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 祖父は貨物機関車の運転士、夜勤のある不規則な仕事をしていたが、祖母が入院してからは1日も欠かさず病院に通った。


 母も瑠美お姉ちゃんも曾祖父の前では気丈に振る舞いながらも、台所の隅で泣きながら食事を作った。


 私達はその間、何度かタイムスリップしたが、数日だけの移動で、気が付くといつもこの社宅のソファーに座っていた。


 いつの日か、別の時代にタイムスリップするのではないかと、恐怖にも似た不安を抱えながらも、もう少しだけこの時代にいさせて欲しいとせつに天に願った。


 ――4月下旬、化学療法と輸血により祖母の容態は安定した。食欲も少し戻り、瑠美お姉ちゃんにも笑顔が戻る。


 病院の自販機でジュースを購入していると、母が見舞いに訪れた。


「こんにちは、音々さん。瑠美から聞いてます。家のこと、母のこと、色々ありがとうございます」


「綾さん!?こ、こんにちは……」


「母が入院して、父のことや祖父のことを瑠美1人に押し付けてしまって、申し訳なく思ってるの。音々さんと桃弥君が家にいてくれて本当に心強いわ」


「私達……何も出来なくて……。このままここにいていいのでしょうか……。迷惑ではありませんか?」


「そんなことないよ。でも家に帰らなくていいの?ご家族は心配されてるでしょう?」


「いえ……。事情は話してるから……大丈夫です。それより美紘さんには……」


 母は浮かない顔で首を左右に振る。


「美紘姉ちゃんには、母は貧血で入院したことになってるの。今、美紘姉ちゃん臨月なんだ。私は赤ちゃんを産むことができなかったから、美紘姉ちゃんには元気な赤ちゃんを生んでほしいと思ってる。お母さんに赤ちゃんを抱かせてあげたいの……」


 母は私に椅子に座るように勧めた。

2人並んでロビーの椅子に座り、缶ジュースを飲む。


 この時代に母と2人でこうして話をするなんて、少し変な気持ち。自分が母の娘で、未来からタイムスリップしたと言えないことが少しもどかしい。


「私の赤ちゃんね……。今年の1月14日にお腹の中で死んだの。妊娠8か月に入ったばかりでね、15日は初めての結婚記念日だったのよ。お腹の赤ちゃんと蒼と3人で記念日のお祝いをするつもりだったのに……。その日、人工的に陣痛を起こす処置をされ、ベッドの上で泣きながら痛みに耐えてた。

 深夜、日付が16日になり、陣痛に苦しみながら私は小さな男の赤ちゃんを産んだ。赤ちゃんは産声を上げなかった……。事前に胎内死亡と診断されていたから、それは仕方がないことだとわかっていたけど……、自分の命を失うよりも辛かった……。私ね、このまま死んでしまいたいと……本気で思ったんだ」


 母の目から涙がこぼれ落ちた。

 母から第一子を亡くしたことは聞いていたが、母の心情に触れたのは初めてだった。


「産婦人科の先生も母も、叔母達も、『次はきっと大丈夫』って、みんな口を揃えて言うけど……。あの子に次なんてない。あの子はもういないの。あの子を抱くことはもう出来ないんだ。

 赤ちゃんは火葬してもらい、榮倉のお墓に埋葬することにした。病室で小さな骨壺を抱いた蒼の悲しい目が、今も忘れられないんだ……」


「綾さん……」


「私、怖いの。また同じように、お腹で赤ちゃんが死んでしまうんじゃないかと思うと……怖くてたまらない。もう赤ちゃんなんて産めないよ」

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