第3話 迷い怪獣〜後編〜
三十分後。
そこにある近隣の小学校が保有するグラウンド、通称第二グラウンドの南側出口前に祭達が到着した。
祭はバイクから降り立つとすぐコートの襟を両手で閉じて顔の下半分を隠す。
「うぅ~チョ―さみぃ。何よこれ」
「雪降ってるっすからね」
小型バイクが金属同士を打ち付けるような鈍い音をたてて人型へと変形した。クイゾウ人型フォーム(祭命名)の出来上がりだ。
「ねえねえお姉ちゃんこれってひょっとして金閣寺?」
芳樹が祭のコートの裾を引っ張りながら東にある森を指さした。
「そうよ、もう少し上に行ったら金閣寺が見えるポイントがあるわよ」
「ほんと!?」
芳樹は「わあ~」と駆けて行った。そしてふいに立ち止まり両手でメガホンを作った。
「ほんとに見えた!」
「いいから戻ってきなさい」
祭も倣って手でメガホンをつくって叫んだ。 その時ポケットに入れていた携帯が震えていることに気付いた。鳥山からだ。
「あたしよ、みつかった?」
「ええ、あまり山奥に入っていなくてたすかりました。今は西側の広場、お嬢が小学生の頃よくオリエンテーリング等で集合場所に使ったあの広場にいます」
「あらすぐ近くじゃない、あたし達今第二グラウンドにいるの、あんたは先に広場に降りて待ってなさい」
「はい」
鳥山からの通信を終わるとすぐ祭は衣笠山に入る。
第二グラウンドの南側出口にある「
第二グラウンドを右手に小道を歩く中、祭は芳樹にシロがいなくなった時の様子を聞いていた。
「いつものようにシロの散歩をしていたんだ。途中学校の友達に会って少し話してたら突然シロが暴れだして逃げて。追いかけようとしたけどボクの足じゃ全然追い付けなくて、たまたま近くにあった探偵事務所に助けてもらおうとしたんだ」
「なるほどね」
「生き物飼うって難しいすね」
二十万持ち歩いて散歩するとは、いつかこの子誘拐されるのではないだろうか。
小道の突き当りに祠が見えた。祠を左に曲がり山に入る。そのまま道なりに進む事三分、件の広場にたどり着いた。
「お待ちしておりました」
入口に立っていた鳥山が軽く会釈した。
「南側では警察が封鎖しておりました。すぐにでも山狩りが行われるでしょう」
「そう、であれがシロね」
祭の視線の先にはシロがいた。写真で見るよりずっと大きい。百獣の王ライオンをベースにしてるだけあってその威圧感は凄まじいものだった。
「シロ!」
シロを見つけるや否や芳樹がシロに駆け出していく。
芳樹を見つけたシロもさっきまでの威圧感はどこへやら、母親に甘える子猫のような顔で芳樹に近付いていく。
「これでめでたしね」
そう思った矢先だった。バンッという破裂音が聞こえたのは、同時シロの巨体が右に傾いた。
「まさか!」
そのまさか、祭が南を向くとそこには猟銃を持った男性がおり、しかもその銃身からはほのかに煙が漂っている。
その男性は再び銃を構えた。
「クイゾウ!あのクソ野郎を止めなさい!」
「ういっす!」
「おりゃああ」
という奇声をあげてクイゾウが男性に突撃して押し倒した。男性はよほど集中していたのか奇声をあげたクイゾウの接近にギリギリまで気付かなかった。
「うわっ何をするどけ! あの子を助けないと!」
どうも男性からは芳樹がシロに襲われているように見えたらしい。
「う、うわあ!」
広場から芳樹の短い悲鳴が聞こえた。
「今度は何よ!?」
祭が振り返ると同時、シロが山全体を震え上がらせるほどの野太い雄叫びをあげた。
事前にトイレ行ってなければ漏らしていたかもしれないと祭は思った。現にすぐそばにいる芳樹は腰を抜かして漏らしたようだ。
シロの様子は明らかにおかしかった。目は血走りそして鋭く、口を半開きにしてまるで獲物に噛みつかんとしているようだった。
「芳樹! こっちに来なさい!」
このままでは芳樹の身が危険と判断した祭は芳樹の元に行こうとするが、鳥山に止められた。
「お嬢はここに、私が行きます」
鳥山がシロを刺激しないよう気を付けながら地面にへたり込んでいる芳樹の元へとゆっくり近づく。
「一体何で」
「彼が撃った弾、おそらく麻酔弾のせいです。キメラは普通の動物と違って個体差が激しいので、個体によっては麻酔が興奮剤になってしまう事もあるのです」
鳥山は冷静に語った。既に手を伸ばせば芳樹に届く距離である。シロは微動だにせずこちらを威嚇し続けている。
「全く珍しく対応早いと思ったら準備不足だなんて、警察は何やってんのよ」
「確保しました。もう大丈夫です」
鳥山が芳樹を抱えてシロから距離をとった。
祭の元に戻った鳥山はゆっくり芳樹を降ろした。
「やっぱり怒ってるんだ、ボクがほっぽったから」
芳樹は全身を震わせてそう言った。その様子を祭は冷めた目で見ていた。
「お嬢! シロが動くっす!」 男性にのしかかったまま叫ぶクイゾウの声を合図にシロは背中の翼を大きく広げる。そのまま翼を地面に叩きつけるように振り下ろし、その勢いでシロが空に飛び上がった。
祭はシロが飛ぶ直前に起こした風圧によって舞い上がった落ち葉や埃から顔を庇う。
一通り落ち着いた後ゆっくり目を開けると、シロは既に空を滑空していた。
「うっひゃあ、こんなのってアリ? てかあたしあの翼飾りだと思ってたわ」
「あんな羽二枚でよくあの巨体浮かせられるっすね」
クイゾウが傍に寄ってきた。男は既にその場から退避している。まあ相手が空にいるんじゃ一度撤退するしかないわね。空の敵を狙撃するのは難しいから。
「とにかく警察が対空装備調えてくる前にシロを無理矢理地面に引きずり下ろすわよ」
「ま、待って! シロをどうするの?」
芳樹は一通り尿を出し切ったからか、それともシロが離れて恐怖が薄れたからか少し落ち着きを取り戻していた。
「捕まえるだけよ、あんたは黙ってあたしを信じなさい」
「う、うん」
淡々と答え、祭は空を見上げた。興を削がれた芳樹はすごすごと鳥山の後ろに隠れた。
シロは衣笠山周辺を、円を描いて滑空している。
「さて、シロがまた逃げ出さないうちにきめましょ、鳥山」
「はい、私が追います」
鳥山が芳樹の側を離れ、広場の真ん中まで歩いて止まった。直後鳥山を真紅の炎が包む。
一度激しくうねった後、炎は次第に形を変えていき、最終的に鳥の形をとった。
全長二メートル、翼を広げた時の長さは四メートル程、羽毛は燃えるような赤だった。
「鳥山、第二グラウンドに落としなさい。迅速に」
「かしこまりました」
少しくぐもった声で返事した鳥山は、シロと同じように翼を地面に叩きつけるように勢いよく振り下ろして空に飛び上がった。 それを見送った後、クイゾウがちょっとした疑問を口にした。
「ところでお嬢、なんでスカートじゃないんすか? パンチラサービスは?」
「こんなクソ寒い日にスカート履くわけないでしょ、それにアタシのパンツはタダで見せるほど安くないわ!」
「デパートの特売で買ったクソ安い色気の無いパンツ履いてるくせに」
「お前後でスクラップな」
――――――――――――――――――――
衣笠山上空、高度六百メートル
山全体を震わせる程の咆哮が響き渡る。それはシロが目前の怪鳥と化した鳥山を敵とみなした合図だった。鳥山もまた負けじと耳を劈く様な奇声を上げた。
それを聞いた周辺住民が驚いて一斉に空を見上げた。窓から路上から実況動画から様々な場所手段でキメラと怪鳥の戦いを見ている。
シロが動いた。腕を大きく振り上げ鳥山に突撃する。その鋭い爪で引き裂くつもりなのだろう。鳥山は一度羽ばたいて更に上に上がって躱す。同時シロの爪が空を切る。
その様子をみた誰かが言った「まるで怪獣映画だ」と。
上をとった鳥山はシロと並行に飛びゆっくり降りる。後二メートル程の距離まで詰めた時鳥山は翼に込めた力を抜き、落下しながらのしかかるようにしてシロの翼を足で掴んだ。
足を固定し羽ばたけないようにする。見る見る高度が落ちていく。鳥山は翼を広げ第二グラウンドまでグライダーのように移動する。
グラウンドの敷地に入った時、突如鳥山の背中に鈍い痛みが走った。
見なくてもわかる。この針で刺すような感覚、サソリの尻尾で刺されたのだ。
(全く、ペット向けの毒を抜いたキメラでなければ死んでましたね)
鳥山の翼を掴む力が一瞬弱まった隙をついて、シロが鳥山の拘束を振り払った。
鳥山は羽ばたき再び空高く飛び上がった。シロはまだその場で滞空して吼えている。
(挑発……いえ威嚇ですか、いずれにせよしばらく眠ってもらいましょう)
高度四百メートルまで上がる。鳥山は翼を大きく広げると重力に身を任せてシロの直上に落下する。
シロはまだ鳥山の居場所が分からずその場で静止していた。
(やはりペット。戦闘中に見晴らしのいい場所で静止しているのは野生では考えられませんね)
鳥山は右の羽をシロの首筋に叩き込んだ。落下の勢いを殺さずそのまま右羽を薙ぎ払ってシロを地面に叩きつける。
「終わりました」
着地と同時に鳥山の体が再び炎に包まれる。炎が消えた時そこには人の姿に戻った鳥山がいた。
一連の戦いをグラウンド上で見ていた祭が駆け寄り、近くの自販機で買ったミネラルウォーターを鳥山に差し出して労苦を労う。
「ご苦労様、はいこれ水。背中の傷は大丈夫?」
「ええ、これでも一応不死鳥をモデルとした怪人ですので傷の治りは早いですよ」
鳥山が指し示した部分には穴が開いていたが、服だけで中の体は無傷そのものだった。
芳樹がシロの元へ駆け寄る。
「シロぉ……シロ」
シロの体を揺さぶるもシロの反応は無かった。ただゆったりとした呼吸のリズムに合わせて胸が上下するだけだった。
祭達が芳樹の側に立った。
芳樹はスッと立ち上がるとそのまま祭に掴みかかって叫んだ。
「何でこんなヒドイことするのさ! シロが可哀相だろ!」
祭は一度目を細めると屈んで芳樹の目線に合わせた。
「仕方ないでしょ、こうでもしないと警官に殺されたかもしれないんだから。それに、ホントにヒドイのはどちらかしら?」
「えっ?」
芳樹の目が呆気にとられたように見開かれる。
「あなた、嘘ついたでしょ。ほんとは友達と少し話していたんじゃなくて、友達と遊んでいたんでしょ」
「ち、ちがうよ!」
芳樹が声を張り上げて叫んだ。心なしかさっきよりも声量が高い。
「そう? ならなんであんたは事務所に来たとき泥だらけだったのかしら、まだ雪が降り始めたばかりで泥が付く程地面は濡れてないのに。答えは簡単、事務所から歩いて五分の所にある『谷口の森公園』で遊んでいたからよ、砂地の公園なら降り始めであっても泥だらけになれるわ、どう? 間違ってるかしら?」
「そ、それは――」
芳樹は黙って俯いた。その沈黙が九重の指摘が正しかった事をあらわしていた。
「どれだけ遊んでいたかは知らないけど、そりゃ飼い主が散歩中に自分をほっぽったら拗ねて逃げ出しちゃうわよ。それを踏まえてもう一度聞くわ、ほんとにヒドイのはどちらかしら?」
「うぅ……ヒックうわああああん」
祭の質問に芳樹は答えなかった。ただその場で涙を流し大声で泣いた。
祭は冷たい目で芳樹を見下ろし、鳥山とクイゾウに向き直った。
「あーあ、お嬢が泣かしたっす」
「子供をいじめるのはよくないですよ」
まるで他人事のようにクイゾウと鳥山が言った。ちょっとイラッときた。
「これだけきつく言わなきゃまた同じこと繰り返すわよ、子供だろうが大人だろうが生き物を飼うには大きな責任がつくってことをわからせなきゃ」
「おおっ、お嬢もたまには良いことゆうっすね」
「たまにはって何よ、あたしはいつもいいことしか言わないわ。とりあえず芳樹の家族に連絡して来てもらいましょ」
「では私はあそこの警官達を説得してきます」
鳥山はいつの間にかグラウンド入口で盾を構えている警官達に向けて歩き始めた。
これにて怪獣騒動は一旦の落着を迎える。
――――――――――――――――――――
翌日 九重探偵事務所
「おぉおぉやってるっすねえ、昨日の怪獣バトル」
夕方の地方ニュースでは昨日の戦いが報じられている。インタビューを受けた近隣住民からは口々に「怖い」「不気味」といった声が上がっていた。
「そんな事より鳥山あっ!」
祭が不機嫌な顔で鳥山を呼んだ。
「はいなんでしょう?」
鳥山は物怖じせず祭の机にカモミールティーを置いた。カモミールティーには気分を落ち着かせる効果がある。
「何でしょう? じゃないわよ! あんたこないだあたしに嘘ついたでしょ!? 日本史の課題の一問目、第二次世界大戦が終結したのはいつか? 答え1192年、これ鎌倉幕府じゃん! 今日先生に指摘されて恥かいたわ! 何がいい国よ! 今はいい箱よ!」
「言われるまで気づかなかったんですか」
鳥山の顔が驚愕の色に変わった。
「そうよ! 悪い!? あっ紅茶おいしい」
怒りながら器用に紅茶を飲み干した祭は瞬く間にリラックスしていった。 チョロイ女である。
「おい誰だ今の地の文考えたやつ」
その時だ、事務所のドアがコンコンとノックされた。
「私が出ましょう」
鳥山がドアを開ける。そこには昨日の依頼人の芳樹が立っていた。今日は立命館小学校のシックな色合いの制服を着ている。
「あら芳樹じゃない、どうしたの?」
「ひょっとしてまたシロが逃げたっすか?」
芳樹は頭を横に振った。違うらしい。
そして祭の元へ近づき、頭を下げた。
「昨日はごめんなさい! お姉ちゃんの言うとおりだよ。僕が全部悪くて、一番悪い奴だったよ」
「えっ! あっえっと、わ、わかればいいのよわかれば、うん」
突然の出来事に困惑する祭、正直祭は昨日の事等最早どうでも良くなっていた。それゆえ少々不遜な態度をとってしまった。
「うわお嬢大人気ないっす」
「うるさいわよ! まあとにかくあたしも言い過ぎたわ、謝るわ。ということでこれでチャラにしましょ、うん。そうしましょ」
「少々強引では」
鳥山が呆れた顔をした。クイゾウは付き合ってられないとでも言う様に顔をテレビに向けた。
「うんわかった。それと昨日はシロを捕まえてくれてありがとう」
芳樹は言い終わるやいなや、今度はさっきと打って変わって頭を深く下げた。
「ま、まああたしにかかればざっとこんなもんよ」
胸を張って威張る祭。既に天狗と化している。
「さりげなく自分一人の手柄にしようとしてるっすよ。一番何もしてないのに」
クイゾウの突込みを祭は無視した。
「すごいねお姉ちゃん、漫画の主人公みたい! そういえばお姉ちゃんって探偵だよね? ねえもしかして何かかっこいい異名とかってあるの?」
「えっ? 異名? あああるわよもちろんかっこいいのが」
実際には無い。実績ゼロの祭に異名などあろうはずも無い。ただ芳樹の曇りの無い眼差しを受けてつい強がってしまった。
「異名ね、うん。鳥山言っちゃって」
「何で私に振るんですか、ええとそうですね……お嬢は周りから、エンドデスナレンと呼ばれています」
「いいわねそれかっこいいから採用……ゴホン……じゃなくてどう? あたしの異名」
「うん! すごくかっこいい!」
芳樹の瞳がよりいっそう輝きを増した。祭もかっこいい異名を得て気分が高揚したといえる。
「よおしエンドデスナレンこと九重祭が芳樹におやつとか色々買ってあげる」
「ほんと!?」
「もち! てことで行ってくるわねえ」
そう言って気分高々に祭達は事務所を出て行った。
祭達がいなくなった後の事務所にて クイゾウが鳥山になんとなしに尋ねる。
「エンドデスナレンって、どういう意味っすか?」
「ドイツ語で――『バカの極み』という意味です」
「お嬢にぴったしっすね」
「そうでしょう?」
九重祭がその言葉を理解するのはまだ先の話である。
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