第7話

※※


宮島先輩との試合から、3ヶ月が過ぎた。部活動は10月31日の全日本ジュニア選手権県予選に向けての練習が本格化していた。個人戦とダブルスの二つがあって、ダブルスは別の日に行われるそうだ。

僕は、3ヶ月前から、飛躍的に成長していた。大会での団体戦では、レギュラーとして起用され、外の試合でも結果が出せるようになり始めた。

いつからか、貼川君の仇を打って、強くなる。という目標は忘れて、高みへ、さらに高みへと目指すようになっていた。貼川君は、最近学校を休みがちになっていたが、僕はもう、彼に話しかけることはなくなっていた。だけど、それは寂しいことだとは思わなかった。人との関係は移ろっていくものだ。無理して関わる必要はない。いつのまにか、そう考えるようになっていた。

そして、今日は高校の文化祭。クラスの出し物のためのシフト以外の時間を、堀北さんと過ごす約束をしていた。とても楽しみだ。

自分のクラスの出し物は「焼き芋」。他のクラスが「お化け屋敷」だったり、「焼きそば」なのに、なぜうちのクラスだけ・・・。とは思ったが、駒沢先生曰く「秀樽高校の文化祭に、毎年出ているから、一クラスはやるのが義務」らしい。そういえば、去年中三の時に秀樽高校の文化祭に行った時にも出てたっけ、焼き芋。買わなかったけど・・・。

しかし、シフトに入ってみると、意外と忙しくて驚く。温めてある焼き芋を袋に包んで渡すだけなのに、完売するまでは、ほぼ休みなしだった。

そして、堀北さんと二人で文化祭を回る時間がやってきた。しかし、約束の時間になっても、堀北さんはやって来ない。どうしたのだろう。携帯にも連絡がない。

そろそろ探しに行くか。と思っていると、同じクラスの女生徒が数人、キャーキャー言いながらこちらに近づいてくる。堀北さんがいつも一緒にいるグループのメンバーだ。

「鮎川君!結が屋上で待ってるよ!」結とは堀北さんの下の名前である。屋上に何か用入りだろうか。告白でもするつもりか?

と、ここまで考えて、僕の体は固まる。告白?堀北さんが僕に?いや、まだ決まったわけではない。心にそう言い聞かせても、体がいうことを聞かない。卓球の試合の緊張の方が、何倍もマシだ。女子たちは僕に「頑張ってねー!」と言いたいことだけ言った後で、去って行ってしまった。

僕はカクカク動きになりながら、階段を一段一段上がっていく。堀北さんとの思い出が、頭をぐるぐる回る。一段上るたびに、堀北さんが近づいてくる、ような気がした。

そして、屋上の扉の前に着いてしまう。僕の心臓は、ひっくり返って脈打っているようだった。震える手をドアノブにかける。

不意に、目の前に木の葉が舞った。普段は屋上は鍵がかかっているが、文化祭の期間だけ解放しているんだっけ。と、今はどうでもいい情報が頭に引っ付く。

屋上には堀北さん一人しかいなかった。さっきのクラスの女子が屋上に誰もこないように取り計らっていたのかもしれない。

風に、僕の髪と堀北さんの髪が靡く。

「屋上、普段来ないから、なんか新鮮だね。」堀北さんは、振り向かずにそう言う。

「……うん。」

「鮎川君とは、本当に色々あったよね。私、いっつも感謝するばっかりで、何もできなかった。」

「そんなことないよ。」僕は頭を掻きながら、自分でも、言葉がスッと出てきていることに驚いていた。

「だから、今日は、私がプレゼントする番。」堀北さんは振り返って僕に近づいてくる。僕の体はすっかり熱くなっている。


「鮎川君。好き。私じゃダメ・・・かな。」


堀北さんはいつかのような潤んだ瞳でこちらを見つめている。

そして、僕は頷くと

「僕でよかったら。」と、やっとの事で言葉をひねり出した。陳腐でありきたりな言葉だったけど、それでも僕の本当の気持ちだった。

もう一度、木の葉が二人を隠した。ほんのり色づいた葉は、手を結ぶように二つに重なった。


そして、10月31日。勝負の日がやってきた。大会会場で、トーナメント表に目を通す。僕は第5シード。第1シードは、もちろん末永先輩だ。シード選手には、一回戦はなくて、二回戦からが緒戦になる。だけど、一回戦があった選手は、試合で体が温まってきた状態から始められるし、いくらシード以下の選手で格下と言っても、どんな強敵が潜んでいるかわからない。だから、油断は禁物だ。

自分の学校の選手を応援していると、自分の出番がやってきた。僕は、平岡先生に

「今回の大会、お前の結果には期待している。負けるなよ。」と話しかけられる。僕は先生に一度頷くと、自分が指定された台へ急ぐ。すると、こことは別のサブアリーナで大会が行われているはずだった堀北さんがいた。

「緒戦だから、覗きに来ちゃった。」堀北さんははにかみながらそう言う。

「女子の方が先に終わると思うから、勝ち残ったら応援できるよ。だからその・・・頑張ってね。」

「うん!頑張る。じゃあ、そろそろ行くね。」

「うん。」と、堀北さんと軽く会話を済ますと、僕は再度、指定された台に向かって歩き出した。

僕の緒戦が始まった。相手は、同じ市の学校の選手だ。後ろから

「さあ一本!」と、秀樽高校の卓球部の仲間が応援してくれている。それに応えるためにも、頑張らなければ。僕は声を張り上げると構えを取った。


「ありがとうございました。」

試合は、あっけなく終わってしまった。やはり、必死で練習してきたお陰で、自信が僕の体を後押しして、安定したプレーができた。勝つことが全て。練習をしてくれた先輩や同級生、指導してくれた先生、堀北さん、そして何より僕自身のために、簡単に負けてはならないのだ。

その後も僕は順調に勝ち進んでいく。そして、5回戦を勝って、僕がシードの山を制す。ここからは、本当に強い人間しか来ることのできない場所だ。気を引き締め直して行かなければ。

そして6回戦。相手は、僕の苦手なツブタカ(ラバーの表面に凹凸があるラケットを使う。ストップやブロックなどの技を用いて粘る戦法が多い。)の選手だった。苦手意識は、負の連鎖を巻き起こす。苦手だと思うと、普段の自分の卓球ができなくなり、更にその戦型を苦手だと思い込む。思い込みの力を侮ってはいけない。思い込めば、それはその人にとっての現実になる。だから、今回でその連鎖を断ち切る。そのつもりで挑む。

ツブタカの選手は、ツブタカのセオリー通りの試合運びをしてきた。ひたすらブロック、ストップを使い分けて、様々なコースへ打ってくる。僕は弱気にならないように、攻めの姿勢で、ドライブ、スマッシュを打ち分ける。

仲間たちは、自分が試合を終えた終えていない関係なく、全力で応援してくれている。僕は、もう臆病風に吹かれない。僕は変わったのだ。スマッシュを綺麗に決めると、僕は試合に勝利する。これでベスト8。次で準決勝だ。

そして、自分の席に戻ると宮島先輩が、僕の隣に座った。

「お疲れ様です。先輩も次で準決勝ですか?」と声をかける。宮島先輩は青い顔で呟いた。

「さっき負けてきた。」

「えっ?」僕は驚いて宮島先輩を見る。先輩は第8シード。簡単に負けるはずがない。

「あいつは亡霊だ。打っても打っても返してくる。」先輩は青い顔のまま言う。

「なんて選手ですか?」宮島先輩がここまで怯えたように話すのは初めてのことだ。相当の手練れに違いない。

「貼川駿太郎。うちの高校だ。」

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