第二章 祝辞01

<工藤>

「なんと軽率な。いくらなんでも思慮に欠けるとは思わなかったのかね、水城?」


<優希>

「思いません」

「卒業式での一件と我々の知恵。そして猶予の無さなどを加味して考えた場合、これがもっとも効率的な方策のはずです」


<工藤>

「しかしだ。校内行事での出来事を、おいそれと学外の者に……」


<優希>

「完璧な部外者というわけでもないでしょう? 何せ、今ここにいる牧 双葉の父兄に当たる人物なのですから」


<工藤>

「例え父兄だとしても、部外者は部外者だということに変わりはない。違うかね?」


<双葉>

((なんだろう、このやり取り。既視感を感じて居たたまれないんだけど))


<秋人>

((奇遇だな。俺も同じ事を考えていた))


<工藤>

「仮にだ。君の言っていた上策とやらが、『学内の者を集めて、事情を話し合う』というのであれば、百歩譲ってそれを認めることもできただろう」

「当然の事だが、私ないし管理職の教師を含めて、という条件付ではあるがな」

「現に私とて、指定されたこの店に来るまで、君はそういう場を設けるつもりなのだろうとも考えてもいた」

「ところがどうだ? 学外の者を当校の面倒ごとに巻き込む? 冗談がすぎる提案だ」


<優希>

「そうでしょうか? 私としては、先生の方こそ杓子定規にすぎると思いますが」


<工藤>

「なんだと?」


<秋人>

(これはまた、怖いもの知らずな奴もいたもんだ)


<優希>

「今回の一件。それはなにも、不祥事というほどの物ではない。そう。言うなれば、ちょっとしたイレギュラー。ちょっとした手違いが卒業式の最中に起きたと言う、ただそれだけの事」

「その程度の出来事を外部の人間に知られたからといって、だから何だと言うのです?」

「実際問題として、式に参列した大勢の人間の中で、いったいどれだけの人物がその“異常”に気付いているとお考えですか?」


<工藤>

「…………」


<優希>

「例えばです。牧 双葉!」


<双葉>

「は、はい!?」


<優希>

「答えろ。君は今日の卒業式に、在校生として参加していたな?」


<双葉>

「は……はい、そうですけど?」


<優希>

「そして確か、準備委員として昨日よりこの行事に関わりもしていた。そうだったな?」


<双葉>

「それも……はい、そうです」


<優希>

「では改めて問う。今日行われた我々三学年の卒業式において、何かしらの明らかな“異常事態”は見留められたか?」


<双葉>

「えっと、その。なんと言うか……」


<秋人>

(…………)


<優希>

「どうだ? 何か気が付いていたか?」


<双葉>

「そりゃ少しくらいは『ヘンだな?』って思う事はありましたけど、でも」


<優希>

「でも、なんだ?」


<双葉>

「明らかな異常事態とまで言われてしまうと……」


<優希>

「そこまでの異常事態が起きていたとは、気付かなかった、か?」


<双葉>

「は、はい。正直に言えば、気付いていませんでした」

「帰り際に、先輩からこいつ……兄を呼び出して欲しいという話を持ちかけられた時には、どこかで何かあったのかな? くらいには思いましたけど、でも」

「それが今日の卒業式で……だなんて思いもしていませんでした」

「あの……何があったんですか?」


<優希>

「何があったのかについては、おいおい話して聞かせよう。しかしまずは、今この場で先生の承諾を得ることが優先でな。それまで待て」


<双葉>

「……はあ」


<優希>

「ということで先生、お聞きの通りです」

「準備委員として以前より卒業式に関わっていた彼女ですら、異変そのものに気付いていない」

「推察しますに、あの場面の異常性に気付けたのは恐らく、我々卒業生の一部と……後はそうですね。前年も在籍されていた先生方くらいのものでしょう」

「あの瞬間に居合わせた者達の大半が気付かない異変」

「それはつまり、事が些細だということです。式に参加していた大多数の人間にとって些細な出来事。そのような事を学外に隠し立てする。それにどんな意味があるというのです?」


<工藤>

「極論だな」


<優希>

「ですが事実です」


<工藤>

「……ふむ」


<優希>

「私としては。下らぬ外面を気にする余り、事を放置して迷宮入り……などという事は避けたい。少なくとも……」

「少なくとも、式中に呼ばれたあの名前の意味を知る者として、そんなことは許されない」

「だからこそなのです」

「明日以降より学外の者となってしまう自分は、取り急ぎこの場を設けるに踏み切った次第なのです」


<秋人>

(会話に入れん。もっとも、入るつもりもないが……何だこれは帰っていいか?)


<工藤>

「ふむ。水城、君の言いたい事はわかった。しかし、どうにも腑に落ちんな」

「君の申し立てを聞く限りでは、この場で検討しさえすれば、それで件の詳細を明るみに出せると考えているようだが……」


<優希>

「ええ、その通りです」


<工藤>

「どうしてそうなるね?」

「せっかくご足労いただいた牧君のご父兄殿には申し訳ないが、しかしだ。外部の者が少しばかり聞きかじったところで、事の次第が分かるはずもないだろう?」


<優希>

「果たして、そうでしょうか?」


<工藤>

「違うと言うのかね?」


<優希>

「違います。私はそうは思いません」

「たとえ学内の者全てに分からなかったとしても、それでも彼ならば或いは──と、考えます」


<秋人>

(どーしてそこで、俺を見る!?)


<工藤>

「ぶっ。……いや、失礼。君にしては、随分とまたロマンチストな物言いをすると驚いてね」


<優希>

「何とでも言っていただいて結構。しかしです、工藤先生。覚えておいでですか?」


<工藤>

「主語が足りないな。覚えているか? とは、何についてのことだね」


<優希>

「半年ほど前、二学年の期末テスト問題が外部に流出するという不祥事がありました。その時の事です」


<工藤>

「……どうして、その話題を今ここで持ち出すのかね?」


<優希>

「その時あなた方教師陣は、まったく無関係だった二年の女生徒に疑いの目を向けていた」


<工藤>

「私の問いには答えないか。まあいいだろう。どちらにしてもだ。すまないが、その話こそ学外の方の前で──」


<優希>

「問題ありません。テスト問題流出の一件についてならば、彼は全てを知っています」


<工藤>

「な……に?」


<秋人>

(な……に?)


<優希>

「はっきりと申し上げます」

「あの一件の際、生徒会副会長 霧島聖司の名を騙って無実の生徒の潔白を証明したのは、ここにいる牧の兄君です」


<工藤>

「……な」


<秋人>

(ヴァカな!?)


<工藤>

「霧島の名を騙ったということは、あの時、私と電話でやり取りした人物ということ……なのかね?」


<優希>

「その通りです」


<工藤>

「そ、それは本当のこ──」


<聖司>

「ええ、本当ですよ。紛れも無く、あの時の自分はこの人です」

「牧さんのお兄さん『牧だて男さん』は、一度も当校に立ち入ることも無く、問題のテスト内容を知ることも無く」

「それでも泉さんの潔白を我々の目の前で証明して見せました」


<工藤>

「そう、なのか? いや、霧島本人ではないだろうと、薄々感づいてはいたが、しかし。そう……なのか?」


<秋人>

「あ、いや……どうっすかね」


<工藤>

「…………」

「いや、ちょっと待て? 確か……派手な髪色をした、ガラの悪そうな咥えタバコの青年……と言っていたか?」


<秋人>

(食い入るように見られている……やめてくれ、頼むから)


<工藤>

「一つ……お聞きしたい」


<秋人>

「お断りします」


<優希>

「答えてもらおう。自腹が嫌ならな」


<秋人>

「んぐ……」


<工藤>

「仮に君が、本当に半年前の騒動に関わっていたのだとして。それでだ。それでその……テスト問題を盗み出した人物まで……たどり着いていたのかね?」


<秋人>

(うわー)


<優希>

「盗み出した人物……何の話だ?」


<秋人>

「あー。どうだったっすかねー」


<優希>

「正直に答えろ」


<秋人>

「ぬ……。まあ、たぶん」


<双葉>

「えっと、盗み出した人物ってつまり……犯人ってことよね?」


<聖司>

「犯人までたどりつく。つまり、盗み出した人物を特定した……? あの時に?」


<優希>

「信じられん。私はそんな話、聞いていないぞ」


<工藤>

「質問を続けても構わないかね?」


<優希>

「え、ええ」


<工藤>

「では、『牧 だて男』さんでしたかな」


<秋人>

(んな奴はこの世にいねえ)


<工藤>

「君はその人物に会い、そして自首を勧めてくれた……のかね?」


<双葉>

「ちょ!?」


<秋人>

「あー。いやー、どうだったかなぁ?」


<工藤>

「……どうなのかね?」


<秋人>

「いやまーそうっすねー…………たぶん」


<全員>

「…………」


<聖司>

「今さらですけど、何でもありですか、この人は?」


<秋人>

「あー。なんか。申し訳ねえ」


<双葉>

「どうして謝るのよ!? というか、私たちは何も知らないんですけど!?」


<優希>

「落ち着け、牧! 確かに何も知らされていた無かったことについては、はらわたが煮えくりかえる思いだが! しかし今は……」

「いかがでしょうか、工藤先生。今日の式で起きた一件。せめて状況だけでも、彼に話を聞いてもらっては?」


<工藤>

「………」

「……」

「…」

「……いいだろう。とりあえず、話だけでも……ではあるがな」


<優希>

「十分です。半年前の時も、始まりはそんな程度でしたから」

「ではいよいよ、本題に入らせていただきます。ある程度の事情は我々も把握しているので、まず最初に、霧島の口から『何があったのか?』を語ってもらうつもりですが、それでよろしいですか工藤先生?」


<工藤>

「ああ構わん」


<優希>

「よし、では霧島」


<聖司>

「あ、はいはい」

「どうせまた、そんな役回りなんだろうなとは思ってましたから、一応は頭の中をまとめておきました。もっとも、自分の主観で知りえた限りの話にはなりますけどね」


<優希>

「それで構わん、始めろ」


<聖司>

「では」


<秋人>

(帰りたいなんて……言えない)


<聖司>

「ええと、まずそうですね」

「だて男さん以外の方は、当然ご存知のことかとは思いますが」


<秋人>

(だから誰だそれは……)


<聖司>

「本日、当校にて我々三年生の卒業式が執り行われました」





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