第二章 祝辞03

<聖司>

「何にしてもです」

「あの瞬間、生徒の一部や先生方の見せた動揺ともとれる雰囲気の理由。それを考えた場合」

「やはり彼の名前が卒業生の一員として読み上げられたのは、完全なイレギュラーだったのではないか? と。そう思う次第なわけでして」

「ああ、ちなみにですけど。その時の先生方が見せた動揺に対する見解は、自分だけでなく水城さんも同じ印象を持っていたんでしたよね?」


<優希>

「ああ、その通りだ。もっとも私の場合は『浮き足立つ』どころの話ではなく、先生方は明らかに『色めき立っている』とまで断定した判断だったがな」


<聖司>

「その辺は主観の違いですから何とでも」

「ともあれ。以上が、自分が式中に感じた『異常』に関わる、一連の流れといったところですが……」

「工藤先生。あの件はやはり、本来の予定にはないものだったのでしょうか?」


<工藤>

「……ふむ。『浮き足立つ』に『色めきだつ』か、違いない」


<優希>

「あくまでも、我々二人の主観に基づく印象ではありますが、どちらも率直な感想です」


<工藤>

「そのようだな。いいだろう、認めよう。確かに、あれは卒業式の中で予定されていた出来事ではない」


<優希>

「やはり」


<聖司>

「だとしたら、返事をして壇上へ向かわれたのも、咄嗟の機転という奴だったんですか?」


<工藤>

「咄嗟の機転などと言えるほどに大した物ではない。単に、そうしなければ式に支障をきたしかねんと考えたからだ」


<聖司>

「支障ですか?」


<優希>

「……ふむ」


<双葉>

((ねえねえ?))


<秋人>

((ん?))


<双葉>

((何だか、よく分かんないわね。支障って言うなら、工藤先生がいきなし返事して立ち上がるって方が、場を乱しそうなもんだけど……ねぇ?))


<秋人>

((は? 何言ってんだお前は?))


<双葉>

((へ? 何で? 実際にその時は確かに少し、ざわついたのよ?))


<秋人>

((いやだから、そういう事じゃねーだろ。つーか、これ以上ないくらいにファインプレーだぞ、多分))


<双葉>

((何それ、何でそーなるわけ?))


<秋人>

((だから──))


<優希>

「どうした?」


<双葉>

「あ、すいません。でも、そのこいつが……先生が返事して立ったのをファインプレーだって」


<優希>

「ファインプレー?」


<工藤>

「ほう」


<双葉>

「あ、あ、でも! 私はどうなのかなって。だって実際に、先生が立ち上がったとき、私たち二年生も結構ザワッってしましたから」


<聖司>

「ああ、それはそうでしょうね」


<優希>

「しかしだ。瞬間的に考えれば、先生の行動は『一騒ぎ』を起こしていたかもしれんが、しかし。長い目で見た場合はそうとも言えないだろう?」


<双葉>

「え、何でですか?」


<優希>

「仮にだ。もしあの時、工藤先生が証書を受け取りに行かなかったら、どうなっていたと思う?」


<双葉>

「どうって言われても……」


<優希>

「壇上では、行く当ての無い証書を持った校長が一人。となればだ。その一枚を受け取る誰かが現れない限り、以降の授与に何かしらの悪影響を与えていた可能性もある。違うか?」


<双葉>

「まあ、それはそうかもしれませんけど」


<優希>

「であれば。工藤先生の行動は、その後における悪影響を最小限に抑えるためのものだったと言う事もできよう」

「恐らくは、そういった意味合いでの『ファインプレー』という表現だったのだろう?」


<秋人>

「え? ああまあ、大体……そんなところか」


<優希>

「大体?」


<秋人>

「いやさ。正確にはちこっと違うもんでね。いや、大した違いじゃないから、どーでもいいんだけどな」


<工藤>

「…………」


<優希>

「……来たな、面白い」


<秋人>

(うおっ! 目が輝き出していらっしゃる……)


<優希>

「私の見解のどこが『ちこっと違う』のか、説明してもらおうか?」


<秋人>

(うわー。完全に藪蛇だったよ、こんちくしょう)


<秋人>

「説明……しなきゃダメな感じなのか?」


<優希・聖司・双葉>

「無論」だ」


<秋人>

(口を揃えていう程のことかよ……ったく)

「あーその。なんと言うかだな、つまりだが。見ていたところが違うっていうか」


<工藤>

「……ほほう」


<優希>

「要領を得んな。もっと具体的に言え」


<秋人>

「しゃーないな。ようは、こういう事なんだが……」

「ええと。卒業証書の授与ってのが進んでいく中で、予定に無かった人物の名前が呼ばれたとする」

「もしそれを聞いたとき、普通ならその状況をどう解釈するか?」

「解釈自体は人それぞれだが、それでもある程度はパターンが決まっていそうなもんだ」


<双葉>

「パターン?」


<秋人>

「そ、パターンだ。そうだな。まず在り得そうなのは、さっき霧島の話しにあったみたいに、『自分が予定を知らなかっただけ』と解釈するパターンが一つ」

「あとは、『読み上げリストに手違いがあった』って見立てもあるだろうし、もっと単純に『読み上げ役の担任が、勘違いした』ってのも無い話じゃない」

「他にもまだまだあるかもしれないが、まあ今はとりあえずそれはおいて置いて」

「俺がファインプレーだと言ったのは、何も『返事して、立って、舞台上へ向かった』という行動に対してではなく」

「そんな行動を『取る必要がある』と『判断できた』こと自体に対してでね」


<双葉>

「ううう、やっぱりよく分からないんですけど」


<秋人>

「もっと噛み砕くとだ。じゃあ双葉。もしもお前が先生の立場だったとして、予定に無い名前を呼ばれたらどうする?」


<双葉>

「え……」


<秋人>

「工藤先生みたいに、返事して証書をとりに行くか?」


<双葉>

「いや、そう言われても」


<秋人>

「誰にとっても予定外だったアナウンス。ところが、なかなかどうして実際にすぐそんな行動を取れるのかと言われたら、多分それは難しい。なぜか?」

「理由は簡単だ。それは、名前がただ『呼ばれた』だけだからだ」

「担任がとちったのかリストの手違いかは分からんが、予定外の名前が呼ばれた。たったそれだけの事で、気付やしないだろ、普通」


<聖司>

「気付けないとは一体?」


<秋人>

「証書だよ。予定に無い人物の名前が書き込まれた、卒業証書。名前が呼ばれただけではなく、『予定に無い証書もまた、壇上に存在している』という状況までもが、アナウンスを聞いただけで確実に判断できるのかって? ってな話だ」


<工藤>

「……面白い」


<秋人>

「俺が思うに。普通、聞いただけでそこまでの判断は付かないもんだ。んで、判断できないとなれば。それならそもそも、『取りに行かなければ』なんていう発想自体だって出てこやしない」

「壇上に存在する。だからこそ、取りに行く必要がある。この判断が何気に難しく、周囲をボケッと見回してただけじゃ、どうしたって工藤先生のような行動には出られない」

「現に。工藤先生以外の誰も、イレギュラーに対して何も対応しようとはしなかった。だろ?」


<聖司>

「……確かに」


<秋人>

「となるとだ。俺がファインプレーだと言ったのは──」


 『壇上に、イレギュラーな証書があると判断できた、その洞察力について』


<秋人>

「と、なるわけだ」

「一応確認しておくが、お前らの中で他に、その名前が呼ばれたって瞬間に、証書の存在にまで気を回せた奴はいるか?」


<全員>

「…………」


<秋人>

「つまり、そういうことだ。どうだ、そう聞けば中々のファインプレーだろ?」


<全員>

「…………」


<秋人>

「反応が薄いぞ、お前たち。だから言っただろ、『ちこっと』しか違わないって。ちこっとなんだよ、ちこっと。いいか、俺は言いたくはなかったのに、お前らが無理やり──」


<優希>

「いや、大違い……だろ、どう考えても」


<聖司>

「判断できたこと自体……とはまた、相変わらず面白い物の見方をする方ですね」


<双葉>

「でもさ。だとしたら、どうして工藤先生にだけ、そんな判断ができたの? 他の先生は、誰も気付いてなかったわけ?」


<秋人>

「うーん、どうかな。教師陣の全員が気付いてなかったとは言い切れないか。単に、真っ先に気付いたのは工藤先生だったってだけの可能性もある」


<双葉>

「いやだから、気付いた順番じゃなくってさ。『気付く』と『気付けない』の違いがどこにあったのかを聞きたかったんだけど?」


<秋人>

「それこそ、ご本人様がそこにいるんだから、そっちに聞けばいいだろ?」


<双葉>

「……え」


<工藤>

「……いや」

「私も君の見解を聞いてみたい」


<秋人>

(んげげ!?)


<工藤>

「どうかね? 君の言うように、仮に私“だけ”が証書の存在に気付いていたのだとして。では、どうして私はそれに気付けたのだと?」


<秋人>

「マジっすか」


<工藤>

「比較的、まじだ」


<秋人>

(マジでした)

「あー。さっきも言ったけど、あれっしょ。見てた場所が違ったとか、そんなところでしょ?」


<工藤>

「……おお、ほおほお」


<優希>

「説明!」


<秋人>

「へいへい。ったく」

「んじゃお前たち。予定に無い名前が呼ばれた直後の、自分達の取った行動をもう一回思い出してみろ」

「メガネ。お前は確か、驚いて辺りを見回した……だったな?」


<聖司>

「え、ええ」


<秋人>

「んで、会長さん……ああ、“元”会長さんか。あんたはどんなだった?」


<優希>

「水城だ。私とて、霧島と大して変わらない。しいて言うなら、そうだな」

「自らの周りよりも『読み上げられた先生方』がおられるあたりに、強く留意していたといったくらいだ」


<双葉>

「えっと、私は」


<秋人>

「お前はいい。参考にならん」


<双葉>

「ええ、酷い!?」


<秋人>

「さて。今出た意見は『自分の周囲』と『先生がいるところ』の二つ、どっちにしても妥当なところだ」

「もしも、アナウンスの異常性に気付いた人間がいたならば、まあ真っ先に目を向けるのは、大概がこの二つのどちらかになるだろう」

「だが。この二箇所を見ていただけでは、とてもではないが証書の存在なんてところまで、考えは及ばない」


<聖司>

「では、工藤先生はその二つ以外の場所を見ていたと?」


<秋人>

「そ。ずばり言えば、工藤先生。異常に気付いたあんたが真っ先に見たのは、壇上に立つ校長先生だったんじゃないか?」


<工藤>

「……どうしてそう考えるね? 私が校長を見ていたら、証書の存在に気付けるのかね?」


<秋人>

「気付けるさ」

「卒業証書の授与っていえば、まあ大体がこんな感じだろう。順番に名前が呼ばれる。校長は壇上で証書を一枚両手で取り上げ、『以下同文』とか何とか言いながら、やってきた卒業生に手渡しする」

「もしもだ。予定外のアナウンス直後に、校長がまるで『何事も無かった』かのように、『渡す準備』を整えていたのだとしたら?」

「もしも校長が、名前を呼ばれた卒業生の到着を『ただ待っている』ように見受けられたら?」

「そんな様を目の当たりにしていたのなら、それなら証書の存在に気付かない方がおかしい。違うかい?」


<工藤>

「……確かに」


<秋人>

「つーわけで。ふわっふわだが、まあ結論だ。工藤先生。あんたは予定にない名前が呼ばれた直後、真っ先に舞台上の校長を見た」

「そして校長が、証書を手渡しする体制を整えたのを見て取り、そこに『在り得ないはずの一枚』が存在していることに気が付いた」

「だから。多少場が荒れる事を承知の上で、礼節としての返事を返した後に、校長の元へ予定外の証書を受け取りに向かった」

「と」


<全員>

「…………」


<秋人>

「とりあえず、こんなところだが……もういいか?」


<優希>

「あ、ああ。じゅ……十分だ」


<聖司>

「何だかもう……色々と嫌になりますね」


<双葉>

「向かいに同じ気持ちです」


<聖司>

「心外ですね、それは」


<双葉>

「どうしてですか!?」


<優希>

「工藤先生。今の彼の説明、いかが思われますか?」


<工藤>

「…………」

「……確かに」

「確かに。確かに。確かに」


<秋人>

(な、何だ……何だか怖いぞ?)


<工藤>

「確かに、本当のようだな。本当に、君が半年前の『生徒会副会長 霧島聖司』で間違いないのだな」


<秋人>

(どーして今頃!?)


<工藤>

「……ありがとう。その節は助けられたようだ。本当に……ありがとう」


<秋人>

(何かイヤー!?)


<工藤>

「そして。まったく、検討も付けられなかった今日の一件。しかし……」

「答えが出せるなら、早いほうがいい、か。それに、私には時間があるが……」


<優希>

「な……何でしょう?」


<聖司>

「えっと、自分らの顔に何かついてます?」


<工藤>

「お前たちには、時間が無いのだったな。よし、分かった」


<秋人>

(何ヲオ分カリニナラレタノデシャウ……)


<工藤>

「牧 だて男さんでしたな。改めて、私からも頼みたい。少しでいい。もう一度、力を貸してはもらえないだろうか?」


<秋人>

(頷く以外の選択肢が……ないざんす)



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