ぼくらのハジマリ~終わり

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ぼくらのハジマリ~終わり

 僕の名前は、多野マーク。西暦’01年生まれの14歳だ。

 そして、余命も残り少ない人生だ。

 それは誰だって平等に訪れる。この先、数十年生き続けられる人であっても平等に、それも一斉に同時多発的に訪れる。

 なぜなら人類は、近い内に確実に数年以内には滅亡するのだ。

 大人たちは足掻き生き延びようと巨大宇宙移民船の搭乗権の獲得や人類を延命させようと研究している。

 しかし、そんな努力も無駄だ。

 なぜなら、訪れる滅亡がいったいどのようにして滅亡するのかわからないのである。遥大昔、何十年何百年何千年前何万年の昔、西暦2012年と少ない桁数の年、世界が滅亡すると騒がれた。そのときに公開された映画『2012』のように大陸ががバキッと割れて滅亡するのか、それとも隕石が落ちて滅亡するのか、そもそも宇宙規模で滅亡するのか誰にもわからない。

 そう、滅亡は予測不可能なくらいに迫っているのである。

 薄暗くなった世界で誰もが滅亡に対して神経質になり、僕ら子供も大人ぶり学校行ってる場合じゃないと騒ぎだし一人また一人と学校に来なくなった。

 そして、今学校にいるのは滅亡の局面を前にして動じない先生とこの教室にいる僕と彼女一人だけだろう。


 彼女の名前は、土屋ゆかり。この国日本の古来からある名前の彼女は、中学生や高校生の世代では珍しいはしゃがず、落ち着いた風貌だった。

 多分、成績も優秀で文武両道、容姿端麗という言葉が似合う人だった。

 彼女とは、小学校高学年から一緒のクラスに属している。

 ただそれだけだった。

 実のところ、小学校から一緒のクラスってだけで話してなければ、まともに挨拶すら交わしたことがない。

 なので二人だけの教室、二人だけの学校は話すこともなく静かで沈黙していた。


 一つ驚いたことがある。それは、普段から話さなかった彼女がお昼休みに机をくっつけて一緒に昼食をとっているのだ。

 彼女はいつもコンビニで買ってきたお弁当を食べていた。

 僕らの中学校は、給食センターが職務を放棄し三ヶ月前から給食の配給が停まっている。

 僕も家で作ったおにぎりを持参している。

「マーク。気付いてる?」

 前触れもなく突如発せられた声。

「気付いてるってなんのこと?」

 僕には気付くことだらけだった。多分、気付いたのは3週間前、太陽の光が段々弱まっていくのが顕著に感じられた。

 それらからしばらくして、皆はもう助からないと察して、学校にも来なくなった。

 これが僕の気付いたことだ。

「私たちは見捨てられたってことを」

「どういうこと?」

「思い出してみて、1週間前までは私とマークだけの教室で先生がちゃんと授業をしていた。でも今日はどう? 1時限目も2時限目も3時限目も4時限目も……数学の授業も英語の授業も音楽の授業も理解の授業もずっと自習。この学校にはもう、私たちしかいないの」

 心なしかそんな気はしていた気がする。

 今日は、特に薄暗く感じた。

「そう言えば、街の人も見なかった。朝だから街が機能していないのも当たり前だけど、もしかしたら今も街の機能してないのかも」

「多分、その通りでしょ」

「それじゃあ、土屋さんの今食べてるコンビニ弁当はなに?」

 もしも、コンビニが街のように停止してるなら土屋さんは、犯罪者になってしまう。

「実質的には、万引きかな?」

「えっ?」

「コンビニに誰もいなくて、レジの前で店員さんが出てくるのを待ってても誰も出ないから。お金だけ置いて来たんだよね」

「でもお金置いてきたなら万引きじゃないんじゃ」

 僕はフォローに入るが、土屋さんは首を横に降った。

「私のやった行動は、ただ悪戯にレジの横にお金を置いただけ、会計の処理も済ませてない。つまり、私はこのコンビニ弁当を万引きして食べてる」

「……」

 なにも言えず、しばらく沈黙が続く。今日はやけに静かだ。

「そう。もうこの世界には、万引きを咎める人もこの話を通報しようとする人もいない。この世界はもう社会から滅亡している」

「質問いいかな?」

 僕の言葉に土屋さんは頷いた。

「その行動は、どこから来たの? 反抗期? ただの犯罪者予備軍?」

「多分……反抗期かな。思春期特有の」

「なんで?」

「やっぱり、この世界だよ。この世界が原因だよ」

 滅亡を迎える世界に対する反抗心。

「あ、今、私が単純に世界が滅亡するから反抗してるって思ったでしょ?」

「違うの?」

「違う。私が反抗したいのは、滅亡を免れようとしてる人達なの」

 滅亡を免れようとしてる人達ってことは、巨大宇宙移民船に乗り込む人達や人類を延命させようと研究している人達のことだろうか?

「でも、どうして?」

「巨大宇宙移民船……この国が所有してるのは方舟って言うんだっけ。でも、その宇宙船は日本列島以上の大きさで太平洋から発射させようとしてる。それを飛ばすには膨大な燃料が必要になる。じゃあ、その時に負担される環境は? エネルギー源は何処から出るの? 結局は、自分達で人類を滅亡に向かわせてるじゃん」

「じゃあ、研究者は?」

 人類を延命させようと研究している人達のことはどんな反抗心を持っているのだろう。

「人類を延命させようとする研究者って、衛生軌道上の宇宙ステーションで研究しているんだよ。結局は、人類が滅亡を迎えたとして研究者は死ぬわけじゃない。宇宙ステーションから宇宙船に拾われて、移民生活を送るんだよ。あの人達は絶対的な安全圏がある上で研究をしたところで意味がない。結論で言うなら、大人たちはもう逃げる準備をしてるだけ」

「それで土屋さんは、今この状況を逃げ出した人達に対して、怒りとか反抗心があるんだね。でもさ、それだからと言っても本人が自覚してコンビニで万引きした理由にはならないんじゃない?」

 土屋さんは、首を傾げていた。

 僕は思うんだ、それでも土屋さんは万引きをしていないって。

「じゃあ今、土屋さんが食べてるコンビニ弁当、賞味期限はなんで切れてないのかな? そもそも、誰もいないはずのコンビニで弁当がなんで陳列されてるのかな? それに土屋さんは悪戯と言い張っているとはいえ、なんでレジの横にお金を置いたのかな?」

 そう言うと土屋さんは笑顔になった。

「マークくんって優しいね」

「そんなんじゃないよ」

 産まれたときからずっと言われ続けてきた、人類滅亡が近い。そんな暗いニュースで保育園、小学校を過ごした僕は、なぜか今、滅亡を感じながら土屋さんと話してる一時が楽しいと感じた。

「ねえ、なんでマークくんはみんなみたいに逃げないの? 私と違って、仲のいい友達がたくさんいたし」

「え?」

 少し考えて話す。

「……友達は、生き延びるために逃げた。でも僕は、逃げたくないんだ。どう僕が足掻いても死は避けられない。

 別に逃げてないからといって滅亡に対抗して避けたいって気持ちでもない。なんだろう、逆に楽しみなのかな?

 人類はどう滅亡するのか、僕はどうやって滅亡に巻き込まれるのか体験してみたいんだ。

 昔、よく親が不運だと僕に言ったけど今の僕は、楽しみで仕方ない。

 だって西暦が何万と続く人類で滅亡に直面するのは、僕たちだけだ。

 幸運だと思わない?」

 これが僕の本心だ。

 諦めてるわけでも、強がりを言ってるんじゃない。本当に、楽しみだと心底感じるんだ。

「マークくんって変わってて面白いね」

「そうかな?」

「そうだよ。小学校から同じだったけど今日、ちゃんと話してみてわかった。やっぱり、コミュニケーションって大切だね。

 じゃあさあ、滅亡を前にして悔しいこととか、悲しいこととかある?」

「悲しいことなんていらでもあるよ」

 滅亡に向かうに連れて思えば、悲しいことはたくさんある。いくら、滅亡が楽しみだとはいえその前に犠牲になるものが多いから、そこは悲しい。

「そうなんだ。私はね、今の大人が羨ましいし悲しい。

 今の大人は、滅亡に対して足掻いたり、もがいたりしてるけど私たちにはその術がない。

 今の大人は、楽しいことだっていっぱいしてきた。でも、私たちはその大人がしてきたことをやる前に滅亡を迎える」

 土屋さんの声は次第に暗くなった。

「僕たちは、今ですら楽しくない。大人たちからは、若くして滅ぶ不運な子って言われてる。

 その事を聞くと、じゃあ僕らが産まれたときこの身体にナイフでもなんでもいいから刃物を突き立てればよかったのにって思う。

 そうしたら、そんな不安も養育費も学費もなにもかもなくなって身軽になるのに」

「そうだね……」

 再び沈黙する。今日の学校は本当に静かだ。教室、廊下、昇降口、職員室、校庭、体育館。

 誰もいない。静かな学校だ。

 多分、この学校以外にも街も同じように静かなんだろう。

 みんな何処に行ったかは知らない。多分、国の保有する巨大宇宙移民船に搭乗して、そこで生活をしてるんだろう。

 僕の家族もそこにいる。

 ただ僕は、搭乗を拒否した。多額の金を払ってまで得た搭乗権で助かりたいとは思わなかったから。

 それでも、母親はいつか僕が乗りに来ると思い搭乗パスポートを家のテーブルに置いてある。

「……修学旅行、みんなで生きたかった」

 当然、土屋さんは泣き出しそうな声で呟いた。

「そうだね。西に行くんだっけ?」

「うん。そこで、みんなで笑ったり楽しんだり、好きな人の一面を知ったりしたかった」

 僕らが体験するはずだった修学旅行。

 中学生の修学旅行が楽しいものなのかすらわからない。

「受験勉強、頑張って成績上げて志望校に行きたかった」

「土屋さん、頭いいもんね。きっと志望校に行けたさ」

「それで、好きな人に頑張れって応援して欲しかったし、応援したかった。それで、好きな人と同じ学校に行きたいって揺らいだり……」

 僕らが体験するはずだった受験。実際、どれだけ大変なのかわからない。

「ここを卒業して、高校へ入学したかった」

「僕もそれはやってみたかった」

「好きな人、大好きなクラスとの別れ……でも、進学した先に好きな人もクラスの何人かいるかもって淡い期待をしたかった」

 僕らが体験するはずだった卒業と入学。級友との別れ、そして新たな出逢い。一体、どれ程の切なさと期待があるのだろうか僕にはわからない。

「大人ってズルいよね。

 私たちが出来ないことを体験してきて、私たちよりこの地にたくさん思い出があるのにそれを見捨てて逃げてる」

「でもそれは、人類を絶滅させないためにやってること」

 無駄かもしれないけどでも、やらないに越したことはない人類の最後の足掻きだ。

「でもね、こんな世界でも嬉しいことはあるんだよ。

 誰も学校にいなくなった状況でも、絶対にいなくならないマークくんがいること。

 マークくんがいるから私は嬉しいし」

 土屋さんは、椅子を移動させて僕のとなりに座った。

「好きな人がいるから、私はこんな世界でも嬉しい。

 マーク、好きだよ」

 土屋さんの告白は、とても嬉しかった。

 僕も土屋さんのことは好きで、ずっと片想いだと思ってた。

 まだ、学校に大勢の生徒や先生がいる頃、ある時、土屋ゆかりに好きな人がいるとクラスの一部の男子と一部の女子で話題に上がった。

 行動派の女子は、土屋さんに揺さぶりをかけて動揺した素振りで推理を始めた。

 後日、噂は細かいとこまで広まった。

 土屋ゆかりの好きな人は多野マーク、僕だというのだ。

 当然、僕もその噂を聞いた。まるで、スキャンダルのように持ち上げられ少し、ウザいと思った。

 噂は噂で推理が間違ってるかもとあしらいつつも内心は嬉しかった。本人の真意や噂の真偽、信憑性はどうであれ嬉しかった。

 やがて、噂は晴れぬまま生徒は、太陽の光が弱まるにつれて投稿しなくなり噂は愚か会話すらもなくなった。

「僕も嬉しいよ」

 暗い顔が晴れやかになった土屋さん。

 僕も嬉しかった。でも、そう感じると動じに悲しい気持ちでいっぱいだった。


 どうして、この瞬間なんだ? どうして僕たちが?

 どうして、どうして人類は滅亡するんだ。


 修学旅行も受験も卒業も入学も高校も全部、やりたかった。

 もしも、修学旅行も受験も卒業も入学も高校も全部できたなら。

 そんな人類の最期なんてない世界なら。

「そういう世界もあったのかな」

 僕の言葉、本当に言ってしまったのかそれとも心の声だったのかわからない。

 ただ、土屋さんは立ち上がり僕を後ろからギュッと抱き締めて椅子と机を並べ直した。

 そして、自分の席に座った。

 昼休みが終わり、午後の授業開始5分前だった。

 午後の授業も自習だ。



 この後、僕らは修学旅行も経験せず中学3年生へと進級した。

 受験もない中学3年生の授業もずっと自習だ。



 そして彼ら二人、土屋ゆかりと多野マークの卒業を待たずして、

 地球上での人類活動の可能領域はなくなった。



 END

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