第2話 初(?)登校
これは夢だ、きっとそうに違いない。
そうだ、これは
俺は自分の頬をつねる──
「ッ……!痛てぇ」
つねった頬がジンジン痛む。
痛む頬を手で押さえながら目の前の学生手帳に手を伸ばし、おそるおそる開いてみる。
高等部2年──
確かに俺の名前がそこにはあった。
「そんな……でも何で」
若々しく見えた母──
いつも朝起きてこない父が居た事──
洗面所で鏡に映った俺の顔──
昨日とは違う部屋の風景──
「これじゃあ……まるで……ッ!」
夢じゃなかったら何だ?ダメだ、考えれば考える程泥沼にハマっていく気がする。
頭の中がパンクしそうだ。
目の前が真っ白になっていく気がする、いや、実際真っ白になった──
「
「あら由美ちゃんおはよう、祐二部屋に戻ったきり出てこないのよ」
ああ、まただ……
「あ、おはようございます。もう祐二ったら、わたし呼んできますね」
また意識が……
「ちょっと祐二、いつまで準備して……って、えええええ!? ちょっ──どう──たの! おばさま! 祐二が倒れ──」
音が消え、俺は再び意識を手放した。
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目が覚めると俺は病院のベッドで寝ていた。
後で聞いた話だが、由美が部屋で倒れてる俺を発見し、母が病院へ運んだそうだ。
母さんのあんな心配そうな顔、初めて見たな……
俺については医師の診察では特に異常は見られなかったとのことで、その日の内に家に戻された。
学校は体調不良ということで休みの連絡を入れたらしい。
つまりまだこの状況が続いているということだ。
自室のベッドで横になりながら、今日の出来事を振り返る。
皆冗談を言ってる訳でもないのだろう──
鏡に映った俺の顔も今の俺なんだろう──
つまり俺は、御柱学園に通う高2の学生ということになる。
これが事実だとして、夢でも無いとしたら何だろう。
タイムリープというやつか?いや、流石に非現実的過ぎる。
でもこの状況はどう考えてもそうとしか思えない
なら本当に過去に戻ったのか?それも学生時代に?
でも、だとしたらなぜこのタイミングなんだろう?
俺は、更に記憶を遡って整理することにした。
前の会社を辞めた後俺は再就職の活動中だった、もうすぐ三十路だ。
それで……そうだ、同窓会に出たんだ。そこで何があった……?
由美に会って……元クラスメイト達と話して……外を歩くといって──
「
そうだ、祠だ、校舎裏の祠まで行ってそこで急に頭が痛くなってそれで──声を聞いた……気がした。
「誰だったんだろう……」
しかしそれ以上は思い出す事ができなかった。
過去の時代に居る事は確かだ、だったら戻る事もできるのか?でもこのまま戻れなかったとしたら?
思考するも、答えは出ないままだった。
「今日は疲れたな」
冷静になった途端どっと疲れがこみ上げてくる。
「……学校、行ってみるかな……」
俺はまぶたを閉じ、眠りに落ちた。
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夢を見た。
目を開けるとそこは病院のベッドで、俺は寝かされていた。
あれ、俺確か家で寝ていたハズじゃ……。
起きようとするが、身体が動かない。いや、それどころか声も出せない。
そうこうする内に病室の扉が開く。視線が勝手にそこへ向いた。
男の医師のようだ。
その男は側まで来ると、俺に何か話しかけてくる。
「…………、……………?」
しかし何を言っているか聞き取れない。
俺の口が勝手に開いた。
その口が何か言おうとして──
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「ん……朝か……」
「変な夢だったな……」
いつもの時間に起きた俺は改めて部屋を見回す。
名前も知らないサッカー選手のポスター。
机の上にある鞄、そして学生手帳。
「(この光景は……やはり現実だ。夢なんかじゃない)」
多少ショックだったのもあるが、昨日よりは平然を保ててる。
俺はベッドから出ると、1階へ降りた。
朝から席に着き新聞を読んでる父、台所で朝食を作る母。
これも現実だ。なら俺は──
「おはよう」
「祐二、もう大丈夫なのか?」
「あらおはよう祐二、もう大丈夫?無理はだめよ、今日も休むって連絡入れとく?」
心配そうに俺に声を掛ける父と母。心配をさせまいと俺は口を開く。
「いや、いいよ、もう大丈夫だから、今日は学校行くよ」
「そう?無理はしないでね」
「わかってる」
そう言って、洗面所へ足を運んだ。
「やっぱり、俺だよな……」
鏡の前に写る俺の顔。
顔の輪郭を確認するようにペタペタと手で頬に触れる。
同窓会へ向かう日に見た顔を思い出しながら、自分の顔であることを再認識した。
「学生……なんだな」
顔を洗ってリビングへ戻る。
「朝食できてるわよ」
「ありがと、いただきます」
「はい、召し上がれ」
朝食をとりながら今日の予定を考える。
「(学園に通う覚悟はできた。できたけどうまくやれるだろうか)」
学年やクラスは学生手帳に書いてあったので把握はできたが、それ以外の情報が殆ど無いに等しい。
唯一の手がかりは、同窓会の時会ったメンバーを知ってる程度だ。
あとは──
その他数名の名前を記憶から引き出し、頭の中で反芻しながら顔と名前を再確認する。
「(これが俺の知ってる全て……ああ、心配しても仕方ない。もうどうにでもなれだ!)」
覚悟決めた俺は、朝食を素早く済ませ、自室に戻って支度を始める。
制服に着替え、鞄と生徒手帳を取ると部屋を後にし玄関へ向かう。
玄関のドアを開け、家を出るとそこには由美が居た。
もちろん同窓会の時に会った由美とは違う、学生姿の由美だ。
小学生の頃もそうだったが、幼なじみの俺と由美は学園時代も相変わらず一緒に通学しているのだろう。
「あ、おはよう祐二、もう大丈夫?」
幼さを覚える声に少し戸惑ったが、俺はそれを表情に出さないよう平然を装った。
「大丈夫大丈夫、昨日は何か心配させたみたいですまんな」
「もーびっくりしたよー、部屋開けたら祐二倒れてるんだもん!」
「わりーわりー、貧血か何かだったんだと思う」
「思うって……ほんとに大丈夫?」
「だから大丈夫だって、ほら、早く行かないと遅刻するぞ」
「うーん、まあ祐二が大丈夫って言うなら……じゃあいこ?」
俺たちは並んで
「ねえねえ、今度の休み、約束覚えてる?」
「約束?」
「えーもしかして忘れてたの?しんじらんない!」
「すまん、本当に忘れたみたいだ。で、何だっけ……?あ、ゴメン怒らないで!」
肩肘で脇腹を小突かれ謝る俺に由美はジトっとし目で俺を睨むと、ため息交じりに話してくれた。
「はぁ、まったくもう……
「あーそう言った気が……する。すっかり忘れてたよ」
「もう、約束だからね? 絶対行こうよー! ……が居なきゃ……なんだからね……」
最後の方が小声で聞き取れなかった。でも何か聞き返しづらい。
「わかった、わかったから肘で突くのやめて」
「もう忘れんなよー!」
「痛い、痛いからもう脇腹は勘弁して……」
「次忘れたらもっと凄い事するからね?」
笑顔が怖い……
「だ、大丈夫、もう忘れないから!」
これ以上機嫌を損ねるのは得策じゃないと思い、俺は話題を切り替えることにした。
「そういやさ、そろそろ進路考えなきゃいけない時期だけど由美は決まった?」
「進路?うーん、まだ……かなぁ。そういう祐二はどうなの?」
「俺?俺は、そうだなあ……いや、何も決めてないや」
俺は確か専門学校に進んで、流れでいわゆるIT系の会社に入ったんだ。
選ぶ会社を失敗したのもあるし、『もしやり直せるなら』今度は慎重に考えなきゃな。
最悪、元の時代に戻れる見込みも無いままこのまま過ごす事になる可能性を考えると、進路については真剣に考えなきゃいけない。
そんな事を思って、正直言ったまま進路に迷ってるというのは間違いじゃない。
「ふーん、でも私たちまだ高2だよ?そういうのって高3になってからでも遅くないんじゃないかな?」
「そうでもないと思うけど、今のうちからある程度考えておかないと、いざって時に焦るんじゃないかなって思ってさ」
「まあそう言われてみれば確かに……?うーん、どーしよっかなぁ進路。高卒でそのまま主婦になったりして。もらってくれる?」
「あ──」
そう言って同窓会の時と同じ、上目遣いに覗いてくる由美を見てドキっとした。
「じょ、冗談だからね!?そんなわけないでしょ!」
顔を真っ赤にしながら訂正する由美。恥ずかしい事言って自爆するなら最初から言わなきゃいいのに。
そういや幼稚園の頃、由美に『将来ゆうちゃんのお嫁さんになるの』なんて言われた事もあったっけな。
ゆうちゃんと言うのは昔由美がつけたあだ名だ。小学生の頃まではその名で呼ばれていたから多少心配していたが、流石に学園に入ってから呼び方を変えてくれたみたいだ。
流石にこの歳で『ゆうちゃん』って言われるのは恥ずかしい……
それに俺にとって由美は妹みたいな存在だ。こういう冗談も本気にとらえる事は無いが、たまに見せる女らしい部分にドキっとさせられる。
「なーにジロジロ見てんのよ、えっち」
「見てねーし」
「なにおー!……はぁ、まあわたしも将来の事とか考えてはいるよ?でもまだぼんやりしてるっていうか、まだわかんないかな」
「そうか」
「それにさ、さっきも言ったけどまだ時間はあるんだし、もうちょっとゆっくり考えたい」
「それもそうだなぁ」
「祐二も今からそんな悩んでたらあっという間におじいちゃんみたいな顔になっちゃうよー」
「ぶっ」
おじいちゃんを表現したかったのか、梅干しを食べたようなすっぱそうな顔を作る由美におもわず吹き出してしまう。
「あ、やっと笑った」
「え?」
「だって祐二、家出てからずっと考え事してるのか暗いっていうか、なんだか悩んでるみたいだったから」
ああ、そうだ、由美はこんな奴だ──いつも誰かの心配をしてくれて、世話焼きな女の子なんだ。
「俺も色々悩めるお年頃ってわけ」
「自分で言う?ふつう」
あははと笑う由美、それを見てるとなんだか気が楽になった気がした。
「なんていうか、ありがとう」
「え」
「心配してくれたんだろ?」
「祐二大丈夫?やっぱどっか悪いとこぶつけた?」
由美は、今度は本当に心配そうに俺を覗き込む。
「普段そんな事言わないからわたしビックリしちゃったよ」
「うるせえ、もう二度と言わねえ」
「えー、感謝の気持ちって大事だよ?これからはドンドン感謝していいんだからね!」
えっへんと胸を張る由美。
そうしたやりとりを繰り返しながら、気付けば学園の門を潜っていた。
「じゃあまた後でねー」
そう言った由美はAクラスへ入っていく。
そうか、由美はクラスが違うのか。
「おう、また後で」
そう返すと、俺は隣のBクラスに向かった。
ここでクイズです──俺の席はどこでしょう?
「しまったあ……すっかり忘れてた……」
頭を抱える俺。どうすりゃいいんだ。
「(時間を潰してワザと遅刻を装い空いてる席に座るか?)」
真っ先に代案を思いついた俺はトイレにでも駆け込もうかと画策していた。そんな時背後の気配から声が掛かる。
「祐二、こんなとこで何やってんだ?」
振り返るとそこには──翔太が立っていた。
「あ、翔太?」
「何で疑問系なんだよ」
声と顔立ちで何となく翔太だと思った俺はとっさに名を出したことを半分後悔しそうになったが、本人のようで安心する。
翔太も同じBクラスらしく、俺が入り口を塞いで入れない状況で何か言いたげな表情だった。
「そんなとこ突っ立ってたら入れないじゃねーか、早く入れって」
言い訳を考えるよりこの状況を利用させてもらう他無いと判断した俺はプランBに出る。
「翔太……俺実は記憶喪失でさ、自分の席が分からないんだ。俺の席どれ?」
「なん……だと……」
流石翔太、ノリがいい。同窓会で感じたままの性格で安心する。
「おいおい本当か?大丈夫か?俺の名前分かるか?あ、分かるか。お前の席はほれ、すぐそこだ」
翔太が指挿した席は入り口から一番近い、というか俺のすぐ側の席だった。
「助かったあ……」
「って、記憶喪失っての……マジなのか?」
「え?もちろん冗談だけど?」
「なんだよ!心配して損したじゃねーか!」
オーバーリアクションで身体を後ろに反らす翔太。本当に人付き合いが良い奴なんだなあ。
本当の話を嘘ということにしたのはマズかっただろうか、このまま信じさせた方がよかっただろうかと悩みはしたが、よからぬ噂を立てられると後々面倒な事になりそうなので、記憶喪失ではない英田祐二を演じる事に決めた。
「ゴメンゴメン、ちょっとからかってみたくなってさ」
「お前ひでえな……」
会話に違和感はなさそうだな、翔太とはこのくらいの距離感で接すれば大丈夫みたいだ。そんな事を考えていた。
「ところでさ」
翔太が話題を切り替える。
「ん?」
「今度の休み、映画見に行くって話さ、すまないけど俺キャンセルだわ」
朝、由美と話題にした約束の件である。翔太はバツが悪そうに頭を掻きながら謝ってきた。
「そうか、何か用事?」
「それがさ、サッカー部の練習で面子が足りないらしくてその助っ人頼まれちまった」
「なら、仕方ないな。わかった、由美にはそう伝えておく」
「わるいな」
「いいって、頼られてるのは良いことだよ」
翔太も俺と同じくどの部にも所属していないが、体格がよくスポーツ全般で苦手な分野が無い理想の体育会系男子だ。こうした助っ人の依頼は今までもきっと多かったんだろう。
「まあ、俺の分まで二人で楽しんできてくれや」
「んー、二人だと由美行くかな?」
「行くだろ、つか俺が仮に行けたとしてもお前が居ないと多分由美も行かないぞきっと」
「そうか?」
「お前……まあ、そう言うなら本人に聞いてみな」
半ば呆れた感じにそう言うと翔太は俺の前の席に腰掛けた。そこが翔太の席だったのか……。
「祐二、親友だから言っとくが、鈍感なのも──おっと」
翔太が何か言い掛け、俺の後ろを見て口ごもった。
「どうした?」
翔太が後ろを指さす。それにつられて後ろを振り返ると、由美が教室の扉からこちらを覗いていた。
「由美?何してるんだ?」
「祐二、1限目って数学じゃないよね? 教科書貸して!」
「あ、ああ……はい、これ」
数学の教科書を鞄から取り出し、由美に手渡す。
「ありがとうー!助かったよー!終わったら返しにくるね!」
そう言うとタタタと自分の教室へ戻っていく由美。
「忘れっぽいの直ってないんだなあ……で、翔太話の続きだけど──」
「はーい席についてー!ホームルーム始めるよー」
担任教師の登場で話はうやむやに終わってしまった。
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