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私と桃弥は、月水金は近くの公民館で剣道を習っている。幼少の頃、病弱だった私を心配し『健康のために』と、母が桃弥と同じ四つ葉剣道クラブに通わせた。
道場は真夏も真冬も冷暖房はない。
剣道着と裸足が基本。夏は暑さと自分の汗臭さに悶絶しながら面や胴を纏い、雪の舞う真冬は氷の女王にでもなりそうなくらいガチガチに凍える。
小学校の頃から通っているから、もう何年になるのだろう。そのお陰で、今は健康にも体力にも自信がある。
桃弥は剣道2段、私は剣道初段。桃弥は都の大会でも上位ランクに位置する実力者だが、段位が異なるのは桃弥が私より早く剣道を始めたからに過ぎない。
喧嘩っ早い桃弥と異なり、私はどちらかといえば争い事は嫌い、揉め事は介入せず聞き流す。両親には兄弟の中で一番要領がいいと言われているが、ゴタゴタが面倒なだけ。だけど、剣道は別。竹刀を持つと負けず嫌いのスイッチが入る。
「ねね、早くしねぇと置いてくぞ!」
「待ってよ。アメリカ大統領が広島訪問しとるのに、ももはテレビ観てないん?パン食べるからちょっと待っとって」
私はアンパンをかじりながら、胴着に着替える。
スイーツのようなシャレたパンより、餡子が詰まったシンプルなアンパンが好き。
「またアンパンかよ。テレビ観たけど、戦争とか原爆とかよくわからんし関心ない」
「ももはダメだね。御飯のことばかり考えてないで、もっと世界に目を向けんと。核兵器を持つ国は沢山あるんだから。核戦争になったら、人類は地球から消えてなくなるんだよ。ももの大好きな白いご飯も、木っ端微塵だからね」
「アンパンばかり食べてるねねに言われたくねぇな。脳ミソが餡子になっちまうぞ。それに、リアルで核戦争なんか起きねーよ」
戦争や核兵器に対して危機感なんて全くない桃弥。私も頭ではわかっていても、戦争の怖さはわからない。
人と人が国のために他国に侵略し殺し合うなんて、サバイバルゲームの中でしか存在しない仮想世界だと思っている。
「お母さん行ってきます」
「行ってらっしゃい」
家を飛び出し赤い自転車に鍵を差し込み、サドルに跨がる。黒い自転車に跨がっている桃弥も剣道着姿だ。
防具と竹刀は公民館の道場に置いたまま。学校の部活は桃弥はサッカー、私は吹奏楽部。それなのに、公民館の剣道はいまだに辞めることが出来ない。
剣道は汗臭いイメージもあるし、実際、汗臭いし。高校生になり何度も辞めようと思ったけど、桃弥が毎回誘いにくるから、辞めるタイミングが掴めず、今もずるずると続けている。
自転車を走らせること10分、自転車を公民館の前に停め階段を駆け上がる。道場の入り口で2人並び一礼して道場に入る。
道場では指導してくれる藤堂先生と当番の保護者がアメリカ大統領の話で持ちきりだった。藤堂先生は80歳、原爆投下のあった8月6日は疎開し広島にはいなかった。
公民館の四つ葉剣道クラブは幼稚園児から高校生まで所属するクラブ、高校生は2人だけ。試合や進級試験のない時期は、私や桃弥は小学生の指導役だ。
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