38
深夜零時を回り、日付が5日に変わる。
俺達にとって、今日はもっとも重要な日だ。
早朝よりビラの配布をするため、少しだけ睡眠を取ろうと布団に潜り込んだ俺達は、ガラガラとドアの開く音とドタバタと廊下を走る足音で目覚める。部屋に乱入してきたのは、国男を先頭とする大勢の寮生だった。
俺達の行動に否定的だった国男が、寮生を引き連れ暴動を起こしたと解釈し、思わず身構える俺達。俺は側にあった箒を掴み、竹刀のように構える。時正はバケツを頭から被り、紘一と軍士は国男達に枕を投げ付けた。
「まあ落ち着けや。わしらは暴力を振るいに来たわけじゃない。あれから、みんなで話し合うたんじゃ。彼は5日の夜に空襲警報が2度発令されると、そう言うたよな。あれは嘘じゃないと、はっきり言えるんか」
どうやら、暴動ではなさそうだ。
「はい。“5日の夜9時27分と、6日の深夜零時25分に、2度空襲警報が発令される”はずです。敵機は10機くらいですが、広島上空を旋回しただけで被害はありません」
「みんな、桃弥君の話を信じてくれ。僕らはパソコンで第二次世界大戦のことを色々調べたんじゃ」
時正がみんなを必死に説得するが、和男は布団に寝転がったままだった。
「寝ぼけたこというな。パソコンって何じゃ。予言者でもあるまいし、5日の夜に空襲警報は発令されん」
和男は俺達の話を真っ向から否定し、小バカにしたように言い放つ。
「みんな、原爆投下はほんまのことなんじゃ。桃弥君は予言者じゃない。事実を話しとるだけじゃ」
「馬鹿げたことを。国男、お前もどうかしちょるぞ。こんな時間になんじゃ。さっさと部屋に戻れ」
「和男、まあ待て。彼の言うことはあまりにも具体的じゃ。真面目な紘一や軍士が信じとるんじゃ、彼の話が満更嘘とは思えん。それにあの新聞も、携帯電話とやらの写真も、偽装出来るだけの技術は時正らにはなかろう。それにおとなしい性格の時正が、意味ものうこがあな無茶をするとは思えんのじゃ」
国男がそう発言したことで、和男の怒りに火がつき声を荒げる。
「国男はこいつらを信じるっちゅうんか!日本が負けるっちゅうんか!」
「そうじゃない。わしは米軍に原子爆弾を落とされるかもしれんと言うとるだけじゃ。その可能性が低うても用心するにこしたことはないじゃろうと、言うとるんじゃ」
国男の発言に室内が静まり返る。みんなは顔を見合わせ、息をのむ。
「紘一、まだ……間に合うか?」
「国男……?」
「まだわしらに出来ることはあるんか?わしは学徒動員で広島に来た。仕事が終わるまで広島からは逃げん。じゃが原爆投下でみすみす死ぬくらいなら、その前に米軍の裏をかき、日本人の意地を見せつけてやりたいんじゃ」
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