「連行しろ」


 僕は石ころだらけの道をズルズルと引きずられ、軍のトラックの荷台に放り込まれた。


 そこにはすでに数名の人が、呻き声を上げながら瀕死の状態で荷台に横たわっていた。


 車はガタガタと音を鳴らす。荷台が揺れる度に殴られた腹部が痛み、口内に溢れた血を吐き出した。


 トラックは駐屯地へと入っていく。


 まるで荷物を下ろすみたいに、荷台から放り投げられた僕達は頭から冷水を浴びせられた。


 僕と一緒に捉えられのは、反戦運動をしていた若者だった。


「この非国民が!こいつらは日本の恥じゃ!」


 軍人は息も絶え絶えの若者を、足で何度も何度も蹴り飛ばした。若者は口から血を吹き出し痙攣している。


 僕は地面に突っ伏したまま、腕を伸ばし軍人の足を掴んだ。


「なんじゃ、貴様は―!貴様もこいつらの仲間か!」


「……違う。けど……殺したらいけん。広島は明日原爆が投下されるんじゃ……。日本人同士が殺しあっとる場合じゃないんじゃ……」


「なんじゃ?お前はわしに指図するんか?非国民のくせにええ度胸しとるのう!」


 ズンッと鳩尾に痛みを感じた。

 軍人の足が、容赦なく体にめり込む。


「……ゲホッゲホッ、早朝空襲警報が発令される。“8月6日薄雲だが視界は良好。午前7時9分空襲警報発令、31分警報解除。午前8時15分、米軍機により新型爆弾投下”、広島の街は破壊されるんじゃ。退避せんと軍人さんも死ぬことになるんじゃ」


「貴様―!まだ日本を侮辱する気か!日本は米軍の爆弾ごときで破滅なんかせん。陸軍は無敵じゃ」


 ドスドスと体中を蹴り飛ばされ、口内に血の味が広がる。


「……ゲホッゲホッ。ほんまなんじゃ。このままじゃと、陸軍も広島市民も……ゲホッ……みんな死ぬんじゃ」


 このままここで処刑されたとしても、僕は構わない。この軍人が……日本の陸軍が……僕の話を信じ広島市民を退避させるなら。


 僕は……

 みんなを助けたいんだ。


 僕は……

 音々ちゃんを……助けたいんだ。


 鉄道寮の仲間と決めたんだ……。

 投獄されても拷問されても、原爆の危険性を訴え市民の命を守るために、全力で退避を促すと。


 ――コツコツと靴音がした。その靴音に、僕を痛めつけていた軍人の顔色が変わる。


「本条上等兵、やけに騒々しいな。軍人が権力に物を言わせ、数人で国民に暴行を加えるとは感心しないな。しかも彼はまだ少年ではないか」


「……谷崎大佐、この者は米国の回し者です。ありもしない噂を流し、陸軍や警察を撹乱するが目的。私にお任せ下さい。拷問を加え、仲間の名を必ず吐かせてみせます」


 本条上等兵は他の軍人に目で合図し、気を失いかけている僕を引っ捕らえた。


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