杞憂きゆうであったことの安心感と、初登校を無事切り抜けた脱力感から俺は机に突っ伏していた。

 数学の数式を覚えていたり、高校レベルの英語もある程度知っていた為、むしろ自分が進みすぎているようだった。


「(不思議だな、全部の記憶が無いとばかり思ってたけど。勉強はできるみたいだ)」


「おい祐二ゆうじ、帰り遊んでいかねーか?」


 机に突っ伏して今日の授業を振り返っていると、前の席にまだ座っていた翔太しょうたが話しかけてきた。


「ゴメン、今日用事あるから止めとくよ」


「そっか、なら仕方ねえな。今度は付き合えよ」


「わかった」


 由美ゆみとは違い、理由について深く追求することはしない。心地よい距離感で接してくれる翔太が友人でよかったと改めて感じた。


「じゃあそろそろ帰るわ、また明日な」


「ああ、また明日」


 そういって翔太は教室を後にした。


「さて、行ってみるか」


 俺は今日の予定を思い出していた。


 校舎を出て俺が向かった先は、あの祠だ。

 何となく無関係とは思えず、確認しておきたかったというのもある。今俺が唯一知ってる手掛かりなのだ。

 校舎を出てすぐ体育館側へ伸びる通路に進み、その角を左に曲がる。

 その先にあるほこらは──


「ない……」


 無かったのだ。跡形もなく。影も形も。

 そこはただ雑草が生い茂る空き地になっていた。


「どういうことだ?」


 場所を間違えたか? 一瞬そう考え周囲を見回すが、同窓会の日、あの時居た場所に間違いはなさそうだった。


「もしかして後になって建てられたのか……?」


 可能性を模索もさくしてみる。あの時あったのは建って比較的新しいものだったのだろうか。

 俺が在学中には無かったとか?


「まいったな」


 出鼻をくじかれる思いだった。

 だが、無いものは仕方ない。唯一の手掛かりが消えた事に落胆はしたが、落ち込んでばかりもいられない。別の方法を考えよう。


「他の方法……か」


 とはいったものの、もちろんアテは無い。とはいえこのまま手をこまねいていても何も始まらない。


「(何でもいい、他に何か俺に関係ある事といえば……)」


 あの時の、同窓会の時翔太の言葉を思い出す。


『じゃあ綾崎あやさきさんの事も……』


「綾崎……」


 そうだ、確か同窓会の、あの時、確かに翔太はそう言っていた。


「(関係あるとは思えないけど何もないよりかはマシか。綾崎……知ってるのは名字だけ……翔太は何か知ってそうだったし、明日聞いてみるかな)」


 ここに居続けても仕方ない、今日は大人しく帰ろう。そう思い何も無いその広場を後にしようと振り返る。

 何だろう、誰かに見られてる気がする。

 確信があった訳じゃないが、確かに誰かに見られている感じがした。

 俺は立ち止まるとその発生源を探ることにする。

 視線の主は簡単に見つけることができた。体育館側の倉庫の陰からこちらをじっと見つめる女の子を見つけたのだ。


「(何だろうあの子、俺の事見てる……?)」


 遠目からは顔までは確認できなかったが、この学園の制服であることは見てすぐ分かった。


「(いや、自意識過剰過ぎだ、気のせいに決まってる)」


 妙な居心地の悪さを感じた俺はその場を離れ、来た道を辿るように校舎へ戻る。

 校舎の角を曲がったあたりで、先ほど見た女の子の事が少し気になって後ろを振り返る。

 しかしその子が居たであろう場所には誰も居なかった。


「(もしかしてあの場所に用があったのかな?)」


 少し興味が湧いた俺は、再度、校舎の陰からあの空き地を覗き込むことにした。

 やはりというか、その女の子が空き地に立っていた。


「何してるんだろ……?」


 女の子は先ほどまで俺が立っていた場所に居て、しきりに周りをキョロキョロと見ては何かメモをとる仕草を見せる。

 後ろ姿からは顔までは見えないが、女の子がキョロキョロする度頬の輪郭があらわになり、それに合わせるように整った長い髪がしなるように揺れ、遠目からでも清楚さが感じられた。


「(何やってるんだろ……俺)」


 しばらく魅入みいるようにその子を見ていたが、急に我に返るとかぶりを振った。


「(覗き見なんて趣味が悪い。もう帰ろう)」


 そして今度こそ帰ろうと後ろを振り返ると──


「わっ!」


「うわぁ!って何だ由美か、脅かすなよ」


「あはは、ドッキリ大成功ー!」


 ぶいっと二本指を立てて俺に突きつけた由美が、満足そうな顔でそこに立っていた。


「あービックリした。心臓止まるかと思ったじゃないか」


「ごめんごめんー。で、祐二はこんなとこで何してるの?」


「ん、いやー、ちょっと校内散策してから帰ろうかと思ってさ」


「散策ぅ? 何年この学園居ると思ってるの? 変なの」


「まあ、気分転換ってやつだ。気にするな」


「んー、まあ良いけどさ、何か覗いてたようだけど何見てたの?」


 由美が俺と同じ位置にきて空き地を覗き込む。


「あ、待て──」


 こんなところで覗きでもしてるなんて思われたらたまったもんじゃない。由美を止めようとするも、既に由美は空き地を覗き込む形となっていた。


「何かあるの?何もないけど」


「え」


 その言葉につられ、俺も再度あの空き地を見るが、確かにそこには誰も居ない、先ほどの女の子は影も形も無くなっていた。


「ほんとだ。誰もいない」


「誰も? 誰か居たの?」


「あ、いや、何でもない」


「あーやーしーいー」


「ほんとに何でもないんだって、俺帰るぞ」


「あ、待ってよー!わたしも一緒帰るー!」


 あの子は何だったんだろうか、幻? もしかして幽霊?

 そう考えると少し寒気がしたが。よく思い出してみたらあんな可愛らしくキョロキョロしてメモまでとってたみたいだし、そんな幽霊なら全然怖くないな。

 俺は由美との帰り道、そんなどうでもいい事を考えていた。



-----------------------------------



 翌日、朝のホームルームが終わったタイミングで俺は翔太に綾崎という名字について聞いてみた。


「綾崎さん?なになに、お前もしかして綾崎さん派かぁ?」


 にやにやしながら返してくる翔太の顔に少しムっとするが、表情には出さないでおいた。


「綾崎さんといえば学園一番の美少女だぞ、おまけに成績優秀で性格もおしとやかときたもんだ。お前も知らないハズないだろうが」


「そうなのか?」


「とぼけやがって。由美が居ながら綾崎さん派とは……けしからん!まあ綾崎さんを狙ってるなら止めとけ、ライバルが多すぎるし、お前じゃ釣り合わねえよ」


「いや、そういうんじゃないって……」


 そこでなぜ由美の名が出てくる。と言うのは心の中に止めた。


「ほんとか?まあ仮にそうだとして、何で綾崎さんの事聞くんだ?」


「何でって……何となくというか気になったというか」


「そうかい、まあ、そういうことにしといてやるよ。ちなみに綾崎さんは由美と同じAクラスな。他に俺が知ってる事といえば……うーん、そうだなあ……あ、部活は不思議部って部の部長らしい」


「不思議部か……。で、その"らしい"って何だ?」


「うーん、いや、俺も詳しいことはよく分からなくてな、不思議部って部も知ってるのは名前だけで、何やってるか分かんねーし。まあこの学園の部活は多いからな、俺だって全部は把握できてないさ」


 確かにこの学園の部活は数が異様に多い。改めて部活の数を数えて見た事があったが、文系の部活だけで二十以上あったのを思い出した。

 それにしても不思議部の名がここで出てくるとは……綾崎さんが部長か。同窓会の時翔太から聞いた話だと、確か俺も高二でその部に入部したって話だったな。


「二人して何話してるの?」


絵里えり、いやなに、祐二の奴が"不思議部"に興味があるって言うもんだからさ」


 翔太はあえて綾崎さんの名前を出さなかった。彼なりの気遣いだろうか。


「祐二が不思議部に? また何で」


「いや、なんて言うか……何する部なのかなあと思って」


「不思議部って綾崎さんの部よね、本人に聞いて見たら? 丁度生徒会の仕事で私綾崎さんに用事があるのよ、折角だし祐二も一緒に来る?」


 絵里は生徒会に所属している。それも会長だ。そんな絵里だから、各部の予算の話やらで綾崎さんとも面識があるのは当たり前か。

 俺はその話に乗っかる事にした。



「それはありがたい話だ、お願いするよ」


「りょーかい、じゃあ放課後に生徒会室前で待ってて、そこで合流して行きましょ」


「わかった」


 そこで、1限目の予鈴が鳴り、先生が教室に入ってくる。


「ほら席についてー、授業始めるよー」


「じゃあ祐二、放課後忘れないでね」


 そう言って絵里は自分の席に戻っていく。


「(絵里のおかげでなんとか綾崎さんと話す機会が作れそうだ。でも何を話せばいい?)」


 特にプランは無い。放課後までに何か考えておくか。そんな事を思いながら、俺は英語の授業を思考に費やした。


 放課後、絵里に言われた通り生徒会室前の廊下で絵里が中から出てくるのを待っていた。


「(まあ、当たり障り無い事から話してみるか)」


 授業中色々と考えては見たが、元々接点は無いし不思議部についてもそもそも興味が無かった俺は、なぜそんな部活に入ったのだろうという疑問に時間を使ってしまいノープランのままだった。


「祐二おまたせー、行こっか」


「ああ」


 絵里と合流した俺は、校舎を出て部室棟へ向かった。



「ここが不思議部の部室よ。先に入るわね」


 ドアに"不思議部"と小さなプレートが掛けられている部屋の前に案内された俺は、ノックして入る絵里の後に続いた。


「綾崎さんこんにちは、飯田です」


 こぢんまりとした部屋、中央には長机が設置されており、その奥の窓辺で椅子に座って本を読んでいた女子生徒が立ち上がる──


「あ……」


 その子は──


「不思議部、部長の綾崎しおんです」


 昨日あの空き地に居た女の子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る