第四章 校歌斉唱04

<秋人>

「今さらかもしれないが、一つお前たちの意見を聞きたい。構わないか?」


<双葉>

「何よ珍しいわね? どったの?」


<秋人>

「いやな。ここまでの話ってのは、お前らの卒業式に妙な仕掛けをした不届き者が“いた”ってのを前提にしての内容だったわけだが……」


<双葉>

「うん」


<秋人>

「しかしだ。そもそもそんな不届き者なんてのは、本当に実在したと思うか?」


<聖司>

「は? ええと、どういう趣旨の質問でしょうか? いまいち要領を得ないのですが……」


<秋人>

「ああ要するにだ。俺が何を言いたいのかと言うとだな……」

「卒業式での騒動は、手違いに手違いが重なった結果、偶然にも引き起こされた出来事ってだけで……」

「実のところ、榎本正成の証書に関わる一連の状況を『作り出そう』なんて考えを持っていた奴なんて、はなっから存在しなかったんじゃないのか──ってな事を言ってみたかったりするわけなんだが……」

「これ、お前たちはどう思うよ?」


<全員>

「…………」


<秋人>

(揃いも揃って、ポカンとアホ面をぶら下げてらっしゃるが……無理もねーか)


「で、どう思うんだ? 黙ってちゃ分からんぞ」


<双葉>

「そ、そ、そんな、ば、馬鹿な……」


<秋人>

「なるほど、馬鹿げてると思うか」


<双葉>

「ば、ば、馬鹿げてるに決まってるでしょ!? 馬鹿げてないなら、とち狂ったとしか思えないわ!」


<秋人>

「そこまで怒鳴り散らすほどかよ?」


<優希>

「いや、怒鳴りたくもなるというものだ。手違い? 偶然? 何だそれは? 馬鹿馬鹿しいにも程がある」

「いくらなんでも、それであんな事態が起こるとは到底思えん」


<秋人>

「……そうかねぇ?」


<聖司>

「いやいや『そうかねぇ?』って、そうでしょう?」

「式中にあの時の状況を作り出す。そのために必要な下準備といったら……」

「まず、記名前の卒業証書を一枚手に入れて、そこに榎本君の名前を書き込まなければならず」

「次いで、偽造した証書をC組の束の中に遊び紙として忍ばせる必要があります」

「さらには、各担任が読み上げる名簿を、細工したものとすり替えなければならない」


「最低でも、これだけの行動が必要なんですよね? ならどうしたって、そこには誰かの意図があったんだと考えるべきでしょう?」


<秋人>

「……んじゃ、こういうのはどうだ」

「榎本正成の名前が証書に書かれていたのは、名入れ役の誰かが勘違いしたか、はたまた手慣らしか何かで、たまたまその名が書き込まれたってだけの話で」

「その一枚がC組束の遊び紙に使われたのも、ただの偶然。もちろん、一枚でいいはずの遊び紙が二枚あったのも、束作りした奴が二枚重なってた事に気付かずに……なんて感じでよ」

「どうだ? こんな展開だったら──」


<聖司>

「だから有り得ませんってば! いくらなんでも無理がありすぎます!」

「流石にこればかりは、あなたの意見だとしても承服しかねますよ」


<秋人>

「う〜ん。まあ……そうだよなぁ」


<双葉>

「何なのよ、さっきから! 誰がどう見たって、偶然とか手違いなんてありえない状況でしょ?」


<秋人>

「そりゃ、そうなんだけどよ」


<優希>

「分からんな。何がそれほど気に食わないのだ?」


<秋人>

「気に食わない……。そうか、気に食わなかったんだな、多分」


<双葉>

「だから、何がよ! イライラするわね!」


<秋人>

「そうだな。んじゃ、例えばだ」


<全員>

「…………」


<秋人>

「卒業式での一騒動。こいつを誰かが意図的に起こしたんだとして、そいつの下準備とやらが始まったのは『いつ』からだったんだ?」


<聖司>

「『いつから?』ということでしたら。まあ、最初にやるべきは証書の予備を一枚くすねる事ですからね」

「それなら証書が印刷業者から届かないことには始められませんし」

「そうなると、下準備は早くても証書が納品されたという一月ほど前から始まっていたという事に……」


<秋人>

「ならないだろうよ」


<聖司>

「え?」


<秋人>

「証書をくすねて名前を書く。C組の束に遊び紙として紛れ込ませる。そして読み上げ名簿をすり替える」

「これだけじゃ、ダメなんだよ。たったこれだけの下準備じゃ、今回の騒動を引き起こすには全然足りない」


<双葉>

「足りないって何が? 余裕でいけるんじゃない?」


<秋人>

「いけるわけないだろ。おいメガネ」


<聖司>

「はい何でしょう?」


<秋人>

「お前の想い人とかいうの、もう一回読み上げてみろ」


<聖司>

「へ? は? 何ですって?」


<秋人>

「だから。お前が手帳に書いてる、三年のクラス名簿。もう一度、読み上げてくれって言ってんだ」


<聖司>

「な……何をいきなり……」


<双葉>

「ああもう、じれったい! 霧島先輩、手帳かしてください!」


<聖司>

「おわっ、ちょ、そんな!?」


<優希>

「いいから、大人しくしていろ」


<聖司>

「う……うう」


<双葉>

「ああ、あったわ、このページね。で、何をどう読めばいいの?」


<秋人>

「ああ、そうだな。んじゃ試しに、A組の生徒を上から順に……そうだな三人くらい名前を読み上げてみろ。ああ、苗字だけでかまわんからな」


<双葉>

「苗字? わかった。ん。んじゃいくわよ。えっと……」

「A組の最初の三人は、青木、伊藤、遠藤ね。私、全然面識のない先輩ばっかね。んで、これが何?」


<秋人>

「よし、次はBとCを続けて読み上げろ」


<双葉>

「へ? う……うえっと」

「Bが、安藤、伊藤、井上……ね。Cは石原、伊藤、上野、ね。つーか伊藤先輩多すぎじゃない?」


<聖司>

「伊藤さん、鈴木さん、佐藤さんはどこにでもいらっしゃいますからねぇ」


<優希>

「余計な茶々を入れるな」


<聖司>

「あ、すいません」


<秋人>

「よし。それじゃあ今度は、Dを飛ばしてE組だ。どうなっている?」


<双葉>

「飛ばすの? 何で?」


<秋人>

「い、い、か、ら」


<双葉>

「ああもう、分けわかんない! ええと! 相田、家永、内田……ってこれ、本当に何か意味あるの?」


<秋人>

「どうかな。ただ、どうだお前ら。少し妙だとは思わないか?」


<優希>

「妙……と言われてもな」


<聖司>

「どこにでもいる……?」

「…………」

「牧さん。……手帳、ちょっと返してもらえます?」


<双葉>

「え? あ、はいスイマセン」


<聖司>

「………」

「……」

「…」

「なるほど」


<優希>

「どうした? 何か気付いたのか?」


<聖司>

「ええまあ、なんと言うか。一年間、ずっとこれだったからすっかり忘れていましたけど……」

「そういえば三年生に上がったばかりのころには、随分と偏っているなと感じていた事を思い出しました」


<双葉>

「偏っている?」


<聖司>

「はい、良いですか?」

「今日卒業した三年生全体で見ると、です。まず、『あ』から始まる生徒名は『青木』『安西』『安藤』さんの3名。続いて……」


<優希>

「あ……」


<聖司>

「続いて『い』で始まるのが、実に7名。半数近くが『伊藤』さんですね。そして『う』の生徒は……」


<秋人>

「5人だ」


<聖司>

「はい……確かに。さらには『え』で始まり、ついでに『榎本』よりも先にくるであろう生徒数は……4」


<秋人>

「足すといくつだ?」


<双葉>

「……19」


<秋人>

「と考えると、どうだ。少しは奇妙だと思えてくるだろ?」


<双葉>

「え……なんで?」


<秋人>

「重要なのは、榎本正成の名前が本来あるべき順番……。つまりD組の先頭で読み上げられたってことだ」

「そして」

「俺の話した方法を使って榎本正成の証書を紛れ込ませた場合。榎本の証書が組み込まれる場所はどうしたって……」


<聖司>

「D組の先頭に……なりますね」

「つまり、こう言いたいわけですか? 榎本君の証書を忍ばせられることが可能だった順番。それがピンポイントに彼の主席番号の場所だったと」


「そんな偶然があるものかと。そんな偶然は気に食わないと、そう仰りたいわけですね?」


<秋人>

「…………」


<双葉>

「偶然……かあ。まあD組の最初にしか入れられないのに、そこがたまたま正しい順番だったって言われたら……何か出来すぎな気がしなくもないけど」


<優希>

「そしてその偶然を引き起こすためには、榎本よりも先に苗字のある19人が、誰一人としてD組に割り振られてはならない、か」


<聖司>

「そうですね。もし一人でもD組に入ってしまったら、榎本君の名は『そこではない場所』で、呼ばれていたことになる」


<優希>

「ふむ、しかしだ。確立というものが偏ることは珍しい話ではない。現にこうなっていたのだから、やはり……」


<双葉>

「つーかさ。逆ってだけじゃないの? たまたまD組の中に『榎本』よりも早い苗字がなかったから、今回の騒動を引き起こそうと思った──とか、その方が在りえそうな話じゃん」


<聖司>

「まあ、そうですよね。そう考えた方が自然と言えるかも」


<優希>

「となると、やはり式での一件は誰かが意図的に起こしたものだと考えるべきだな」


<秋人>

「…………」

「工藤はこんな事を言っていた」


『退学騒ぎが起きる前には、すでに新学年における生徒達のクラス割は決まっていた』


「ってな。そして……」


『本来なら、榎本正成はD組に入るはずだった』


「とも言っていた」


<双葉>

「んじゃやっぱり、偶然にも状況が整ってたってことじゃない。一年も前に決まってたクラス割りなんて、土台どうこうできる物じゃないでしょ?」


<秋人>

「そう、一年だ。考えられるか? たったこれだけの事に、まる一年だぞ?」


<双葉>

「へ?」


<秋人>

「これも工藤の発言だが……」


『騒動のおかげで、決まっていたクラス割を一からやり直さねばならなくなった』


「そんなことを言っていたよな?」


<優希>

「うむ、確かに聞いたな」


<秋人>

「おかしな話だとは思わないか? 一人の退学者が出ただけで、どうして学年全員分のクラス割をやり直す必要がある?」


<聖司>

「と言われましても。それが今回の件……と……?」


<優希>

「どうした霧島?」


<聖司>

「あ……いえ、その……」


<秋人>

「続けるぞ」

「去年の春休みの最中。新年度を前に、教師達が新たなクラス割を決め終えていた状態で事が起こる」

「それは榎本正成が教師に対して暴行を働いた……というものだった」

「榎本正成の退学は春休みが空ける前に決定され、結果的に奴が三学年を迎える事はできなかった」

「そして、退学者出現の煽りをうけるようにして、一度は決まっていた新三年生のクラス割が一からやり直されることになった」


<全員>

「…………」


<秋人>

「さて」

「では、どうして一人退学者がでたくらいで、一からクラス割をやり直さねばならなくなる?」

「本来なら、D組から一人の名前を削除する。それだけで事は足りたはずだ。それなのになぜだ? 割り振りのやり直しに、いったいどんな意味があった?」


<双葉>

「そ、それは……」


<秋人>

「想像だ。これまでもここからも。何もかもが俺の下らない想像だ。だがそれでも、どうしたって考えちまう」

「もしも振り分けのやり直しに、別の目的があったのだとしたら?」

「もしも。D組最初という場所に『榎本』という名字が当てはまるよう、クラス割りを誘導する。たったそれだけのために、割り振りのやり直しが行われていたのだとしたら?」

「もしもそのやり直しすらも、一年後の今日。お前たちの卒業式に向けて一連の騒動を起こすための『一つの下準備』なのだとしたら?」


<全員>

「…………」


<優希>

「そ……そっ! そんな馬鹿な話があってたまるか!」


<聖司>

「しかしです。もしもD組先頭に榎本正成の名が当てはまるようにと、誰かが自分たち三年生のクラス分けを導いたのだとしたら……」

「自分らの学年が卒業式を迎える今日という日に、式の中で榎本君の名前を呼ばせる。我々卒業生たちのクラス割が、その目的を前提として決められた振り分けなのだとしたら……」


<優希>

「な……何を言っているのだ、霧島……」


<聖司>

「それならばです。少なくとも、19名のうちの誰一人としてD組になれなかったあの偏りについて、それが確率の悪戯などではなかったという解釈が可能になってきます」


<優希>

「だとしてもだ! 卒業式に退学者の証書を一枚つっこむ! それだけのために、一年? ありえん!」


<秋人>

「ああ、俺だってそう思っていたさ」

「んな奴がいるもんかと。杞憂だ、考えすぎだ、思い込みすぎだ、ってよ」

「だから、なにもかも、今回の一件は全て偶然と手違いの産物なんだと、そう思い込もうとしていたんだがな」

「まったく、ロクなもんじゃない」


<双葉>

「でもさ、その誘導っての? ええと榎本って人がD組の最初に来るように……なんて、そんな器用な真似がそもそもできるの?」


<秋人>

「どうだろうな。まあその事については俺じゃなく、工藤先生に聞いたほうが早いかもしれないぞ」


<双葉>

「先生に?」


<秋人>

「ああ、お前だって聞いたんだろ? 工藤先生の呟いた一言」


『一年。本当に一年も前からなのか?』


<双葉>

「あ……うん」


<秋人>

「何か、思い当たる節でもなけりゃ、あんな台詞がこの場面で出てくるわけもない」


<聖司>

「となると、工藤先生が向かわれたのは……」


<優希>

「一年前、クラスの割り振りで19名分を誘導していた人物のところ?」


<秋人>

「そこまでは断言しない。だが、その可能性は高いんじゃないか?」

「19人の誰もがD組にならないように誘導する。そんな真似、学内でもかなり強い発言権を持った人物でなければ不可能だ」

「ついでに、それだけの荒業を自然に……なんてのは無理な相談だろう。だとしたら他の人間の目には、そいつの態度がそうとう奇妙なものに映っていたはずだ」

「なら。一年前の出来事を工藤が覚えていたとしても、不思議じゃない」


<双葉>

「でも、だったら誰が何のためにそんな一年も……」


<秋人>

「知らねぇよ。今こうして話してても、本当にそんな奴がいるのか、俺自身が半信半疑なくらいだ」

「退学になった生徒の卒業証書。それを一年後の卒業式の中、正しい順番で読み上げさせ、そして受け取らせる」

「はっきりいって、ワケが分からない」


<全員>

「………」

「……」

「…」


<秋人>

「本当によ、分からないことばかりで嫌になるぜ。そうは思わないか──」





なあ?



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