迷い怪獣
第2話 迷い怪獣〜前編〜
二月のとある休日の昼前、雪がちらつき始め翌朝の積雪を祭が心配し始めた頃、事務所のドアが景気よく開いた。
「ふいぃ、さみいっす。鳥山、軽油をホットでお願いするっす」
中に入って来たのは一メートル半程の人型のロボット。角ばった白いボディには所々に泥が跳ねている。
「準備しておきますのでクイゾウは先に下で体を洗ってきてください」
「ういっす」
クイゾウと呼ばれたロボットは再びドアを開けて外に出た。
十分後
「くはああ、このお腹にズシンとくる感じがたまらんっす。冷えたエンジンが暖まるっすよ」
鳥山に差し出されたコップの中身を飲み干したクイゾウは、来客用のソファにドカッと座ってテレビのリモコンを手に取った。
「クイゾウ、あんた親父臭いわよ」
「何言ってるっすかお嬢、これは人間の本能っすよ」
「いや言ってる意味がわからないっていうか、あんた人間じゃないでしょ」
クイゾウはバイク型怪人だ。普段は人型のロボットで過ごしているが、移動するときはバイクに変形して祭の足になっている。
「細かい事は気にしては駄目っすよお嬢、それより天気予報ヤバいっすよ、この雪今日一日降るらしいっすよ」
「あらほんと、雪積もったらだるいわね」
テレビ画面に映った近畿地方の地図には、雪だるまが散在している。京都は全域で雪が降り明日積雪のおそれがあるとのこと。
因みに南の三重県あたりは雪だるまがなかった。
三重行きたいなと思った。
鳥山が淹れてくれた紅茶を飲みながら祭はクイゾウと天気予報を眺める。
週間天気予報も終わり日本全国の天気予報が始まった頃、事務所のドアがコンコンと二回小さくノックされた。
「宅配かしら、鳥山でられる?」
「ええ」
背中にドアの開く音が聞こえた。しばらくして鳥山の「おやこれは珍しい」という声に反応して祭とクイゾウが振り返った。
入り口には十歳前後の年端もいかない少年が立っている。少し高そうなその服はたくさんの泥で汚れていた。
「そのショタはどちらさんっすか?」
クイゾウは無視して、鳥山はしゃがんで少年の目線に合わせると、優しく諭すように問いかけた。
「ボク、ここへ何か用かな? 迷ったのならお家に電話して迎えに来てもらいましょうか?」
フルフルと少年は首を横に振った。それを見た九祭は何かを閃いたような顔をし、嬉々として少年にせまり鍛え抜かれた滑らかな動作をもって土下座した。
「なるほどわかったわ。あんた依頼人ね、そうよね? そうなのよね? そうだと言って下さいお願いします!」
「すげえ、子供に土下座してるっすよ。いいとこのお嬢様というプライドはないんすかね」
「そんな何の役にも立たないゴミは捨てたわ」
と男らしく格好良いことを言う祭だが、土下座したまま言うとそのありがたみは半減どころか皆無だ。
「あ、あのここ探偵さんなんだよね? 探して欲しいものがあるんだ」
「よっしゃきたああ」
少年の言葉を聞いた祭は顔をぱあと輝かせて少年をソファに誘導した。
クイゾウを蹴り飛ばしてから少年をソファに座らせ、鳥山にお茶を出すよう命じた。
「あたしは九重祭、所長代理よ。本物の所長であるパパは今いないからあたしが話を聞くわ、さあなんでもごじゃれ」
少年は祭のノリに押されながら細々と口を開いた。
「僕は
「迷い猫っすか、わざわざやる必要ないんじゃないっすか? 子供だからお金だってないだろうし」
床に座り込んでいるクイゾウがふてくされた顔で言った。まあ顔は白い仮面に目が二つだけだから表情の変化はほぼ感じられないのだが。
「何言ってんのよクイゾウ、子供からの迷い猫の捜索は探偵モノの定番よ! たった十円で快く引き受けた探偵は捜査中に大きな陰謀に巻き込まれるの! そしてそれが日本を揺るがす大事件に発展。探偵は大きな犠牲を払いつつも犯人を追いつめるのだが、なんと犯人は傍で探偵を支えてきた助手だった! 助手はその場で自殺して事件は幕を閉じる。残された探偵は猫を子供に届けた後十円玉を片手に夜の街に姿を消したのよ」
ひとしきり語った後の祭の顔は満足したのかなんだか艶やかだった。
「お嬢どうしたっすか?」
「昨夜探偵モノの名作を観まして、どうもその余韻がまだ冷めてないみたいですね」
クイゾウはオイル臭い溜息をついた。
「それで芳樹君、お金はいくらもってる? 百円? 十円? 一円でもいいわよ」
高いテンションの祭をクイゾウと鳥山は生暖かく見守ることにした。
「は、はい。これでどうかな?」
芳樹が鞄から福沢諭吉が描かれた紙の札を取り出した。 その数二十。
「えっと……二十万……円?」
祭だけではなくクイゾウと鳥山の目も驚愕で見開かれた。 二十万円、決して子供が持ち歩いていい金額ではない。ちなみに迷い猫の捜索は一般的な探偵事務所では行われない。行うにしても二万円~十万円とる。
「ひょっとしていいとこのお坊ちゃん? 親はどんな仕事してるの?」
「パパは大阪の大きなビルで車の社長やってるよ」
ほんとにいいとこのお坊ちゃんだった。
「下手するとお嬢よりもお金あるかもっすね」
「あたしは庶民派お嬢様だからいいのよ。てゆうかこれそのまま受け取ったら何か厄介事に巻き込まれそうな気がしてならないんだけど。うん気が変わったわ、無料でやったあげる」
結局引き受ける事にした。
「受け取ろうが受けとらまいが厄介なのは一緒な気がするっすけど、鳥山はどう思うっすか?」
「良いのではないでしょうか、お金に困ってるということはありませんし」
決まりだ。引き受けてくれると認識した芳樹は満面の笑みを浮かべ、鞄から写真を三枚取り出した。
「これがシロです」
写真に写っているのは全長三メートル前後のライオン。頭からはヤギの角が、背中からは鷲の翼が生え、尻尾はサソリのものだった。そして体毛は茶色かった。白くは無い。
「「キメラじゃん!?」」「驚きました」
キメラとは漢字で書くと合成獣、かつて無色の組織が創りあげた生体兵器だ。無色の組織が解体された後キメラは野生化し、独自に繁殖を繰り返している。
「えっこれ捕まえるの? マジで? ――うぅええいやったらあ! 女に二言は無い! 鳥山! SNS使ってシロの写真を拡散させて目撃情報を集めなさい!」
「かしこまりました」
言われてすぐ鳥山は手持ちのスマートフォンで作業を行う。早速鳥山のスマフォに通知がいくつか届いた。
「ふむ、どうやら先程立命館大学にキメラが現れたらしいですよ。アップされている画像を見るにシロで間違いないと思います」
「そう、まだ立命館にいるの?」
「いえ、十分程前に上に抜けて衣笠山に入ったらしいです。すでに警察と猟友会が動いて山狩りを始めるとの情報もあります」
「雪が本降りになる前にきめようということかしら、鳥山は先行してシロを探して頂戴、二十分以内にできるわよね?」
「もちろん、では早速行ってまいります」
そう言って鳥山はドアから外に出て行った。
祭は「さてと」と呟いて芳樹に向き合う。
「あたしとクイゾウはこれからシロを捕まえに行くけど、あんたはどうする? 一緒に行く? それともここで待ってる?」
「い、行く! シロは友達だもん!」
「そう、聞いたわねクイゾウ。ニケツで行くからあんたも用意しなさい」
「ういっす、行き先はどうするっすか?」
モーターを唸らせながらクイゾウが床から立ち上がった。
祭は「そうねえ」といいながら顎に手をやった。
「下は警察が固めてるだろうし、うん! 左から行きましょ、金閣寺の裏側にまわして頂戴」
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