95

 竹刀を振り上げ、桃弥の面を狙う。

 ほぼ同時に、桃弥の竹刀は私の胴を打ち突けた。


 ◇


 ―午後9時―


 公民館から徒歩2分の距離にあるコンビニ。


「バニラがいい」


「ちぇっ、何でまた俺が奢んなきゃいけねーの?藤堂先生は女に甘いんだから。ぜってぇ、胴ありだったはずだ」


「面ありだよ。何度タイムスリップしても、ももは私に勝てないよ」


「ばーか、俺はわざと負けてやったんだよ」


 そういえば……

 桃弥は私に面を打ったことがない。

 いつも、狙うのは胴か小手だ。


 私より上級者なのに、子供の頃から私に一度も勝ったことがない。それは私が強いからだと、ずっと思っていた。


 ――でも……

 本当は……私に手加減していたの?


 桃弥はいつものようにバニラアイスを2本掴むと、レジに持っていき財布からジャラジャラと小銭を取り出した。


「もも、いつもありがとう」


「はあ?」


「ももは女の子に面を打てないんでしょう。優しいんだね」


「音々、今頃気付いたのか。俺様は超優しい男なんだよ」


「……ってことにしといてあげる。本当は私より弱いんだけどね」


「こいつ、生意気な」


 桃弥は私の額をアイスの棒でこつんと叩いた。コンビニ前にしゃがみ込みアイスにパクつく。


 桃弥の優しさは、ずっと前から知ってるよ。何度もタイムスリップし、桃弥の優しさに守られてきた。


 あの日、私の頬を掠めた優しいキスは、どんなに記憶が薄らいでも、写真のように鮮明に残っている。


「リベンジしていーか」


「いいよ。いつでも受けて立つ」


 ツンと唇を尖らせると……

 桃弥の唇が優しく落ちてきた。


「えっ?えっ?」


「リベンジしていいって、今、言ったろ。隙ありだ」


「ず、狡いよ……」


 不意にキスするなんて狡い。

 心の準備出来てないってば。


 でも……

 ファーストキスは、バニラアイスの味がした。


 桃弥の意地悪な笑顔、憎らしいけど……大好き。


 桃弥の肩に、コトンと頭をもたれる。


 コンビニの前に流れる川。

 月夜に照らされ、草むらで青白い光がふわふわ揺れた。



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