殺戮の館

第4話 赤坂の洋館〜其ノ壱〜

 京都市北区衣笠赤坂町、以前キメラと追いかけっこした氷室町よりやや北に位置しているその町には、子供たちの間で粘土山と呼ばれる荒れ地がある。


「まっ、粘土山と呼んでいたのはアタシが小学生のときだけどね。今は知らないわ」


「誰に言ってるんすかお嬢」


 粘土のように柔らかい土を踏みしめながら歩くのはバイク怪人のクイゾウ、鳥型怪人の鳥山、そして女子高生型怪人(自称)の九重祭だ。


 クイゾウは柔らかい地面を歩くのに苦戦しているのか、ノシノシと大股で歩いている。


「とと、久しぶりに見るとやっぱり結構深いわねえ」


 祭達は荒れ地の端にある森に覆われた深さ十メートル程の谷底を覗き込んだ。


 目的地に入るにはこの谷を越えねばならない。

谷と言っても断崖絶壁というわけでは無く、緩やかなV時になっているので降りられないことは無い。

だがひとたび足を滑らせれば大怪我、運が悪ければ死んでしまうこともある。


 ゆえに粘土山は立ち入り禁止区域となっているのだが、悲しい事に子供たちは禁止区域で遊ぶスリルを求めてよく侵入している。かくいう祭もその一人だった。


「さて、目的地はこの先ね。鳥山は先に行って館までのルートを確認してきて」


「かしこまりました」


 言った直後鳥山が炎に包まれる。炎が消えた時そこには羽毛の赤い大きな鳥が現れた。

 鳥山はゆっくり羽ばたいて木々の間を縫って谷を越える。向こう側に着いた時鳥山は再び炎に包まれて人に戻った。


「さあクイゾウ、気合入れて谷を越えるわよ」


「ういっす」


 谷を降りる際祭は一つ後悔した。


(もっと動きやすい服にするんだった)


 今日の祭はチェック柄のミニスカートにブラウスの上から校章の入ったブレザーを着用している。つまり学校の制服だ。


――――――――――――――――――――


 昨日


 九重探偵事務所に珍しくお客さんがきた。ただし身内である。 事務所の来客用ソファにドアを背にして座るのは、九重祭の姉である九重月美ここのえつきみ。月美は薄手のシャツにガウチョパンツというラフな格好をしている。


 祭は(寒くないのかしら)と心の中で呟いた。


「久しぶりね祭ちゃん、事務所を立ち上げて移り住んでから全く会う機会がなくてお姉ちゃん寂しかったわ」


「確かに、事務所立ち上げてから全然実家に帰ってないわね」


「そうでしょう? だから一度帰ってきなさいな。祭ちゃんのために一杯可愛いお洋服を用意しておくから」


 両手を合わせてクネクネと謎の踊りを披露する姉に辟易しながら祭は本題に入るよう姉に促す。


「家に帰る事は考えておくわ、ひとまず月姉さんがここに来た理由を教えて頂戴」


「あら、理由も無しに来ちゃいけないのかしら」


 心外ねという風に月美は呟いた。その仕草はとても優雅で大人の気品というものを祭に感じさせた。


「ええそうよ、特に身内はね」


 悪びれもせず祭は鳥山の淹れた紅茶を飲みながら答えた。

 九重祭には八人の兄弟姉妹がいる。といっても血の繋がりは無い。唯一九重家直系の祭と一番上の兄のみ血が繋がっている。


 他の七人は九重の両親や祖父がどこぞから拾って来た孤児である。月美もその一人で、実の両親が通り魔に目の前で惨殺された過去を持つ。因みに現在の職業は刑事。


「今日はね仕事の依頼で来たの」


「あら京都府警の刑事さんが実績の無い探偵に何の用かしら、あまり期待に添えないと思うのだけど」


「ふふ、そう辛辣に扱わないで。今日は京都府警からの正式な依頼じゃなくて私個人の依頼よ。やって欲しいのは人探し、依頼料は五十万、前金で二十万だすわ」


 言いながら月美はテーブルの上に二十万入った封筒を置いた。 祭は鳥山に「確認して」と言ってそのまま封筒を渡す。ピッピッと紙を弾く音が二十回した後、鳥山が「確かに」と言った。


「いいわ、この依頼引き受ける。詳しい話を聞かせて頂戴、月姉さん」


――――――――――――――――――――


 現在 谷底にゆっくりと人型形態のクイゾウが着地する。その腕には制服姿の祭がいた。背中のブースターを噴かせて土煙を巻き上げながらのホバリング。突如ロボの腕から悲鳴が上がった。


「うぎゃあ土が! 土が目に入った! あべしっ!」


「だから目を閉じろと言ったんすよ、お嬢は馬鹿なんすか?」


 自分の主君を心配するようなことは全くしないクイゾウ。祭はクイゾウの腕の中で両目を押さえて悶絶している。


「二人ともこちらです」


 祭が充血した目で声のした方向を見ると十メートル上の草むらの中にスーツの男性が立っている。シルエットと声で鳥山である事はわかった。


「じゃあお嬢もっかい目閉じてほしいっす」


「むしろしばらく目開けられないわ」


 意外と重症らしい。


 クイゾウが足を曲げ腰だめになる。そのままブースターを噴かせて勢いよく跳びあがって鳥山のいる草むらに着地した。


「おや? この感触は」


「どうしたの? クイゾウ?」


 クイゾウは足元に妙な感触を覚えた。土とは思えないしっかりした踏み心地。


「とりあえず降ろすっすよお嬢」


「わかったわ」


 クイゾウが腕を降ろして祭を地面に降ろす。直後九祭がクイゾウと同じ違和感を覚えた。


 しっかりした地面、しゃがんで触れてみるとそれはアスファルトの肌触りと同種だった。それだけでは無く祭の腕、足、腰が草を突き抜けている。


「おそらくこの辺り一帯を投影装置のようなものでカモフラージュしているのでしょう」


「子供たちが面白がって入らないようにするためね、あたしもよく遊びに来ていたけどこんなのは全然知らなかったわ」


「まあ今回はそれが仇になったっぽいっすけどね」


「近所の子供達に聞いたところ、最近探検と称してこの先の洋館に侵入して遊んでいるそうです。こんなカモフラージュが施されている事を知ったら子供達が面白がるのも当然でしょう」


 子供の探査能力は侮れないなと祭は思った。


 今回の依頼は粘土山周辺で行方不明になった子供の捜索。一昨日中々帰らない子供を心配した親が警察に届け出を出した。早速警察は遭難や誘拐を視野に入れつつ粘土山周辺を捜索、だが粘土山の一部の土地は九重家が保有している私有地だったため、九重家の当主に許可を取る必要がでてきた。生憎当主が海外出張中なため正式な許可が下りるのに三日はかかると言われた。なら許可が下りるまでは身内で探すと月美が名乗りを上げて現在に至る。


「ていうか何で月姉さんが来ないのよ!」


「何でも勝手に私たちに依頼したことが上司にバレて始末書を書かされているみたいですよ」


――――――――――――――――――


 京都府警察署


 書類の束に月美が顔をうずめる。


「ああん始末書終わらなあい」


「いいからテキパキ片付けなさい」


 月見の上司がパソコンから顔を上げずに叱咤する。


「そうだ部長ぉ~私といいことしましょう? そのかわりぃ~始末書を~」


 無駄に色っぽく、艶のあるねっとりした声で部長に迫る月美。だが部長はそんなことは全く意に介さず淡々と答えた。


「言っておくがゲイの私に色仕掛けは無駄だぞ」


「いけず」


――――――――――――――――――――


 衣笠赤坂町粘土山 館前


 祭達の目の前に朽ち果てた洋館が現れた。やっこさんを縦に繋げたようなデザインのガラスがはめ込まれた楕円の玄関、玄関ポーチの壁は昭和初期に流行ったスクラッチタイル張り。窓は半円のアーチが続いている。そのうちのいくつかは完全に窓ガラスが割れていて廃墟特有の不気味さを演出している。


「意外と原型とどめているのね」


「そうですね、さて月美様の調べたところによりますとこの洋館のあたりが怪しいとのことですが、人の気配はしませんね」


「行方不明になってそろそろ三日っすよね、早く見つけないとやばいっすよ」


「そうね、じゃあ早速中に入りましょうか」


 祭は迷わず扉を開けて館内に侵入した。クイゾウと鳥山が止める間も無かった。


 やれやれというふうに二人は肩をすくめると祭に続いて扉を開けた。


「中も外に勝るとも劣るともいえず廃墟っすねえ」


 扉を開けて先に目に入ったのは二階に続く大きな階段、途中で東西に分岐している。クイゾウは感じないが鳥山は埃の匂いと動物の糞が混じった臭いに顔をしかめた。


「ところでお嬢はどこですか?」


「そういえば」


 玄関ホールに九重祭の姿はなかった。


――――――――――――――――――――


 一時間半後

 玄関ホールに鳥山が息を切らして入る。そこには既にクイゾウが待ち構えていた。


「クイゾウ、お嬢は見つかりましたか?」


「いや見てないっす! 鳥山は?」


「念のため外を見てきましたが、見つかりません。携帯は圏外で繋がりませんし」


 鳥山は事前に集合場所を決めておかなかったことを悔やんだ。 館は一通り探した。隠し通路や隠し部屋でもないかぎり見落としは無いはずだ。外も上空から見回したが祭の姿は無かった。携帯は相変わらず圏外、山の上でも意外と繋がらないものだ。


「一度麓に戻って警察に捜索願いをだすしか……ん?」


 今後の対応を決めあぐねている時だ、鳥山のスマホが震えだした。アラームでもセットしていたか? と思って取り出すと。


「なっ……着信!? お嬢から!?」


「圏外じゃないんすか!?」


 鳥山が液晶をチェックする。アンテナは一本も立っておらず、圏外のままだった。


「とにかく出てみましょう」


 鳥山は着信ボタンを押してスピーカーに切り替えた。


――――――――――――――――――――


 赤坂の洋館 玄関ホール

 九重祭は戸惑っていた。廃墟の洋館の扉を開けた先は廃墟ではなかったのだ。

 中に入った祭の目に飛び込んだのは絢爛豪華なシャンデリアが明るく照らす玄関ホール、そして祭に恭しくお辞儀をする執事服の壮年の男性。その背後には給仕服を纏った女性が整列している。


 執事服の男性が祭に声を掛ける。


「お待ちしておりました、パーティ参加者の九重祭様ですね。まずはお部屋へ案内させて頂きます」


「はっ? いやちょっ違、ていうか何であたしの名前知ってんのよ」


 祭の言葉に執事服の男性はハッとしたような顔をして、再び祭に頭を下げた。


「大変申し遅れました。私執事長の新山と申します。来場されるお客様のお世話をさせていただきます」


「は、はあそれはどうも」


「それでは早速お部屋へ案内いたします。部屋にはお客様用にドレス類を用意してありますのでそちらでお着替えになってください」


「はい?」



 一時間後、祭は着ていた制服を脱がされミニドレスを着用させられた。

 ピンク色の生地に百合の花が散りばめられた春をにおわせる爽やかなドレスだった。


「なにこれ夢?」


 祭は全く状況についていけずにいる。部屋には今誰もいない、さっきまでは給仕の女性が九重のドレスアップを手伝っていた。 頬をつねる。滅茶苦茶痛い。


「夢じゃない、どういう事かしら」


 部屋をぐるっと見渡す。つくりはよくあるホテルの客室、広さは六畳半だろうか、シングルベッドが一つとバスルーム、よく見るとトイレとセットのユニットバスだ。

 ベッドの真向かいにはテレビ台があり、その上にテレビがある。何とブラウン管テレビ。最早骨董品レベルのものだ。


「そうだ電話、繋がるかしら」


 スマホを取り出して鳥山の番号にかける。

 ふとテレビの横に日めくりカレンダーがあった。スマホを耳に当てて、ぼんやり眺める。


「へ? どういう事?」


 祭の顔が驚きに包まれる。


 カレンダーの日付は1989年4月29日土曜日 平成最初のみどりの日となっていた。


「……今日は……二十年以上も、前?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る