第四章 校歌斉唱03

<双葉>

「ど、どどどど、どーしてそーなる!?」


<秋人>

「どうもこうもあるか。単に二枚あったってだけだ」


<双葉>

「二枚って何が!?」


<秋人>

「決まってんだろ、遊び紙だ。『3-C』クラスの生徒分だけがまとめられていた束」

「榎本正成の証書は、その束の中で『下に宛がわれた二枚の遊び紙』のうちの一枚という形で組み込まれていた」


<双葉>

「だから! もともと上下一枚ずつ、C組みの束からも二枚とも外し……あれ? 下に宛がわれた二枚?」


<秋人>

「そ。“下”にある二枚だ」

「『3-C』の『下』の遊び紙は、本来の一枚と裏返された榎本正成の証書との、合わせて二枚が重ねられた状態だった」


<双葉>

「え……あれ?」


<秋人>

「ついでに言うなら」

「遊び紙が一箇所に二枚重ねられていたのは、A組からE組までの五束の中でもC組束の『下』部分だけだったはずだ」

「だからAもBも、そしてEとD組も。C組以外のクラス束に添えられていた遊び紙は、どれも最初と最後の一枚ずつだけだった。そのはずだ。つーわけだから……」

「おい双葉。もう一度、各クラスの束を一まとめにした時の状況を説明しろ」


<双葉>

「あ……え、ええと。こう……、Aから順に……」


<秋人>

「もっと詳しく、具体的に」


<双葉>

「ううう。ま、まずね……Aクラスの束からクリップ外して。それで束の上と下の一枚ずつが裏向きだったから……」


<秋人>

「遊び紙だと思って、取り除いた。そうだな?」


<双葉>

「う、うん。そういう指示だったし」


<秋人>

「その後はどうした?」


<双葉>

「んと、次はB組の束だったから……やっぱりそれもクリップ外して……一番上と下を見て……」


<秋人>

「遊び紙を外した」


<双葉>

「うん。それでそのままE組まで同じようにして……」


<秋人>

「最後に五クラス分を一まとめに揃えた。だったな?」


<双葉>

「う、うん」


<秋人>

「んじゃ、ちなみにだ。C組の束から遊び紙を抜く時、束の下から二枚目の紙を確認したか?」


<双葉>

「えっと……確か……」

「上の一枚を取ったら、C組の最初の人の証書が出てきたから、そのまま下からも一枚抜いただけ……だったと思う」


<秋人>

「つまり、C組の束の下から二番目は確認していない、と?」


<双葉>

「う、多分……してない……です」


<秋人>

「んま、そーだわな」

「なにせAB共に、遊び紙は最初と最後に一枚ずつときて、さらには続くCの上も一枚。だったらその束の下も一枚なんだろう、と」

「普通なら、そう思い込んじまっても不思議じゃない」


「おまけに付け加えるなら」


「仮にその時、Aではなく逆のE組み側から順に作業していったとしても。結局はEとDが最初と最後に一枚ずつだったという前例がある以上……」

「よっぽど注意深い奴でもなければ、まず、C組の束の下だけに、遊び紙がもう一枚あるとは気が付かなさそうなもんだ」


「そして、もしもだ」


「もしも仮に、その『二枚目の遊び紙』が『榎本正成』と明記された、裏向きの卒業証書だったとしたら……それはどうなる?」


<全員>

「………」

「……」

「…」


<秋人>

「榎本正成の卒業証書」

「それは何者かが、書き損じ用の予備を使って予め作っておいた代物だろう」

「作成されたその証書は、クラスごとにまとめられていた五束の中で、C組の束の下から二枚目の遊び紙という形でもって、式の日を待ち続ける」


「式の前日、クラス担任による証書の並び順チェックが行われたわけだが……」

「チェックの仕方なんていったら、大方こんな感じだろう」

「クラス名簿か読み上げリストかを片手に、重ねられた証書と照らし合わせながら一枚ずつめくっていき……」

「名簿の最後に記載された生徒の証書が出てくれば、そこに誤植がないのを確認して作業完了だ」


「仮に、もしもC組の担任が最後の“はず”の証書をめくったとしてもだ」

「そうして次に出てくるのは、校歌の歌詞がデカデカと書かれた証書の裏面」

「それでは、その遊び紙が『榎本正成』の卒業証書──本来ならば存在しないはずの一枚だと気付かなかったとしても無理は無いし」

「そもそもが」

「C組の束に施されている細工に、管轄外のD組担任が気付ける要素なんて欠片もありはしない」


<工藤>

「…………」


<秋人>

「そんなこんなで」

「担任のチェックをすり抜け、怠慢な準備係の目をかいくぐった一枚は、卒業生全員分の証書の大束に混ざりこんだまま体育館へと運ばれ、壇上へと登る」

「後は知ってのとおり、C組とD組の境目で、事が起こる」


<全員>

「…………」


<秋人>

「ちなみに。証書の台紙が印刷業者から届けられたのは、どれくらい前だったっけ?」


<工藤>

「大体、ひと月くらい前だ」


<秋人>

「どうも」

「じゃあ、卒業生全員分の名入れが終わり、203枚の証書が五つの束に分けられたのはいつ?」


<工藤>

「それは……今から二週間ほど前だったはずだ」


<秋人>

「という事はだ」

「クラスごと、五つの束が作られてから、その束が203枚の大束にまとめ上げられるまでは、おおよそ二週間程度」

「この『二週間』という時間は、そのまま、『榎本正成』の証書を束の中にまぜる事の出来た時間的猶予だったという事になる」


「そう考えた場合、どうだ?」

「これだけの時間があれば、『Cー3』の束の『下から二番目』に、ちょいと一枚紛れ込ませるくらいなら何とでもなるだろうさ」

「もっとも」

「最初に言ったとおり、それなりに運の要素もからむから絶対にその通りにいくとは断言できないが……」

「それでも、分の悪い賭けではないだろうぜ」


「と、だ。まあ、ざっとこんな感じなわけだが……」


<全員>

「…………………………………………」


<秋人>

(反応が無い)


<双葉>

「あ、えっと。何ていったら言いか……」


<秋人>

「何だ? そうか、あれか。俺の妄言が不服なんだな?」


<双葉>

「そ、そんなことは無いんだけど……毎度毎度、思うんだけど……」

「やっぱあんたって……。う~、こういうの何て言うんだろう?」


<優希>

「気味が悪い」


<双葉>

「あ、うん。それだ」


<秋人>

「あ、あのなあ。失礼にも程が在るぞ、お前ら」


<聖司>

「それにしてもです。相変わらず、わけの分からない説得力がありますね。証拠も何もないのに、思わず鵜呑みにしてしまいそうですよ」


<秋人>

(うおっ!? いつのまに復活した?)


<聖司>

「どうです工藤先生? 今の話……先生?」


<工藤>

「…………」


<聖司>

「あの、先生?」


<工藤>

「……一年。本当に一年も前からなのか?」


<秋人>

「…………」


<双葉>

「えっと、あのぉ?」


<工藤>

「話の途中で申し訳ない。ちょっと急用を思い出したので、私はこれで失礼させてもらう」


<双葉>

「え?」


<秋人>

(こりゃまた……)


<優希>

「随分と急ですね。工藤先生。それは今、この場よりも重要視すべきことなのですか?」


<工藤>

「ああ、申し訳ないが、その通りだ。それに……」


<秋人>

(……?)


<工藤>

「牧 だて夫さんでしたかな?」


<秋人>

(違います。伊達秋人です)


<工藤>

「あなたのお話は、もう終わりなのでしょう?」


<秋人>

(何これ。クドケンとやらが敬語になってるんすけど……)


「そうっすね、まあ大体は。それに、残りは……わざわざ言う必要もなさそうですし」


<工藤>

「そう……ですか。この度はご尽力助かりました、ありがとう。では急ぎますので、失礼」


<秋人>

「あーはあ、そうっすか」


<<<工藤退室>>>


<全員>

………

……


<秋人>

「んじゃ、俺もそろそろ……」


<双葉>

「そーはいくか」


<秋人>

「……は?」


<優希>

「だな。今の工藤先生の反応。言う必要のない残り。さて、詳しく聞かせてもらおうか?」


<秋人>

「冗談だろ?」


<双葉>

「あら知らないの? 水城先輩は冗談が嫌いなの」



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