第二章 祝辞02
本日、当校にて我々三年生の卒業式が執り行われました。
その式に、自分と水城さんは卒業生として。牧双葉さんは在校生として。そして工藤先生は教員というそれぞれの立場で参加していたはずです。
つつがなく始まり、しめやかに勧められた、三年生の門出を祝うための式。
その催し物は午前10時頃から始まり、そして当初予定されていた段取りから大きく逸脱することもなく……そうですね。12時を少し回った頃には、式その物は終了していたと記憶しています。
途中、気のいい生徒などが軽くおどけるような場面も見受けられましたが、大まかに見て、さしたる問題も無く我々の高校生活は締めくくられたと言っても差し支えないでしょう。
ただ一点、あの時のみを除いては。
開式の辞から始まり、校歌斉唱や卒業証書の授与。在校生に校長先生、父兄代表の方の祝辞などを経て閉式の辞……と。
言ってしまうならどこにでもある、ごく一般的な卒業式だったわけですが……さて。
問題の瞬間が訪れたのは式の中でも一番の花形とも言える、『卒業証書授与』が行われている最中のことでした。
ええそうです。卒業生一人一人が名前を呼ばれた順に舞台へと上り、校長先生から直々に証書を手渡されるという、あれです。
それがどんな場面なのかは、あえて説明する必要はありませんよね? ええはい、そんなイメージで結構なので、それでは続けさせていただきましょう。
三学年、全五クラス。
A組から始まりB組、C組と出席番号順に名前を呼ばれて証書を受け取っていく中で、あれはそう。確かC組が終わり、次のD組に移り変わっていくはずの場面だったでしょうか?
その時、本来なら在りえないはずの名前が、不意に読み上げられたのです。
自分も耳を疑いました。卒業生の一員として、彼の名前が正式にアナウンスされるなんて展開は、まったく予想していないことでしたからね。
もちろん、動揺したのはなにも自分一人だけではなかったようです。咄嗟に周囲の様子を伺ってみましたが、やはり卒業生達が座る一群の所々で、小首を傾げたり、はたまた隣同士で顔を見合わせたりという反応がちらほらと見受けられましたから。
とは言えですよ。驚きこそしたものの、それでも最初は自分だって、そのアナウンスを何かしらの『異常』だとまでは考えませんでした。
だってそうじゃないですか?
式中に予想外の名前を聞いた。たったそれだけで、いきなり『絶対におかしい』とまでは思わない。普通はそうでしょう?
自分としてもです。実際のところは、名前を聞いて周囲を見回した時点では、『先生方もまた妙な計らいをしたものだ』くらいにしか考えませんでしたからね。
要するにです。
単純に、彼の名前がアナウンスされたのは予定通りの出来事で。だけど自分は、その予定を知らなかった。だから驚いた。
そう考えたのです。
自分を含め反応を示していた少数の人間が、何かしらの理由で知り“損ね”ていたのか?
もしくは、もとより大半の卒業生に知らされていない予定だったのか?
そこまでの判断はつきませんでしたが、しかし。それでも単純に『知らないから驚いた』という結論は、実に飛びつきやすい類のものではありました。というか、その時はそれが自然な考えだとすら思えていたかな。
ところがです。
自然なはずだと思えていた考えに、しかし大きな疑問の余地があるという事実に、その後すぐに気付かされました。
名前を聞いて驚き、思わず周囲の状況を確認しようと辺りを見回した自分の目は、ある場所で釘付けになってしまったのです。
どこだと思います?
ああ、すいません。余計な手順をふやさない方向で話せというわけですね、失礼しました。
その。少しさびしいですけど自ら答えを言ってしまうなら、自分が目を留めたのは体育館の横隅でした。腰掛けて座っている卒業生の一群があって、さらにその向こう側とでもいいますか。
ええ、そうですそうです。要するに、舞台上 にこそ上がってはいないけど、式の進行に関わっている先生方が並ばれていた体育館の右脇辺りのことです。
何気に周囲を見回していた自分は、その場所に集まっておられた先生方の……これも、なんと言えば言いのかな?
そうですね。敢えてここは『浮き足立った』と表現させていただきますが、とにかく。なんとも普通とは言いがたい雰囲気に目が留まったんです。
このとき初めて、自分はそれが『予定に無い』出来事だったのではないかと思いました。
だって、どうしたって気に掛かりますよね?
奇妙な反応を見せていた卒業生たちと同様に、横一列に並んで座られていた先生方の中にも、互いに顔を見合わせていた方が複数は見受けられ。
おまけに、担当するクラスの生徒名を読み上げるため、所定の位置に出てアナウンス用のマイクを手にされていたD組の先生。
自分の目には、その名前を読み上げたクラス担任の先生自身の態度ですら、何とも所在無げに映ったのですから。
今にして思えば。彼の名前をアナウンスした時の先生の声自体にも、どこか迷いのあるたどたどしさが含まれていたようにも思えます。
そして、ほんの少しの沈黙が体育館内に流れた後、これはこれでまた驚いたのですが。
何処からともなく、唐突に大きな声で『はい!』という返事が静かな体育館の中に響き渡りました。
若干の間と、その間に湧き上がっていた疑問に煽られていたせいで、それが先に読み上げられた名前に対する返事だと気付くのに、少しばかり間をいただいてしまいましたよ。
しかも、それだけではありません。不思議なもので、驚く出来事というのは重なるものなんでしょうね。
まさか、大きな声で返事を返したのが工藤先生だとは、夢にも思っていませんでしたから。
返事を返した先生が、体育館の右隅ですくりと立ち上がって舞台上へと向かう。その後ろ姿には、流石に卒業生全体が微かにざわめいていたよう思えます。
それが大きなどよめきにならなかったのは、式中という状況を考慮して、卒業生各々が自重したからだったんでしょうね。
そういう意味でも、我々卒業生はこの三年間で自らを律することができるだけの……ああ、はい。また余計な話でしたね、すいません。
まあ、何にしてもです──
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