第三章 卒業証書授与06

<双葉>

「あ、戻ってきた」


<秋人>

「よお、どんな塩梅だ?」


<優希>

「どうもこうもない。見事なまでの停滞状態だ」


<双葉>

「一応それでも、D組の先生が怪しいかもって意見も出るには出たんだけど……」


<秋人>

(あー。そりゃまた)


<工藤>

「彼については、私が話を聞いた限りは、無関係だ」


<双葉>

「ってなわけでして」


<秋人>

「あっ……そ」


<聖司>

「ちなみに、そちらはどうですか? また前の時みたいに、何か思いつきましたか?」


<秋人>

「んーにゃ。なーんも」


<工藤>

「…………」


<聖司>

「そう……ですか」


<全員>

「………」

「……」

「…」


<秋人>

(沈黙が長すぎらあ)


<全員>

「………」

「……」

「…」


<双葉>

「……あの」


<秋人>

(……?)


<優希>

「どうした?」


<双葉>

「あの、大したことじゃないとは思うんですけど」


<工藤>

「構わない。言いなさい」


<双葉>

「あ、は、はい。えっと、その、そもそも……の話なんですけど」


<聖司>

「そもそも、どうしたんです?」


<双葉>

「その、なんと言うかアレなんですけど。そもそも、何でD組の最初だったんでしょうか?」


<優希>

「……?」


<双葉>

「だって気になりませんか? 名前を呼ばせて証書を出すだけで良いんだったら、別にA組でもB組でも、それにクラスの二番目でも三番目でも良いはずなのに」

「D組の一番とか、ちょっと微妙に中途半端な気がして……」


<全員>

「…………」


<双葉>

「あん、やっぱりいいです! 今のは忘れてください!」


<工藤>

「いや。この状況下なら、どんな意見も貴重だ。自信を持ちなさい」


<双葉>

「は、はあ」


<聖司>

「あーでも。言われてみると……」


<優希>

「……確かに。そこについては、あまり考えていなかったな」


<秋人>

(…………)


<聖司>

「気になりますね。何か理由でもあったんでしょうか? だて男さんは、どう思います?」


<秋人>

「さあね」


<全員>

「…………」


<工藤>

「ふむ。その疑問についてなら、私が答えようか」


<優希>

「お心当たりでも?」


<工藤>

「まあな。もっとも、君たちでは知りようのない事情ではある。今さらだが、先に話しておくべき事だったのやもしれないな」


<優希>

「その口ぶりですと、やはりD組先頭という場所には、何か意味があると?」


<工藤>

「そうだ。『D組の先頭』という場所。その場所こそ、『榎本正成』の名前を混ぜ込むに、もっとも相応しい場所だと言えるのかもしれん」


<秋人>

(D組先頭は、榎本正成の名前を混ぜ込むに、もっとも相応しい場所……)


<双葉>

「えっと、相応しいって、どういう意味ですか?」


<工藤>

「順を追って説明するとしようか」


<全員>

「…………」


<工藤>

「榎本正成の退学。それは、去年の春休み中に起こした暴力沙汰の一件が原因だった」

「仮の話ではあるが。もしもその一件がなかったならば、榎本もまた春休み明けには三学年へと進級する手はずになってもいた」

「事実。奴の退学が決まる数日前には、新年度における生徒達のクラス分けも全て決まっていたくらいだ」


<聖司>

「まあ、事件があった時期を考えれば、あり得ない話でもないですか」


<工藤>

「うむ、しかしだ。新学期も間近という時期にきて、暴力沙汰を理由に榎本が退学処分を受けるという緊急事態が発生してしまった」

「当初は教師陣の何名かが『重過ぎる処分』として、その決定に意を唱えるような場面も見受けられたが」


<秋人>

(暴力沙汰で重過ぎる……?)


<工藤>

「結局のところ。榎本は処分を免れず、『退学』という最悪の形で学校を去らざるを得なくなってしまった」

「そんな出来事に煽られるように。決まっていたはずのクラス割りも、また一から決めなおすなどという羽目に陥ってしまったわけだが……ふむ。これは蛇足だったか」


<秋人>

(…………)


<工藤>

「何にしてもだ。もしもその退学騒ぎさえ無ければ、榎本正成は本来の予定通り三年生の一員としてこの一年を過ごし、そして今日──」


<優希>

「我々同様、正式な卒業生として証書を受け取っていたはず、という訳ですね」


<工藤>

「その通り。そして」


<全員>

「…………」


<工藤>

「ここまで言えば、察しがつくとは思うが。退学騒動が起きる前時点において、『榎本正成』が一度は割り振られていたクラス。実はそれが三年D組だった」


<聖司>

「三年D組。それでD組ですか。D組、D組? D組の先頭? ひょっとして……」


<双葉>

「どうしたんですか霧島先輩。突然、手帳なんて開いて?」


<聖司>

「ああ、ちょっと待ってくださいね。ええと……ああ、これだこれだ」


<優希>

「ご自慢の手帳がどうかしたのか?」


<秋人>

(そーいや、何でもかんでも手帳に書いてる奴だったっけか?)


<聖司>

「いえね。ほら、このページなんですけど見てください」


<優希>

「これは……D組のクラス名簿……写しか?」


<聖司>

「ええそうですとも。それでですね、もしこの中に──」


<双葉>

「あの、ちょと待ってください。何でそんな一覧をわざわざ手帳に?」


<聖司>

「え? いや何でって言われましても……」


<優希>

「むふ。野暮な事を聞いてやるな。どうせD組とやらの中に想い人でもいたのだろうよ」

「そいつの名前を手帳にしたためては悦に浸っていたのだろう。察してやれ」


<双葉>

「え何それヤバくない?」


<秋人>

「それでどうしてクラス全員分も書くんだよ?」


<優希>

「カモフラージュだ。木を隠すには森の中。なに、恋心とはそういうものだ」


<秋人>

「それはまた殊勝な心がけで」


<双葉>

「まじヤバくない?」


<聖司>

「あれ、ちょ、何の話……」


<優希>

「ちなみに私はA組だったな、ふむ良かった良かった」


<聖司>

「どういう意味ですか!? っていうか、皆さんの態度って完全に八つ当たりですよね? 何で自分に!?」


<秋人>

(何でも何も、そりゃ鬱憤だってたまるときに妙なエサばら撒いたらそうなるだろさ。ご愁傷様)


<聖司>

「そ、それにですよ! D組だけじゃなくてA組だって! ほら水城さんの名前だって、ちゃんと書いてありますからね!?」


<優希>

「通報するぞ、貴様」


<聖司>

「何で!? 生徒会の人間として、誰がどのクラスにいるのか知っておこうとしても、別におかしな話じゃないでしょ!?」


<優希>

「おかしな話だ。大体、本当はD組分しか書いていない分際で、生徒会を引き合いに出すな。後続に迷惑だ」


<聖司>

「ですから! Dだけじゃなくて、本当にAからEまで三年の全員分が、ちゃんと記録してありますってば!」


<優希>

「また、ありもしない事を」


<聖司>

「A組! 青木、伊藤、遠藤!」

「B組! 安藤、伊藤、井上!」

「C組! 石原、伊藤! もっと読み上げましょうか!?」


<秋人>

(おーおー。かっかっしてるな、お互いに)


<優希>

「あまりムキになるな。思わず察してしまいたくなるだろう」


<聖司>

「何をどう察するつもりですか!?」


<双葉>

「まじヤバくない? と察してみる」


<秋人>

「まじヤバイかもな」


<工藤>

「それで。その茶番はまだ続けるべきなのかね?」


<優希>

「ふ、いえ。これ以上展開しても、さして楽しめなさそうなので」


<聖司>

「は? は? は?」


<優希>

「で。D組の名簿がどうした? さっさと話せ、不審者め」


<聖司>

「こ、の、人は……まあ、慣れっこですけどね!」


<秋人>

(大した忍耐力で。俺とは大違いだな)


<聖司>

「ええとですね……はあ」

「まあその、あれですよ。自分達が知っている3年D組の中に、もしも『榎本正成』という名前を混ぜ込んだと仮定した場合」

「では彼の名前はD組の一員として、出席番号順のどの場所に組み込まれるのか?」

「見てください」


<秋人>

(写しにあるD組の一番は……小田……)


<聖司>

「見ての通り、本来のD組一番は小田洋平君です。となると榎本君の加名があった場合、彼の名前は三年D組の一番最初に加えられる事になる」

「つまりは、そういう事なんですよね工藤先生?」


<工藤>

「……ふむ、まあ良いだろう」

「本日卒業を迎えた三年D組というクラス。もし榎本が退学することなく、この一年をD組の中で過ごしていた場合。奴に割り振られるクラス内での出席番号は『1』」

「とどのつまりは、『D組の先頭』になっていたはずだ」


<双葉>

「じゃあ、それを再現するためにワザワザその場所を選んで……?」


<聖司>

「自分で言っておいてあれですけど……執念じみた何かを感じざるを得ませんね」


<秋人>

(……執念。執念か)


<工藤>

「何にしてもだ」

「昨年の春休み。『榎本正成の退学』という騒動にまつわる事情を知っていた者であれば」

「偽造した証書を仕込む場所として、『D組の先頭』を選択するという展開は十分に考えられるというわけだ」

「まだ質問はあるかね、牧?」


<双葉>

「いえ、大丈夫……です」


<秋人>

(……執念)

(……ありえるのか?)

(だが、もしも俺の仮説が当たっていたとしたら、それだと一年だぞ? たったそれだけのために一年──))


<双葉>

「ん、どしたの? 一年生がどうかしたの?」


<秋人>

「あ、いや……」

(うおっと。思わず声に出ちまったじゃねーか、どうしてくれる)


<双葉>

「あ! 何か分かったのね? そうでしょ? そうに決まってる!」


<秋人>

(ぬ……。勘のいい小娘めが)






※次回から解決編へと突入いたします。

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