輪廻

小笠原寿夫

第1話

 十二時を十二時間回った頃、パッと飛び起きた。

「もう、十二時か。」

腫れぼったい眼をこすり、煙草に火を点ける。さっき見た夢を、忘れつつ、シナプスが千切れていくのを感じる。

 白昼堂々、小火騒ぎが、あったニュースを見て、すぐにテレビを消す。日本の何処かで、何らかのニュースが、起きているのに、どの局も同じニュースを映し出す。遠くの事件より、近くの喧嘩。とは、よく言ったもので、我、関せずのニュースには、まるで興味が湧かない。

「雨は、上がったようだな。」

各国の女性と関係を持った、日本人男性が、「あら、雨ね。」という日本人女性の一言で、結婚を決めた、という本を読んだことがある。感性の相似は、時に人を、魅力をもたらす。

 私は、アパートで、一人、小説を書き殴っている。壁の落書きよりは、マシな趣味だろう、と思いながら、想像力を巡らせる。旧式のパソコンには、ちょっと荷が重い作業もあるが、文章を書く程度ならできる。どこかの哲学者が、考えたことなんて、結果論だけを、後の人物が、使っているに過ぎない。要するに、思考回路よりは、結果を追い求める方が、忙しい日本人には、向いているのかもしれない。本当は、その結果に至った経緯や方法論の方が、重要なのに。そう書きつつも、工場で生産された既成のコンビニ弁当を頬張る。

 日本は、変わった。戦争があり、高度経済成長があり、バブルがあり、デフレがあった。

 誰かが言った。日本は、対外政策をしない方が、うまく行っていた。将来 の子供たちに、つけを回さない。というのが、首相の政策の根幹ならば、我々の貧しさも、それ程、已むに已まれないことでもないのかもしれない。

「量子論を突き詰めて考えると、輪廻という考え方に行き着くらしい。」

どこかのインテリは、そう言っていた。世の名の素粒子は、流動していて、地球も宇宙も生命も、物質が形を変え、入れ替わっているだけだという。その考えに基づくと、我々の命さえ、流動体に過ぎない。偶々、それが人の形をしているだけのことだ、と。

 私は、ベッドに横たわって、さっき食べたコンビニ弁当のカロリーを消費する。

 これが、私の一日である。先日、買ったイソップ寓話集も、枕の横で不貞寝している。古典の良さは、わかる。だが、それに拘ると、先へは進めない。理詰めで考えたものを、受け入れ、そういうものだとするのが、文学的な思想であるならば、理詰めで考えたものを、更に細分化して、 理論を打ち立てるのが、理科系の考え方である。どちらの姿勢も、間違いではないが、要するに、相手を納得させることが、学問の姿勢であることに変わりはない。

 ここまで、書いて編集に提出すると、「で、君は結局、なにが言いたいの?」という返答が返ってきた。没にしようとも考えたが、書き続けることに決めた。それが、私の自然な姿だから。

 けたたましい音と共に、目が覚めた。一瞬、この世の終わりかと思った。私は、色皆是空、と叫びながら、表へ出ると、火災報知器がなっていた。誤作動だった。こんな時、人は、結束する。ざわつく胸を押さえつつ、普段、挨拶しか交わさない隣人と、さっきの音の話題で、持ち切りになった。

「凄かったなぁ。」と騒ぐお爺ちゃんや、「何があったんですか?」と心配そうな顔をする女性が、いつも平穏なアパートに、交流をもたらした。人は、大きな事件を目の当たりにすると、結集するのか、と思い、部屋に戻った。素晴らしいものの前に立つと、言葉を失うように、大事件の前に、学問は、無力である。

 この時、私は、思い出した。私は、十二時に、銀河の夢を見ていた。太陽銀河系なのか、アンドロメダ銀河系なのかは、知る由もないが、銀河の夢を見ていた。小さな脳みその中に、銀河を見た。そこで、目が覚めた。

「ねぇ、あなた起きて。」

揺さぶられるがままに、床から身を立てると、嫁が目の前にいた。

「あれ?小説はどうなった。小火騒ぎは?火災警報器は?」

私が、そう言うと、

「馬鹿じゃないの?」

と言って、嫁は、私を仕事に追いやった。

 その時、漸く私が、あの世に行ったことに気づいた。

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