第三章 卒業証書授与02

<工藤>

「印刷された証書台紙250枚。これが業者から納品されたのは、そうだな。今から一月ほど前の事だったか」

「届いてそうそう、毛筆に覚えのある職員たち数名が、手分けをして卒業生一人一人の名前を台紙に書き込んでいく手はずになっていた」

「名入れが行われている最中、記名される前の台紙は職員室の片隅に積み置かれており、記入者の各々がそこから思い思いに持ち出して書き進めていたはずだ」


「さて」


「全ての名入れが終わると、出来上がった203枚分の証書はクラスごと、『五つの束』へと振り分けられ──」


<優希>

「五つの束……?」


<工藤>

「そうだ。名入れを終えた203枚の証書。それは当初、A組分からE組分まで五つの束に仕分けして置かれていた」


<聖司>

「最初から卒業生全員分の証書が、一つの束にされていたわけじゃないのか……」


<工藤>

「うむ。五つに分かれた状態で、職員室脇にある経理書類などが保管された『資料室』に置かれていた」


<聖司>

「ああ、資料室なら知ってます。スチール棚が壁一面に並んでる、あの小部屋ですか。確かあの部屋、いつも扉が開きっぱなしだったと記憶していますが」


<工藤>

「その通り。最後の職員が帰宅する際には施錠をするが、それ以外は基本的に鍵をかけないどころか扉すら開いたままということも少なくない」

「資料室へは、どのみち職員室を経由しなければ立ち入れないのでね。そういう事もあり、もともと防犯という意識が低い一室だと言われれば、否定はできんよ」


<優希>

「つまり。その部屋への出入りは、比較的自由に行えるという解釈でよろしいのですね?」


<工藤>

「そう考えてもらって構わない。職員室に出入りする者であれば、立ち入ることは可能だ。当然……」

「それが、卒業証書の束が五つ置かれていた期間であったとしてもな」


<全員>

「…………」


<工藤>

「では、話を続けよう」

「私の記憶が確かであれば、全ての名入れを終えられたのは、今より二週間ほど前」

「出来上がった卒業生203名分の証書は、その日のうちにクラスごとへと分けられ、先にも話したとおり当初は資料室の長机に並べて置かれていた」

「この辺りのやり方は毎年同じでな。そこまでの段取りなどは手馴れたものだったよ」


「そして式の前日、つまりは昨日のことだが──」


「卒業式の準備を進めるにあたり、五つあった束はそこで初めて203枚の大束にまとめ上げられ、資料室から体育館の舞台上……予め所定されていた『置き台』へと運ばれている」


<双葉>

((あ? あー……))


<秋人>

(?)


<工藤>

「後は、知っての通りだろう。卒業式が始まり、証書の授与へと進行した時点をもって、203枚の証書束は『置き台』から校長の立つ舞台中央の演台へと移る」

「そしてそのままA組一番の者から順に、証書は一枚ずつ、校長の手を経て卒業生達の下へと受け渡されていったわけだが……」


<秋人>

(校長の目の前にドカンと大束とか、シュールな絵面の邪魔くささだな)


<工藤>

「さて」

「ここまでを聞いただけであれば、証書束の中に偽造した一枚を仕込めそうな好機など、いくらでもあるように思えるだろうな」


<優希>

「と言わざるを得ないというのが、正直なところです」

「昨日までの二週間あまり。証書は出入りの安易な資料室に置かれており、昨日の段階で体育館の舞台上へと移りはしたが、やはりそこも人が近づける場所には違いない」

「この条件であれば、やはり何とでも出来そうなものですが……」


<双葉>

((うーん))


<秋人>

(……??)


<工藤>

「ところが、そう簡単な話にはならないようでな。問題は、私が他の教師達から聞かされた幾つかの特殊な状況にある」

「まず最初に問題となる状況だが──」


<双葉>

((うううーーーん))


<秋人>

(さっきから、何を唸ってんだ?)


<工藤>

「ん? どうした牧、体調でも悪いのかね?」


<双葉>

「あ、いえ、そういうワケじゃないんですけど……」


<工藤>

「ならばどうした? また何か、言いたいことでもあるのかね?」


<双葉>

「言いたいことっていうか、何ていうか」


<優希>

「じれったいな、ハッキリしろ。時間の無駄だろうが」


<双葉>

「あーはい。えっとぉ何ていうか多分なんですけど」


<秋人>

(なんつー微妙な面構えしてんだ、こいつは)


<双葉>

「そのですね。ひょっとしたら私、先生みたく『不可能』派に変わってしまうかもしれないのです……なーんて」


<優希>

「なんだと?」


<秋人>

(なんだとぉ!?)


<聖司>

「それはつまり、あなたも先生同様に、束の中に証書を入れることは出来ないはずだ、と?」


<双葉>

「は、はい」


<聖司>

「しかし、どうして急に?」


<双葉>

「だって、あれなんですよね? D組なんですよね? 榎本さんって人の証書が入れられてたのって、束の中の『D組一番』のところだったんですよね?」


<聖司>

「今さらそこを確認しますか? まあ、その通りなんですけど」


<双葉>

「そっか、うん。だったらやっぱり、私も工藤先生の『不可能』思考に同意してしまいますです、はい」


<工藤>

「どういう風の吹き回しかね?」


<双葉>

「あーいやですね。なんと言いますか、ほら私、卒業式の準備委員だったりしたんで」


<秋人>

(そう言えば、そんな事を言ってた気が……しなくもない)


<双葉>

「それでですね。多分、工藤先生は三年D組の担任の先生とかから話を聞いて、その話から『不可能』って考えたんですよね?」


<工藤>

「そうだと言ったら、どうなるのかね?」


<双葉>

「えっとですね。私、D組の先生がチェックするのを見てたし、ついでに証書の束をまとめて体育館まで運んでたりもしてたとか……てへ」


<工藤>

「見ていて運んだ? もしや牧双葉、君は……」


<双葉>

「多分、そのまさかじゃないかなって……」


<工藤>

「何と言うことか」


<聖司>

「何ですか? 何がどうなっているのですか?」


<双葉>

「どうしよう。工藤先生、ひょっとして私が話した方が良かったりしますかね?」


<工藤>

「当然だ。もし牧が、その現場に直接居合わせたというのであれば、聞き及んだだけの私の話より価値がある」


<双葉>

「価値とか言われても良くわかんないですけど、それじゃあ」

「えっと、どこから話したらいいんだろ? そだな。それじゃあ一応、昨日の夕方くらいってことで──」



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