アゲイン~儚き夢の先へ~
うかづゆすと
第1話 訪れた2度目
鳥の
「うーん……朝か」
体力も下り坂に差し掛かろうとしているからか、やけに重く感じる身体を起こしてベッドから起き上がり、大きく伸びをしてから周囲を見渡す。
目の前に広がる光景は飾り気の無いシンプルな自室だ。あるのはさっきまで寝ていたベッド、隅っこにある本棚、それと向かいあうように設置された机、その上にパソコンが置いてある以外何も無い。
まあ、特に飾る必要も興味も無いのだから、これくらいで十分なのだが。
俺は部屋のドアを開け、1階のリビングへ向かった。
リビングでは母さんが台所に立っていた。
「あら、おはよう
「おはよう母さん」
俺は母と軽く朝の挨拶を交わし、席につき、テーブルの上にあったリモコンでテレビをつける。
母の料理の音を聞きながら、朝のニュースを見る。美容特集らしい、今人気の商品についての紹介がされていた。
「そうそう、そのテレビでやってる化粧品!母さんこの間注文したのよ!早く届かないかしら」
「へえ……」
「10歳は若返って見えるらしいわよ。ああ楽しみだわ」
俺は母の声を軽く聞き流しながらテレビに視線を戻す。特に面白い訳でもないが、朝食ができるまで手持ち無沙汰なのだ。
暫くして母が皿に乗せたサラダや目玉焼きを次々とテーブルに並べていく。
俺の分、母の分、そして父の分だ。ただし父の分にはラップが掛けられている。
「父さんはまだ寝てるのかな」
「みたいねえ、まったく、朝くらいちゃんと揃って食べてもらわないとお皿洗えないじゃない。困ったものだわ」
父は会社を定年退職してから、朝に起きる事はほとんどなくなった。朝食も朝と昼の間くらいにやっと起きてくる程度だ。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
俺は目の前に並べられた目玉焼き、サラダ、味噌汁の定番の朝飯を食べながら、テレビのニュースを見る。
「そういやあんた、この間受けたっていう会社の面接はどうなったの?」
「ダメだった」
「そう……残念ね、まあ次があるわよ」
「うん」
今就職活動中の俺の近況について訪ねてくる母にそっけなく返事する。
以前勤めていた会社はいわゆるブラック企業というやつで、サービス残業や休日出勤が当たり前のようにあり、それで体調を崩したのを切っ掛けに辞めたばかり。
暫く自宅休養していたのだが、最近になって再就職先を探して就職活動中というわけだ。
そろそろ三十路になる俺は中々決まらない就職活動に若干疲れては居たが、両親の前ではそれを表情に出すまいとしていた。
面接がダメだったことに対して俺自身は慣れもあってか特になんとも思ってないわけだが、母は心配らしい。
「そういえば、あんたに同窓会の案内きてたわよ」
「同窓会?」
「ほらこれ、
「ん……」
俺は母からハガキを受け取ると、裏返して文面を見つめる。
【同窓会のご案内】
御柱学園第32期生の同窓会を御柱学園体育館で行います。
是非是非ご参加ください!
俺は『この学園の名前を知らない』。
正確には、中学から高校卒業までの六年間の記憶が無いのである。
昔交通事故で死にかけたらしい。生死を彷徨う程の重傷で、大手術の末一命は取り留めたものの、その時のショックからか記憶喪失の後遺症が残った。
記憶喪失とはいっても一時的なもので、入院生活中にほとんどの事は思い出せるようにはなっていた。
自分の名前は知ってるし、家も分かる、だけど未だ学園時代の事だけはスッポリと抜け落ちるかのように『無い』のである。特に生活に支障をきたさないので、このことは両親には秘密にしている。
俺は改めて同窓会の案内に目を通す。
「来週の休日か」
「行ってきたら?」
「そう、だね」
俺はぎこちなく返事する。
「就活も大事だけど、たまにはストレス発散するのも大切よ。それにお隣の由美ちゃんも行くそうよ」
母の言う『由美ちゃん』とは幼稚園の頃からの幼なじみの事だ。
"らしい"というのは、昔の事故の際、お見舞いにも来てくれて、俺はそれが誰なのかを知っていたからだ。
お互いの両親ともに交流があったこともあり、昔はよく遊んでいたのを覚えている。もちろん学園生活での記憶は無いが。
俺は専門学校、由美は大学と、それぞれ違う学校へ進んだが、それでも事故の事もあり、しばらくは交流があった。その後仕事に就いてからは忙しさから会う機会が無くなり疎遠になったが、今でも顔を見ればすぐ分かる自信はある。
「そうか、まあ同窓会行ってみるよ」
見知らぬクラスメイト達に会う事への不安は多少ある。だけど知ってる人が一人居るというだけで心強さを感じた。
それに、行けばもしかしたら学園時代の記憶も戻るかもしれないという淡い期待もあったかもしれない。
俺は同窓会の日付を見つめながらそう考えていた。
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同窓会当日、秋空の下一人御柱学園へ向かっていた。
「やっぱ行くのやめようかな……」
記憶にない学園、きっと知らない元クラスメイトとも出会うだろう。声を掛けられてもどうやって接すればいいのか今になって不安になってきた。
威勢よく、とまではいかないが行くと決めた手前『やっぱりやめた』なんて言い出せない状況だが、いざ向かうとなると急に尻込みする。
【御柱学園】
中高一貫のエスカレート式の進学校で、俺も恐らく中学からここに通っていたのだろう。
この学園は特に部活が活発らしく、スポーツ系の部活はもちろん、文系の部活に関してはとにかく数が多く、オカルト研究部や同人ゲーム部、果てには不思議部なんていう意味不明な部活なんてのもあるらしい。
活発だからといって県内外で活躍しているかといえばそうでもないみたいで、スポーツ系の部活はどの部も今まで一度も県大会に出場したことがないとか……
事前に調べた学園の情報を頭の中で整理しながら、気付けば校門の前まで来ていた。
「来てしまった……」
特別懐かしいという感情は湧かないが、今となってはこの門を潜らなければという不思議と前向きな気持ちに切り替わっていた。
門を抜けるとまっすぐ伸びる道の先に大きな校舎が見える。
パコーン!
軽快な音がしたので左を見ると、そこにはテニスコートがあり。テニス部の生徒達が部活に励んでいるのが見えた。
テニスコートはグリーンのコートと土のコートがそれぞれ2面ずつ並んでいた。確かグリーンのコートは硬式テニスで、土のコートは軟式だっけ?
そんな事を考えながら校舎へ続く道を進む。
「オーライ!オーライ!」
野球部のかけ声が聞こえる。
右手に広がるのはかなり広いグラウンドで、今も部活の真っ最中のようだ。
目的の体育館はグランドの奥に見つかった。腕時計を見る。時計の短針は7を、長針は丁度てっぺんを指していた。予定の時間より1時間早く着いてしまったようだ。
「そこらへん見て回って時間でも潰そう」
まっすぐ体育館へ向かうことはやめ、時間潰しに暫く散策することにした。
校舎の前までやってきた俺はぐるりと時計回りに校舎の周囲を歩き始めた。
歩いている途中、数名の生徒とすれ違った。明らかに学園の先生ではない大人が一人学園を徘徊しているようにしか見えなかったのか、あるいは物珍しさからか、注目を集めているようだった。
「誰だろ?」
「あれじゃない? OBの同窓会って話」
「あーあれね、体育館でやるやつでしょ?イマドキ珍しいよねー」
ついさっきすれ違った女子生徒二人の会話が背後から聞こえてくる。
「変に注目集めるのも何だか恥ずかしいな……」
とはいえ学園の外に出て時間を潰すのも難しい、少し恥ずかしいが、問題にならないのであればこのまま散策を続けようと思い、足を進める。
ふと、校舎裏を歩いていると、気になる物を見つけた。
小さな祠のようだ、何か祀っているのだろうか。
「何だろう、変な感じだ」
周囲を鉄柵で囲われていてこれ以上近づく事は出来ないが、何か頭に引っ掛かりを覚えて暫くその祠から目が離せなかった。
一瞬──覚えの無い光景が脳裏をよぎる。
この場所で俺は誰かと口論しているようだった。
なんだ、喧嘩?それにこの子は誰だ?
見覚えの無い長い髪の女の子、その視線はまっすぐ俺を見つめて──
「この場所で何か……あった気がする……ッ!」
しかしその光景を見たのは一瞬で、その後は軽い頭痛に頭を抱える。
「なんだ……!」
何か思い出せそうなんだが中々それにたどり着けない。
最初は軽かった頭痛も段々重くなっていく。
「い……てぇ……」
その瞬間、場面が飛び、フィルムのコマ送りのように次々と違う場面がフラッシュバックする。
「なんだんだよ……ッ!」
それも長くは続かず、いつのまにかあの光景も頭痛も治まっていた。
記憶が戻りかけてるのだろうか、でも──
「だめだ、思い出せない」
まだ何一つ思い出せないが、一つ切っ掛けを掴めたかもしれない。
今のことを前向きに考えることにした俺は、ふと腕時計に目を向ける。
「もうこんな時間か、そろそろ体育館へ行こう」
そんなに長い時間過ごしたつもりはないのだが、時計の針は予定の時刻5分前というところまで迫っていた。
体育館の入り口には人だかりができていた。皆学園の生徒ではなく、スーツを着込んだ者や私服の者でバラバラだが、皆同窓会の参加者なのだろう。
「お
「見ない間に老けたな!」
「ハハハ、お前もなー!」
「やだ、
「キャー! ゆかり久しぶりー!」
所々で再会の感動の声が上がっている。
俺は人垣をかき分けて体育館へ入ろうと足を進めた。
「あ、祐二、こっちこっち!」
目の前で手を振ってる子を見つけた。唯一知っている顔。
「由美? 久しぶり」
「久しぶりー! もう何年ぶり? 仕事するようになって全然話したことなかったよね! 元気だった?」
「うん、元気だよ」
「祐二のお母さんから話聞いたよ、今、就活中なんだって?」
「母さんそんな事話したのか……まあそんなとこ。前の会社ブラックでさ、辞めてやった」
「あらら、ご愁傷様。次は良いとこ見つかるといいねー。それで……あれから何か思い出した……?」
ちなみに由美は俺の記憶が無い事を知っている。リハビリ中も何度かお見舞いに来てくれた事があり、その時話したのだ。
「いや、サッパリだよ。でも由美が居てよかった、事情が事情だからさ、少し心細くて」
「そ、そう?なら良かったけど……」
何か顔が赤らんで見えるのは気のせいだろうか。
「と、とにかく!祐二の事情知ってるのわたしだけだし、色々サポートするから……一緒に行動しよ?」
「う、うん。よろしく頼むよ」
上目づかいな視線を向けられ少し戸惑う。暫く会わない間にこいつ美人になったか?
とにかく由美と早めに合流できたのは心強い。俺たちは並んで体育館の中へ入った。
体育館の中ではテーブルが点在するように配置され、その上には料理が並んでいる。
立食形式らしい、既に所々で会話するグループが見受けられた。
「はーい注目ー!」
マイクを通した声がスピーカーから体育館中に響き渡る。
声の主は体育館奥にある舞台の上に立っていた。
「今回同窓会を企画しました小谷です。皆様お集まり頂きありがとうございます!」
「おー!」
「よっ委員長!」
各所から声が上がる。
「ちょっ、委員長はやめなさいよっ」
「(なるほど、気が強そうで人望もありそうだし、確かに委員長って感じの女性だ)」
小谷さんはマイクをマイクスタンドに乗せ、右手にグラスを持つ。
「あー……コホン、えー色々長話するのもアレなので、ただいまより御柱学園32期生の同窓会を始めたいと思います」
更に左手を耳に寄せて皆の声を集めるような仕草で音頭を取る。
「みんな、グラスは持ったかなー?」
「「「持ってるー!」」」
「よろしい、それじゃあ皆の再会を祝して……カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
次々とグラスを打ち付ける音が響き、同窓会が始まった。
「祐二、こっちこっち」
由美が俺の手を取りあるグループへと連れて行く。
「みんな久しぶり!由美だよ、覚えてる?」
「おー由美じゃん、覚えてる覚えてる!それに祐二も久しぶり!相変わらず二人とも仲良さそうだねー」
「そう見える?えへへー」
なぜそこで照れるんだ。と思いつつ、何の挨拶もなしだと皆に怪しまれると思った俺は由美と周囲に話を合わせて挨拶する。
「あはは……久しぶりー……」
「祐二どしたの?大丈夫?なんだか顔色悪そうだよ」
声が小さかったかもしれない。自信なさげに聞こえただろうか?そんな様子に疑問を持ったのか、一人の女性が俺に声を掛ける。
「いや、その……」
「あ、絵里、祐二は何か人酔いしたみたい」
何て返事すれば良いか悩んでいたが、すかさず由美の助け船。
「うん、少し酔ったかも」
もっともらしい言い訳でその場をやり過ごす。
「あー人多いからね、それは仕方ない、元々祐二って人の多い場所苦手そうだったしねー」
「おいおい、酔うのは酒飲んでからにしろよなー!」
目の前の女性(絵里というらしい)の隣の男性が話題に乗っかってきた。
「翔太こそもう顔真っ赤じゃない、どんだけ飲んだのよ」
「うるせえ、お前らも飲め飲め!」
由美がツッコミを入れると男性(翔太というらしい)はガハハを笑いながら酒をあおった。
その後も由美は、まるで俺に皆の名前を覚えてもらうかのように一人一人の名前を言いながら話題を振っていく。
由美なりのサポートというやつなのだろう。おかげで今いるグループの名前と人となりは把握することができ、徐々に話題に参加できるようになってきた。
社会人生活の愚痴等が話題の種で、特に苦労はしなかったが、ある程度皆の近況を話し合った後はやはりというか……
「そういやさ、祐二って高2の時不思議部に居たよな、あれ実際何してたんだ?」
話題は昔話にシフトした。
翔太が俺に話題を振ってきた不思議部という部活、俺そんな部活やってたのか……!。
「えーっと、その」
もちろん知るわけが無い。
「(まいったな……)」
どう切り抜けようか迷い、咄嗟に由美に視線を送るも、由美も困惑したような顔で俺と翔太をチラチラ見ていた。
「(ここが限界か……)」
「実はさ、俺──」
嘘半分真実半分で皆に記憶喪失であることを打ち明けた。
内容としては『みんなの名前はなんとか覚えているがそれ以外の人の名前やその頃の記憶のほとんどが無い』ということで、今までの会話が演技であることを悟られないよう、空気を乱さぬよう努めた。
「マジかよ……」
話を聞き終えた後、最初に口を開いたのは翔太だった。
「だからさ、ゴメン、その時の不思議部だっけ?何してたか俺も分からないんだ」
「いや、俺の方こそゴメン、そんな事情があったなんてな……」
「翔太が謝ることじゃないよ、最初に打ち明けなかった俺が悪いんだし」
「じゃあ綾崎さんの事も……」
一瞬心臓がドクンと跳ねた。
「翔太、それは……」
「す、すまん、何でもない」
絵里がすぐさま割って入る。と翔太はバツが悪そうに頭を掻きながら謝る。
『綾崎』……なんだろう。その名字が妙に頭に引っ掛かった。
「じゃ、じゃあさ、俺らから見た学園時代の祐二の話を聞かせるってのはどうだ?もしかしたら思い出す切っ掛けになるかもしれないぞ」
翔太は話題をなんとか明るい方に持っていこうと提案する。
「ありがとう、俺も聞かせてもらえると助かる」
自分の過去を知るチャンスだ、折角の提案に賛同した。
ふと由美の方を見る。
気のせいだろうか、先ほどの綾崎という名が出たあたりから無口になり、少し俯いているのか表情が暗く感じた。
それから俺は翔太や絵里、他の皆から色々な祐二という学生について聞くことになった。
学生時代の俺の話はどれも他人事のようにしか聞き取れなかった。
高2までの間特定の部活には入っておらず(いわゆる帰宅部というやつで)クラス内での仲は良く、よく翔太と由美の3人でつるんで遊んでいたそうだ。
高2からは部活に入ったとかで、その不思議部に入り浸るようになったそうなのだが、それぞれ卒業後の進路に目を向ける時期になったこともあってか、それからはあまり遊ばなくなったらしい。
「どうだ、何か思い出したか?」
「いや、何か思い出せそうなんだけど、まだ無理みたいだ。折角聞かせてくれたのにすまない」
「そうか……まあ、そのうち思い出すさ、元気だせよ!」
「あはは……ありがとう。ちょっと飲み過ぎたみたいだ、気分転換に外歩いてくるよ」
「お、おう、まあ俺たちはここでまだ話してるから落ち着いたら戻ってこいよな」
「わかった、それじゃ」
俺は逃げるようにその場を去り、体育館から出た。
こんなことをしても何の解決にもならないのは分かっていた。
皆から聞かされる俺の事が、あまりにも他人事過ぎて……認めたくなかった。
なにより、俺を哀れんでいるような彼らの表情に耐えきれなくて、あの場に居られなかった。
「来なけりゃ良かったかな……」
今更後悔の念が頭を埋め尽くす。
気付けば祠の前まできていた。
あのとき見た光景も俺にとっては他人事のようにしか思えなかった。
「どうすりゃいいんだ……どんな顔してあいつらと話せばいいんだ……!」
思い出せない事への苛立ちが怒りの感情に変化しつつあった。その時──
「?」
祠が──光ったような気がした。
「なん……だ?今、光ったような……」
その瞬間、またあのときの光景がフラッシュバックする。
「うぅ……!頭が……痛い……ッ!」
激しい頭痛と目眩に襲われ、頭を抱えてうずくまる。
息ができない──!
呼吸の仕方を忘れてしまったように、口から酸素を取り込む事ができない。
「なんだ……よ、これ……!」
突然の事に混乱する俺の事情などお構いなしに、ソレは次第に強くなり、ついには視界が霞んできた。
「なに……が、おき……た……ん……」
意識が離れる、目の前が真っ白に染まる
「…ッ!…、…ッ!」
誰かが俺を呼んでいる……気がした。由美か?
何も聞こえない。
そして俺は、意識を手放した。
-----------------------------------
鳥の囀りに目が覚める。
重い身体を起こしてベッドから起き上がり、大きく伸びをしてから周囲を見渡す。
どうやら家の、自分の部屋で寝ていたようだ。
確か俺は同窓会に出席して──
「そうか、俺気を失ったのか……それに誰かが親に連絡して運んでもらったのかな……」
由美にも心配掛けてしまったかな。何やってんだろ俺……。
「……起きたくない……」
現実を受け入れるのが嫌だ──このまま寝てしまいたい。
しかしそれじゃあ何も進まないし、解決もしない。
「……やっぱり起きよう」
不思議と身体は軽く感じたが、気の重さはあり、這い出るようにベッドを後にする。
一瞬、何かいつもと違う感じがしたが、それが何だかは分からなかった。
部屋から出ていつものように一階のリビングに足を運ぶ。
「……おはよう」
母はいつものように朝食を作っている最中だった。
「あら祐二おはよう、今日はちゃんと起きれたのね」
今日は?それに俺確か気を失って運ばれたハズじゃあ、何も言ってこないのは気を遣われているからか?
それに何だか若々しく見える。昨日言ってた化粧品ってこんなにも効果があるものなのかな?
「ん」
新聞を読んでいた父がそっけなく一言返してきたのに気付いた。
こんな時間に起きてるなんて珍しい。
「ほら朝食前に顔洗ってきなさい、もうすぐ出来ますからね」
「いや、食べてからにするよ」
「まったく、ならちゃっちゃと食べなさい」
目の前に出された朝食を食べ終わるとテレビを付け、ニュースを眺める。
「テレビなんて見る暇無いでしょ、ほら、食べたならさっさと支度して行きなさい」
何かがおかしい。どう表現していいのか分からないが、何というか空気が違う気がした。
「行くってどこに?」
「どこにって、何寝ぼけてんの、学校に決まってるでしょ!」
それは昨日行ったよ……なんて言えるような空気じゃなかったので、流石に言葉に出すのは止めた。
「ちゃんと顔洗って歯磨きもなさい」
俺は言われるがままに洗面所へ向かう。
「何なんだ、今日なんかあったっけ?」
そんな独り言を呟きながら洗面台の鏡が目に入る。
「え……」
俺の顔──若くね?え、あれ?
一瞬の静寂。
「ああああああああ!?」
「何騒いでるの、うるさい!」
母の抗議の声を無視してドタドタと自室に駆け上がる。
そして自分の部屋を見回すと、そこには昨日まで無かった物があった。
「ポスターなんて貼った覚えない……」
サッカー選手のポスターが貼られていた。
「机にPCが無い……それにこんな鞄知らない……」
机の上にはPCが無く、手提げの学生鞄が置いてあった。
そして決定的な物がその横に置いてあった。
「学生手帳……」
俺は──学生だった。
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