第2話

 とある村に、男の子が産まれた。男の子は、言葉を覚え始めたころから、「戦争は、いつ来るの?」だとか、「デフレ脱却は、いつになるの?」と聞いて、母親を困らせた。父親が、この子はおかしい、と判断し、村外れの医者に診てもらった。

「この子を、あまり表へ出さないでください。」

医者の診断は、正しかった。もしも、この子が、表に出て、普通の小学校に入れていたら、まず間違いなく、生徒から苛められていたことだろう。その人生の殆どを、病院で過ごし、成人を迎えた頃、男の子は、いきなり、社会に出て活躍したい、と言い出した。

 散切り頭を叩くと文明開化の音した時代のことである。

 幸い、男は日露戦争の徴兵を免れた。その病気ゆえであろう。男は、21歳にな った頃、新聞屋の配達をした。ところが、何故か新聞よりも、新しい情報を持っていて、他の新聞屋を驚かせた。

「天皇が、明治45年に崩御する。」

と言ったり、

「将来、もっと大きな戦争が二度起こる。」

と言ってみたりして、同僚には、気持ち悪がられた。戦争が終われば、日本は技術大国になることも知っていたし、経済大国になることも知っていた。ところが、時代が時代だけに、誰にも相手にされなかった。寧ろ、男の予言は、その頃の日本には、必要のないことばかりだし、それを知って得をする人間は、誰一人としていなかった。

 それよりは、大衆の関心は、日本がロシア相手に通用するのか、という方向に向かっていた。

「国民的熱狂を作り出してはならない。」

と言ってい たりもしたが、それすらも相手にされなかった。新聞の一面に踊るのは、日露戦争や廃藩置県の見出しだったが、そんなことは、誰よりも早く、知っていた。しかし、男の名前は、歴史を紐解いても、どの記録にも残っていない。ただの変人扱いで、たった4年で、男は、新聞配達を辞めてしまう。そして、病院に連れ戻された男は、晩年、病院内で結婚し、一人の男の子を授かる。

 他方、現代日本では、私が血眼になって働く姿があった。哲学者ゆえに、理解されにくい部分はあったが、同僚を困らせるという面に於いては、明治時代のその男と似て非なる性格の持ち主だった。昼間、働きに出かけ、夜半、小説を書いて、生計を立てていた。私は死んだのだ、と悟ったその日から、歴史に名を残したいという願望に駆られていた。

「爪痕を残したい。」

そう言って、嫁を困らせたりしている点に於いては、明治時代のその男と、似ている部分があったことは否めない。

 私の祖父は、研究に没頭し、赤痢菌を発見したと伝え聞いている。赤痢のワクチンが、発明されてから、もう百年以上も経つが、当時の赤痢といえば、死を意味する病気だった。日露戦争で、赤痢になった兵士を救ったのが、私の祖父に当たる人物らしい、という情報だけが、独り歩きしていた。その話をすると、哂われるので、あまり口外しない様に心掛けた。

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