第四章 校歌斉唱01
<双葉>
「あ! 何か分かったのね? そうでしょ? そうに決まってる!」
<秋人>
(ぬ……。勘のいい小娘めが)
<工藤>
「分かった? ここまでの話で何か分かったのかね?」
<秋人>
「あ、いやえっと……」
<優希>
「もったいぶる事もないだろう? 気付いた事があるのなら、いつかのように我々にも聞かせてもらいたいものだな」
<聖司>
「ですね。是非ともそうしてもらいたいところではありますが、いかがですか?」
<秋人>
「いやまあ、気付いたっつーか何つーか……」
(なんだこれは、総攻撃じゃねーですかい)
<全員>
「…………」
<秋人>
(無茶苦茶な話だが……ま、しゃーないか)
「んじゃ、結論から言うとだ」
<聖司>
「いきなり結論……とはまた」
<秋人>
「おっとダメだったか?」
<聖司>
「いえいえ、どうぞ続けて下さって構いません」
<秋人>
「そうか? それじゃあはっきり言うが……」
「203枚の卒業証書。その束の中に、榎本正成の名前を書き込んだ一枚を混ぜ込むチャンスなら、十分に在ったはずだ」
<工藤>
「十分……。それは断言できるのかね?」
<秋人>
「ああ、どうだろうな? 正直言って俺自身もまだ半信半疑なところがあったりはするが……まあいいか」
「卒業式で起きた奇妙な状況ってのを意図的に作り出す。それくらいなら、多分いけるだろうよ」
<聖司>
「この状況を『それくらいなら』ですか。しかし何にしても、結論と言うだけあって、いきなり本丸を突くような物言いですね」
<優希>
「半年前の時もこんな感じだったな」
<双葉>
「半信半疑……多分……」
「う~ん。あんたにしては随分とフワッとした物言いだけど、実際どんな感じなの?」
<秋人>
「どんな感じ~? とか気軽に漠然と聞かれても困る。つーかだ。若干だが運の要素もからむ部分があるし、何より……」
(何より、ぶっちゃけ理解できない。どんな理由があれば、一年──)
<双葉>
「何より、なんなのよ?」
<秋人>
「ああ、いや何でもない」
「とにかくだ。お宅の学校の卒業式で起きた、一連の不可解な出来事。それの発生したメカニズムの正体ってんなら、いま俺の持ってる考えだけでも粗方の説明は付けられるはずだ」
<全員>
「…………」
<工藤>
「いいだろう。ではもう少し、具体的に君の考えとやらを伺うとしようか」
「本来なら203枚のみだったはずの卒業証書。その束の中に『榎本正成』の一枚が紛れ込んだのは、実際に『いつ』の事だったと考えるべきなのかね?」
<秋人>
「『いつ』か。日時まで正確にって言われると困るが……」
<工藤>
「大体で構わん。やはり、前日に担任がチェックをして以降、式が始まるまでの間のどこかで──という前提で話を進めて良いのかな?」
<秋人>
「いや。その前提からして、すでに間違ってるはずっすよ」
<工藤>
「な、なに?」
<聖司>
「これはまた」
<秋人>
「一枚の余計な証書が、203枚の中に紛れ込まされたタイミング」
「それは恐らく式前日のチェック前。つまり、各クラスの担任が証書の並び順をチェックするよりも“前”の事だったはずですからね」
<工藤>
「前? チェック直後でなく、当日の朝でもなく……それよりも前だと?」
<秋人>
「そ。状況を見る限り、そう考えるのが一番妥当そうなんで」
<優希>
「ふふ、おもしろい。一体全体、あの状況をどんな目で見たらそうなったのだ?」
<秋人>
「そんな珍しい話でもないぞ? 単純に、消去法ってなだけだからな。例えばだ……」
「昨日、D組担任が最終チェックを終えたあと、五つあった証書束は、すぐに一つの大束にまとめられ、そのまま体育館の舞台上まで運ばれている。だったよな?」
<双葉>
「うん、そう。重かったし」
<秋人>
「だとしたら。この時点ですでに、『チェック後』から『体育館へ移動』するまでの間には、証書の束に細工を施せるような隙は無かったことになる」
「こいつを除いてな」
<双葉>
「だから、あたしはやってないってば!」
<秋人>
「んまあ、人間的な信憑性に欠けちゃあいるが、とりあえず今はこいつの証言を信じるとして」
<双葉>
「ひどい言われようだわ……」
<秋人>
「さて。体育館へ移動する前までを『無理』と仮定した場合、じゃあ体育館へ『移動した後』なら可能なのか?」
<聖司>
「だから、それも無理という話だったじゃないですか」
<秋人>
「そのとーり。置くなりすぐに体育館は施錠され、その際に館内が無人であることも確認されている」
「怪しげセンサーで確認ってところが、やっぱり胡散臭い気もするが……」
<双葉>
「あんたは、何だったら満足なのよ」
<秋人>
「ここはそれも鵜呑みにして仮定するとだ。結局は『体育館へ移動た後』も不可能。と、残るは『今日の朝、式が始まるまでの間に』ってことになる。が」
<工藤>
「それも考えにくいと、私は確かにそう言ったはずだがね」
<秋人>
「ええはいはい、聞いていましたよ。と言うわけで、これも無理」
「そして。一度、卒業式が始まってしまったならば。いくらなんでも、式の真っ最中にそんな小細工をするチャンスなんて在りはしないだろう」
<全員>
「…………」
<秋人>
「こうして湧いて出てくる『無理』を順番につなげてみれば。ならどうしたって、束への細工が『前日のチェック完了後』~『式が始まるまで』の間に……って考え自体が無理な話になってくる」
「だったらいっそ──」
<工藤>
「いっそのこと、前日にクラス担任がチェックをするよりも前に、すでに混ぜられていた……と?」
<秋人>
「ええまあ。消去法ってのをどう受け止めるのかはそれぞれだろうが、それでも一応の筋は通ってるように思うがね」
<優希>
「いや……いやいやいや」
「待て待て。その考えのどこに筋が通っているというのだ? まさか何より大きな大前提の存在を忘れたわけではなかろう?」
「D組の担当教諭が並び順を確認した時点では、榎本の証書など、束のどこにも無かったという話だったはずだ」
「この証言がある以上、やはり余計な証書が差し込まれたのは『チェックの後』だったと、その考えが揺るぐことはないのではないか?」
<秋人>
「ところが、そうでもなくてな」
<聖司>
「ふぅん。となるとアレですか。D組みの先生が嘘の証言をしていたと?」
「本当はチェックの時に見つけていたけど、何らかの理由で見ていないと嘘をついたとか」
「もっと言えば、D組の先生自身が束の中に──」
<秋人>
「あーそれも無いとは言い切れないが、それでもこの場は、工藤先生が聞いた『並び順を確認した時には無かった』というD組担任の証言を信用することにしよう」
「構わないっすよね、先生?」
<工藤>
「ああ構わない。確かなはずだ」
<聖司>
「そこまで仰られるなら、仕方がありませんが──でも」
<双葉>
「だったら何なのよ? ひょっとして、もっとシンプルに混ざってたのに先生がチェックの時に見落としちゃった……とか?」
<優希>
「いや、とてもではないが、見落とせるような状況だったとは思えん」
「昨日のチェックの段階で、すでに仕込まれていたとすれば。それならば榎本の証書はD組の束の中で一番最初に仕込まれていた事になる」
「つまりそれは、表紙をめくった一枚目ということだ」
「そんな状態の一枚を、それほど都合良く見落としてくれるなど、いくらなんでも考えられん」
<双葉>
「ん~。ですよね~」
<秋人>
「ああ、ないな。見落とした、何てこともないだろうさ」
<工藤>
「では結局、何だと言うのかね?」
「君の言うように、この証書がチェックの時点ですでに束の中に混ざりこんでいたとしてだ」
「しかし、D組担任の見落としでも偽証でもないとするなら、ではどうやってこの一枚はチェックをすり抜けたと?」
<秋人>
「いやぁ。すり抜けたとか、そんな大げさな事じゃなくて。なんつーか、実際はもっと下らない話なんすよ」
<双葉>
「下らない?」
<秋人>
「そ。もっと下らないくらい、単純にシンプルに」
「前もって紛れ込んでいた榎本正成の証書。こいつは、D組担任のチャックでは『そもそも見つけること自体が不可能』だった……ってね」
<工藤>
「そもそも不可能……だと?」
「いよいよ意味が分からない。つまり、どういうことなんだ?」
<秋人>
「そうっすね。んじゃ今度は、順を追って説明していく事にしましょうか」
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